第19話

「それはちょっと待ってもらおうか、クラフトよ」

「グリドス……どうかしたか?」


 さて、仕事に取りかかろうかという所に割って入ってきたのは皇帝グリドスだった。その表情も常ならぬ深刻なもの。


「どうもこうも、その魔族の娘からの仕事を受けるつもりじゃなかろうかと思っての」

「当然、引き受けるぜ?」

「……儂が何と言ってもお主は考えを変えないんじゃろうのう」 

「ああ、こればっかりは変えられねえ。俺は、そういう風にしか生きられねえ」


 分かってる、魔族は野蛮でかつては人間を滅ぼそうとした種族だって事くらい。だけど、ここ数千年は大人しくしているらしい……というより、存在すら定かじゃなかったんだ。


 なら――


「分かっておるのか? もしかしたら、お主達が創り出した兵器で世界が滅ぶのかもしれんのだぞ?」

「兵器に罪はねえだろう。そうなる前に止めればいいだけの話さ」

「お主一人にそれが出来ると?」

「それを言われると弱いなあ。流石に全世界相手をぶちのめせるほどの腕は持っちゃいねえ。だけど、どうしてもこいつの夢だけは叶えてやりてえんだ。どうにかなんないか?」


俺がそう言うと、グリドスはやっと緊張を解いたようにあの豪快な笑みを見せた。


「ふっ、ふふ……わっはっは! お主のその素直さは本当に良いものじゃのう。良かろう、お主の望みは何でも叶えると約束した。ならばこのグリドス、魔王との全面戦争になろうとも後ろ盾になってみせようとも」

「……いいのかよ」

「魔界といえど、ただの国よ。国と国との話なら、儂らの領分じゃ。お主はその架け橋となってくれさえすれば良い」


 それに、とグリドスは目線をチラリとナルヒカに向ける。


「もう、その娘からも僅かな魔力しか感じん。魔族の衰退は真だったようだ。かつて敵同士だったとはいえ、それはもう昔の話。若いお主らの作る時代を、信じてみようではないか」

「感謝するぜ、グリドス。毎度悪いな、面倒事ばっか持ってきちまって」

「構わん構わん、それは力ある者の宿命よ。クラフト、しかし……他人の面倒ばかり見ているように見えるが、お主のやりたい事も優先して良いのだぞ?」

「まー……今回の仕事が終わったらそうするかなあ」


 グリドスは「全く、これだからな」と笑うと、背を向けて去って行った。代わりに、ひょこりと顔を出したのはリリアだった。


「お父さんも甘いんですからー……」

「リリア、お前までどうしたんだよ?」

「魔族が国に入ってきたんです。警戒するのは当然でしょう? ですので、このリリア、このお仕事が終わるまではクラフト様と一緒に……じゃなかった、監視役として同行します!」


 ああ、遊びに行きたかっただけね。


「そうは言うけど、別にどっかに行くわけじゃねえぞ? 魔力を発し続けられる装置を作れりゃそれでいいんだからな。ウェンディ族の一件みたいにならなきゃ、この場で仕上げて終わりだよ」

「えー! そんなぁ……」


 リリアは残念そうにするが、出張なんて元々俺の仕事じゃないんだ。あくまで俺の居場所はこの店だからな。


「……クラフト、一つ教えて。どうして、最初は乗り気じゃなかったくせにあんなに必死になってくれたのよ?」


 いつになく真剣な口調でそう告げたのは、シフィーだった。そのまなざしはこちらの真意を探ろうとしながらも、どこか曇りが見えた。


「んー、別に。さっき言ったとおりだよ。魔族の未来になんかにゃ興味はねえけど、仕事は仕事だからな」

「真面目に聞いてるのよ、クラフト。貴方は確かに優しいけれど、ただのお人好しじゃなかったはずよ。理屈がないと、動かない人間でしょう?」


 流石に見抜かれてんなあ。それなら、俺も真面目に答えようか。とはいえ、こればっかりは説明しようがないんだけどな……。


「……頑張ってる奴が報われないのは、ムカつくから」

「それだけ?」

「それだけだよ。他に言いようがねえ。同情でも何でもない、俺のワガママさ。世界中の頑張り屋に結果が出ればいいのになってさ」


 時間をかけた分、手間をかけた分だけ答えてくれるのが『合成』だ。それを生業としている俺だけはそれを間違えちゃいけない。


 すると、今度はやや後ろからクスクスと笑い声が聞こえた。


「なんだよ、ナルヒカ。笑うこた――」


 だが、言葉を呑んだ。ナルヒカは口元に手を当てながらも……ポロポロと涙を流していたからだ。


「あは、ごめんごめん……本当、来て良かったよ。運命っていうものは、本当にあるんだね」

「……それも、あんたが足を運ばなきゃ訪れなかったもんだろ」


 ナルヒカは「そうかもね」と涙を拭い、今度こそ本当の笑みを見せてくれた。そして、こう告げた。


「……もし、この仕事が成功したら、面白い魔術を教えてあげるね。その名も、『ビルド構築』。自分のスキルを好きに弄れる、あなた向けのものだと思うけどね」 

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『合成師』はハクスラ人生を満喫しています~SSRを作れない奴なんて要らないと捨てられたので、俺は自由に奇跡のアイテムを求めて商売と旅をします~ @sakumon12070

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