第17話
「『形成』……! こうか?」
「レイピアっぽいのに柄がごついのがね。もう一度やってみなさいよ」
「くっ……『形成』!」
あれ以来、俺は『形成』の術を習い訓練していた。とはいえ、こいつは学ぶ事自体は簡単だが扱うには相当な訓練がいるタイプの魔法だった。
というのも、仕組みはイメージした形状に物体を変化させるだけの魔法だからだ。錬金術も必要ないし、代わりに武器に宿っている素材以外の形状は作れない。
「でも、驚いたわね。クラフトにも苦手な事があったなんて」
そう、俺には美的センスというものがないらしく、結構な苦戦を強いられていたのだった。
「そりゃ、俺が万能なわけないだろ。長年組んでたパーティの信頼も得られない人間だぞ」
「ぱーてぃ?」
「冒険者の集まりだよ。共に戦う仲間ってやつだ」
思い返してみるが……すぐにやめた。どうなろうと、いつかあのパーティは崩壊していたことだろう。
少なくとも、俺の居場所ではなかった。それだけだ。
「クラフトは、だから自分で居場所を作ろうとしたのよね」
「あら、シフィー。何してたの?」
「散歩よ。海底なんてめったに来られる場所じゃないでしょう。そこの視野の狭いクラフト馬鹿と違って、私も美しいものくらいは分かるつもりなの」
その言い様にむっとするが、何も言い返せない。現に俺は、何を頼りに綺麗な武器を作ればいいのか分かっていないのだから。
そのシフィーが、俺が『形成』した武器を見てため息を吐きながら言う。
「クラフト、ねえ。少しは周りを見てみればいいんじゃない? たまには息抜きも必要よ」
「息抜きなんかしてる暇あるかよ。俺には時間が――」
「時間なんて、もうたくさんあるじゃない。誰も貴方を置いていこうなんて人間はいない。皆、むしろ貴方が速すぎてついていくのが必死なくらいよ。だから、周囲のためにも少しは休みなさい」
半ば命令に近い口調に、違和感を覚える。悪意や何かではなく、直接言いづらい事を遠回しに伝えようとしてくれているような……。
「分かったよ。確かに根詰めればどうにかなるってもんじゃなさそうだしな」
そうして俺は里の中でも一番大きな家から出て……言葉通り周囲を見渡してみた。
太陽魚についていくように流れる小さな光魚達。その先には優雅に泳ぎ買い物をする見目麗しいウェンディ族達。透き通った海水の向こう側に見えるのは、大きな大きな岩と珊瑚の大自然オブジェ。
ああ、分かるとも。ここが美しい場所だって事くらい……いや、俺は本当に見ていたか? 商売に必死で、自分が生き残る事に必死で、俺の価値を知らしめる事に必死で……いつしか、目的と手段が入れ替わってしまっていてはいなかったか?
「……まいった、神秘的過ぎるな。この俺にすら考え事させるなんて」
そんな、妙な独り言も出てくるもんだ。全ての疑問は的中していたのだから。
確かに、グリドスにリリアにスイに街の職人達や無数の客……思えば、後ろ盾というか仲間が増えたな。
なら、目的は達成されたのだろうか。商売だってこのままだと十分うまくいくだろう。たとえ『形成』を習得しきれなくたって、稼げるはずだ。
そうした俺をもしアイツらが見たとしたら、見返せるはずだ。なら、なら。
「なら俺は……何をしたらいいんだ」
ぽつりと出てきた言葉に、ゾッとする。自分の人生の目的を見失うなんて、俺にとっては死と同義だ。
きっと俺の心はまだあのダンジョンの深層にあって、未練があるのだろう。
「……とりあえず、この子の依頼を聞いてあげてくれるー?」
「っと……いつかのお姉さん」
そこへにゅっと上から出てきたのは俺の武器を『可愛くない』と言ったウェンディ族だった。手をつながれた先には、小さなウェンディ族もいた。
「依頼って?」
「んー、この子の裁縫道具が壊れちゃったんだけど……ちょっと事情が特殊みたいでねえ。『レジェンド・クラフト』にしか頼めないなってなったのよう」
よく分からないが……とりあえず話は聞いてみるか。
「おう、どうしたんだい。お嬢ちゃん」
「あの、あのね……これ、もういないママにもらったものなの。綺麗なハサミだったんだけど……リネ、あたしがこわしちゃった。これがないと、お洋服作れないよ……」
グズグズと鼻水交じりだったが、事情はよく分かった。だけど、俺は修理屋じゃない。合成屋だ。
まあ、そのくらいは分かってて依頼に来てるか……とにかく、モノを見てみよう。
「……確かに、綺麗なハサミだな」
水流と花々の彫刻に長さも持ち手もこの子用に調整されたのだろう気遣いが見て取れる。
○ SR:水を斬る 裁ちバサミ
・アイテムレベル:43
・物理ダメージ:4~29
・耐久値0/350
・『切断』
・器用さ が 400% アップ
・EX『母の想い』
○
うん、中身も文句なしのハサミだ。しかもEXスキルまでついてやがる。これはあれだな。
「耐久値が無くなっちまったのか」
「たいきゅう、ち?」
「お嬢ちゃんが丁寧に毎日毎日、大事に大切に使ったからこうなったって事だよ。EXスキルってのはな、そうしないと武器に宿らない。このハサミにとっても、これ以上無い幸せな事だよ」
「そうなの……?」
ああ、と俺が頷くと、少女の口元にわずかな笑みが灯る。
「で、これをどうしろって? 俺が言うのもなんだが……修理した方がいいぞ?」
「ううん、あのね……この子も、いい加減母親の影を追わせるのはやめようって話になったの。これが良い機会だってね。もう立派なデザイナーになれる腕は鍛えられたんだから、めそめそしてんじゃねーってことねえ。だから、これを別のものに仕上げてあげて?」
小声で、お姉さんはそう教えてくれた。そうか、形見は、その役目を終えたってわけか。なんだか、他人事に思えないな。
「……お嬢ちゃん、何色が好きだい?」
「赤、かな。ぎゃっぷがあって良いって、皆が言うから」
「そっか。でも、今のこのハサミはちょっと扱うにはちっちゃくなってたろ」
「うん、だから少しだけ大きくして……刃先は少し曲がってる方がいいかも」
「好きな動物とかいるかい? モノでもいいや」
「……木が好き。お母さんは花が好きだったけど、リネはどっしりとしてるあの頼もしさがすき」
それだけあれば十分だ。うん、今度こそ……『イメージ』できる。
「いくよ……『合成』、そして『形成』」
○ NR:決別 の 裁ちバサミ
・アイテムレベル:165
・土ダメージ:38~39
・耐久値:530/530
・要DEX:67
・『布を編みし者』
・『切断』
・器用さ が 200% アップ
・EX『母の想い』
○
俺は、お姉さんに『可愛くない』と言われた武器と、少女のハサミを『合成』した。
一回り大きく、刀身には寄り添うように絡み合う二つの木が描かれている。持ち手は赤く、まあシンプルなものだ。
だけど、それが今のおれにできる精一杯だった。
「これで、どうかな」
「わあっ」
少女はそのハサミを手にして……ぽろぽろと涙を流した。しまった、やっちまったか?
「……かわいい。ありがとう、ごうせいやのお兄ちゃん!」
「そ、そっか……そうか。ありがとな、お嬢ちゃん」
なるほどな……俺に『形成』がマスターできなかったわけだ。
形を作ろうってのに、明確なイメージも持たず何が正解かも分からず適当に作っていたんだからな。
「形はつかめた? おにーさん」
「ん、まあな。それより、ありがとな。あの子を連れてきてくれて。よくあんな醜態を見せた俺のとこに――」
「そりゃ、あの褐色の女の子が必死に頼んで回ってたからよう。『この答えは自分で掴まないと意味がない』ってね。その通り、『形成』はね……その人の状況によっては言葉で教えてどうにかなるようなもんじゃないのよ」
シフィーが……何が散歩だ、大嘘つきめ。後で頭でも撫でてやろう。
「これで俺は、より良いものを作れる……けど、そろそろ。なあ」
「ん、なーに? おねーさん達のオモチャになる覚悟でもついた?」
「そっちはそっちで興味がないわけじゃないけど、戦いたくなっていたと想ったんだ。もう少し遊んだら、地上へ戻るよ」
俺はそう言って、家の中へ戻ろうとした。その手を、お姉さんが掴む。
「ふふっ、まーだ。依頼って言ったでしょ。お返しは、とっておきの海中散歩へ連れてってあげる。海の綺麗さってものを、真の随まで教え込んであげるんだから」
そのまま、俺はおねーさんの何とは言わない柔らかいものに抱きかかえられながら、ウェンディ族の里から太陽魚の光が届く全範囲を散歩させられる、というみっともないかもしれない役得な想いをしたのだった。
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