第28話 闇の中を駆ける

 「……何もないがこれでいいのか?」


 言われた通りに目的地であるこの場所で渡された用紙の印を切った。

 何か起きるのではないかと構えていたのだが、何も起きなかったので拍子抜けしてしまう。


 「ひとまず戻るか」


 この時間に山道を降りるのは危険なので日が昇るまで休ませてもらおう。

 そう思い、集落へ戻ろうとした瞬間だった。


 地の底から何かがモゾモゾと、動き回るような足から感じていた。

 周囲を見渡していると、俺の真後ろで地面が割れるようなバンという音が聞こえてきた。

 すぐに振り返った俺は悍ましい光景を目にする。


 ——朽ちた黒ずんだ皮膚、生気を失った目。

 ——それはまさしく死霊と呼ばれる存在だった。


 数は4体。

 どれも花畑の下から這い上がっており、一面に先広がっていた花は無惨にも散りばめられている。


 「何だっていうんだ……!?」


 状況が理解できずに困惑する俺の元へ死霊たちは言葉にならない呻き声をあげながらこちらへと近づいてきている。

 すぐに剣を抜いて構えようとすると、足元でバンという音が聞こえてきた。

 

 「しまった……!?」


 聞こえた時は時すでに遅し、地面から飛び出してきた手に右足を掴まれてしまう。

 俺のおかれた状況を理解したのかはわからないが、前方の死霊たちは一斉に飛びかかってきた。


 「……風の刃よ!」


 剣を横に薙ぎ、衝撃波で死霊たちを横一文字に両断していく。

 上半身と下半身が分かれた死霊たちはそのままボトボトと音を立てて落ちていく・

 だが……


 「ぐぉおおおおお!!」


 上半身が地面を這いずりながらゆっくりとこちらへ近づいていた。


 「ファイアボルト!」


 魔力で作った炎の玉を地面を這いずる死霊の1匹にぶつけるとパチパチと音を立てて燃えていく。

 燃え盛った炎は他の死霊達に燃え移り、炎は次第に火柱を立てていった。


 「……残りッ!」


 すぐさま、俺の右足を掴んでいる手を縦に斬りつける。

 ブチっという筋肉が切れるような音を立て、掴んでいる力が抜けていった。


 「はぁ……はぁ……! 何が起きたというんだ……!」


 周囲を警戒しつつ、息を整えようとしていると……。


 「きゃああああああああ!!!」


 遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。

 その声は聞き覚えのある——


 「シャーリー……!?」


 声の主がわかるとすぐにその場を後にした。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「ぐっ……!?」


 

 全力で集落に戻ってきた俺を待っていたのは……惨劇だった。

 集落には頂きに現れた死霊たちが彷徨いていた。

 地面にはおびただしい血と……ぴくりとも動かない集落の人々。

 

 「シャーリー!!」


 すぐに彼女の家へと駆ける。

 家の入り口にいる死霊たちを退けて中に入る。


 「……ッ!」


 中には大量の死霊が奥で震えるシャーリーとクレアに襲い掛かろうとしていた。

 さらに床には……

 

 「イヴ……さん!?」


 シャーリーの母親であるイヴが大量の血を流して倒れていた。

 苦しさを訴えかけるように目を見開いている。

 動きや光がないので、すでに事切れてるようだ。


 「うわああああああああッ!!!!」


 俺はやりきれない怒り声をあげながら目の前の死霊たちを切り落す。


 「2人とも大丈夫か!?」


 すぐに2人の元へ駆けつけると2人とも安心したのか抱きついてきた。


 「シグナスさん……お母様が!!」

 

 すぐにイヴの亡骸へと目を向けるが、何も言うことができなかった。


 「ここは危険だ。 今すぐここを出よう……動けますか?」


 シャーリーは戸惑いを見せていたが、すぐに頷く。

 すぐにクレアへと視線を向けると怯えた顔を見せていた。

 目の前では祖母の亡骸があり、自分も殺されかけたのだからこうなるのも無理はない。

 

 「クレア……おいで」


 シャーリーがクレアに声をかけるも母親に近づこうともしなかった。

 いや、恐怖の極限まで来てしまい、動けないのかもしれないな。


 「今はゆっくり休んでてくれ……スリープ」


 クレアの頭に手を乗せて眠りの魔法を詠唱すると、クレアは糸の切れた人形のようにぐったりと倒れていく。


 「クレア……シグナスさん何をしたんですか!?」

 「眠りの魔法を使っただけです……目が覚める時には多少は落ち着いてると思います」

 「そうですか……」


 ホッと胸を撫で下ろすシャーリー。


 「……それでは出発しましょう」


 倒れたクレアを背負うとシャーリーに声をかけた。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 集落には大量の死霊の姿があったが、山道に入ると死霊が出現したり追いかけてくることはなかった。


 「くしゅん……」


 警戒をしながら先を進んでいるとシャーリーの声が聞こえていた。


 「……大丈夫ですか?」

 「大丈夫ですよ、ちょっと寒いだけで……」

 

 集落を出ることに無我夢中になっていたので気づかなかったがシャーリーは寝衣なのか、薄い生地しか着ていなかった。

 クレアを一旦シャーリーに預けるてからコートを脱ぎ、シャーリーにかける。


 「だ、大丈夫ですよ……! それにシグナスさんが」

 「自分は大丈夫ですよ」

 

 少しは冷えを感じているが、人並み以上に鍛えているので大丈夫のはずだ。


 「……ありがとうございます」


 シャーリーは申し訳ないという顔で俺の顔を見ていた。

 

 「ではいきましょう……」


 ぐっすりと眠るクレアを背負いながら再び歩き始めた。


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小さな町のしがない牧師の俺。剣の道を志す女から鍛えてくれと言われていつの間にか一緒に住むことになったんだが、ちなみに俺、剣握れないんだけど? 綾瀬桂樹 @arcadia_dolls

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