第5話 生きたい聖人と普通の少女
重たい瞼を開けると、聖堂の中にある救護室にいた。
身体の感覚はある。どうやらまだ生きているらしい。
ウラルダが目を覚ましたわたしに気づき近づいてくる。
「残念なお知らせです。聖人はナイフを刺しただけで、そう簡単には死にません。ですが治療が遅れていれば危なかったでしょう」
「ウラルダ。感謝する。君の浄化の力だろう」
「まぁ、大聖女の力を舐めないでいただきたいです。シャロンの魔の力はわたくしが浄化しました」
「気づいていたのか」
「はい。シャロンとユネがわたしのところへ来て、必死に助けてほしいとお願いしてきたときに」
「痛み入る。シャロンとユネは今どこにいる?」
「ユネは仕事中です。シャロンはあなたがいつ目覚めてもいいように、聖堂のなかの庭にいつもいます。ここは立ち入り禁止ですから。あなたが倒れてからもう三か月ですよ? あなたは幸せ者ですね。こんなに思ってくれる人がいて」
シャロンはいつもわたしを待ってくれていた。そして今も。
今まで生まれたことのない感情が沸き起こる。
わたしはベッドから起きて救護室を出る。はやくシャロンに会いたい。
病人が走るなとウラルダに言われつつ、聖堂のなかを駆け抜ける。こんなに足が速く動くのはシャロンにこの気持ちを伝えたいからだ。
聖堂のなかにある大きなバラの咲く小さな庭を視界にとらえる。そこにシャロンはいつもと変わらない姿でベンチに座っていた。
「シャロン!」
わたしが呼ぶとシャロンはこちらを振り向いた。
「ローファル様! よくご無事で!」
わたしは周りの目も気にせずシャロンを抱きしめる。
「すまなかったシャロン。君の気持ちをなにも考えていなかった。こんな不甲斐ないわたしを許してくれ。わたしはシャロンを愛している」
「わたくしはなにも気にしていませんわ。では、婚約破棄はなかったことでよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。これから君と生きていきたい」
「はい。わたくしもローファル様とずっと一緒にいたいですわ」
「こんなところで、なにしてるんだ? 二人ともいやらしいなぁ」
仕事中のユネが駆け付け、にやにやしながら、冷やかしてきた。走ってきたのか、額に汗が滲んでいる。
わたしたちは恥ずかしくなって、すぐに抱き合うのをやめた。
「ありがとうユネ。こうしているのも、君たちのおかげだ」
「そんなこと言われたら俺、泣きそうだよ。遠くに派遣された大聖女のところに行くのきつかったんだから」
「ユネ様、もう泣いているではありませんか」
ユネの大きな泣き声が聖堂に響き渡る。
それにつられてシャロンも涙を流す。わたしももらい泣きをしてしまった。嬉しくて涙を流したのは初めてかもしれない。
*
わたしの右手には麻痺が少し残った。治療を早く受けなかったのが原因だ。これでよいと思っている。神からの罰のような気がして。それを言うと、シャロンはわたしらしいと言った。
数か月後、世界で疫病が流行するようになった。それに伴い、聖人や聖女がさまざまな地域に派遣されることとなった。
わたしとシャロンも、その対象となった。けれども今度は生き残って帰りたいと思える。
「シャロン。それでは行こうか」
「はい。ローファル様。どこまでもついていきますわ」
わたしはわざと右手でシャロンと手を繋ぐ。かすかな柔らかい感覚が、生きている実感を与えてくれるからだ。
死にたがりの聖人と魔の少女 うなの @unano
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