第18話

「はいよっ、『合成』と『形成』含めてクズ銅貨十枚だ。出来栄えはどうだい?」

「おお、これが例の……地上じゃ見たことのない形状……って、中身がゴミになってんじゃねえか! ったくよう、まあ飾るにゃ丁度いいか」


 俺はウェンディ族の里で学んだ『形成』を早速帝国に帰ってきて披露していた。その評判は上々で、なんと『合成』に失敗しても満足してもらえるようになったのだ。


 それでいて料金は十倍になったわけだから、売り上げも右肩上がり。


「クラフト、お客さんよ」

「ん? シフィがわざわざ裏口から、なんて。どっかの大悪党でも来たのか? ま、仕事なら俺は何だって受けるけどね」

「ふーん。その言葉、忘れないようにね」


 シフィはどこか含みを持たせた笑みを浮かべながら、黒いフードを被った女性を店に連れ込んだ。シフィが小さいせいもあるけど、随分背が高いな……。


「どうも、『レジェンド・クラフト』へようこそ。今日はどんなご用命で?」

「……ここは、技術提供はしているのかな?」


 妙に澄んだハスキーな声でそんな言葉に面食らった。俺の商品を欲しい奴はいくらかでもいるけど、技術を身につけたいと言ったのは、彼女が初めてじゃないだろうか?


「……はい、いいですよ。とは言えねえなあ。俺も飯の種なんでね。それに、これは俺が二十年近く修行して、色んな奇跡があって身についたもんだ」

「そう、だよね……」

「とまあ、追い返すのは簡単だ。だけど、わざわざシフィが通したのにも理由があるんだろ。話くらいは聞くよ」


 俺は店じまいの合図をかけると、彼女を連れてどこか酒屋にでも……と思ったが、彼女がそれを拒否した。


「人目のある所はちょっと……あれかな、そこら辺の路地裏じゃダメかな?」

「構わねえけど……ああ、いい、いい。これ以上訊くのも野暮だ。んじゃ、そこらでいいな」


 ◇


「それで、どんな要件なんだい?」

「うん、あのね……あ、その前に私はナルヒカ。ナルヒカ・サタン。聞いたよ、海に波を作った『レジェンド・クラフト』だって。なら……魔力も作れないかな」

「魔力を作りたいぃ?」


 だが、彼女から出てきた言葉は俺の予想を遙かに超えるものだった。


「あー、なんだろうな……俺が扱ってるのは武具なんかや、せめて形あるアイテムなんだけどな」

「あれ、無理だったかな」

「いいや、理論上は可能さ」


 俺は腐ってもやる前から無理だと断言する男じゃない。だけど、それなら当然……。


「あんたは、やる前から無理だと思って、何もせず俺の元へやってきたわけかい?」

「ちょっとクラフト、そんな言い方ないじゃない」


 そんな意地悪な物言いに物申したのは、意外にもシフィーだった。


「だってそうだろ、俺だって慈善家業でやってるわけじゃないんだぜ? 職人のおっちゃん達だって自分の腕を磨いてるから協力し合ってるだけだ。リリアだってまずは自分一人で迷宮に入ろうとした。スイだって巫女として宝玉を修復しようとした。なのに、このお姉さん相手に何もなしじゃあ、筋が通らねえだろう」


 シフィーは珍しく不服そうな表情を隠さなかったが、それ以上は何も言ってこなかった。さあ、ナルヒカお姉さんはどう出てくるか――


「これ、見てみてくれる?」


 コトリ、と置かれたのは……厳重に封印されているらしい小箱だった。俺の鑑定眼じゃ見抜けないが、何かしらの装置だって事は分かる。


「私が鑑定してあるわ。これよ、クラフト」

「ありがとな、ええと……」


 ○ UC:寂れた 魔のパイプ

・アイテムレベル:45

・『魔を喚ぶモノ』

・『永久機関』

・『欠陥品』

 ○


 ……なるほど、なるほどねえ。


「これを、誰が?」


 その質問に、ナルヒカが手を挙げる。その表情は、伏し目がちで赤くなった唇が腫れた、せっかくの美人さんが台無しになるようなものだった。


「私だよ。はは、『レジェンド・クラフト』からしたら笑っちゃうものでしょ。仲間内からも魔力を作ろうだなんてって笑われちゃってさ。それでも頑張ったんだけど、今じゃ、このパイプを吸うだけで魔物がわんさか寄ってくるようになって、私は本当に――」

「やろうとした事は分かるぜ。この『永久機関』のおかげで封印せざるを得なくなったわけか」

「え? ああ、うん。偶然ついちゃっただけなんだけどね」


 おっと、それは違う。


「『ランダムマジック』なんかはともかく、アイテム制作において『偶然』なんて存在しないぞ。何十回、何百回こなせば素人がこんな特性を生み出せるか……俺にだって想像つかないね」

「へっ……?」

「技術を完全に教える事はできねえな。それは理論的に無理って話だ。言ったとおり、俺のスキルは一月や一年で身につくものじゃない。代わりに――」


 ああ、ようやく。ようやく俺はあの台詞を吐く事ができる。今の俺がある全て、相手があのむさ苦しいおっさんなのが癪だけど、間違いなく俺を救ってくれた一言。


「このパイプを買わせてもらおう。報酬はナルヒカの欲しいものを何でも用意しよう」


 巡っていくべきだ。優しさも、縁も、こうして巡っていくべきなのだ。


「……それじゃ、買ってもらおうかな。報酬はもちろん、無限の魔力、で」

「おう、買った!」


 俺がそう言って封印されたパイプを受け取ると、ナルヒカは初めて微笑んで、黒いフードをパサリと取った。


 驚きこそ顔に出さなかったものの、少しだけ動揺した。そこにあったのは……捻れた二本の黒角だったからだ。


 魔族……なんて、絵本の中でしか見たことないぞ。だけど、一目で分かる程度には有名だ。


「その相手が、魔族だとしても、かな?」

「これは取引だぜ? 大事なのは何を売って、何をして、何を買うかだ」


 さあ、この取引から何が飛び出してくるか……厄介事の匂いしかしないけど、俺の内心は昂ぶっていた。

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