第27話 崩壊の序曲
「到着しました、ここです」
シャーリーに連れてこられたのは、集落からさらに登って行った先、つまりはこの山の頂の部分だ。
「ここは……?」
俺の目の前にはこれまでの歩いてきた雪道からは想像がつかない花畑が広がっている。
要所要所には土が盛られており、削った木材が十字になって刺さっている。
今日は一面に青空が広がっているためか、辺りが輝いて見えていた。
「ここには集落の人々が眠っている場所です」
つまりは墓地ということだろう。
中央都市にも墓地があり、墓守たちが管理や整備、清掃など事細かに行なっているため綺麗にはなっているが、ここまでとはいかない。
墓地は人の死が関わる場所のため、暗さや静粛さなど、負がイメージを払拭することは不可能に近い。
だが、ここは全く負のイメージがない。
「……まるで楽園だ」
思わず声に出してしまう。
人の生の最後を迎えようとしている時、このような場所であれば安らかに眠れるかもしれない。
「喜んでいただけたみたいですね!」
暫くの間、黙々とその場に立ち尽くしていると、シャーリーが声をかけてきた。
「あ、申し訳ない……あまりにも美しい場所だったので声を出すのも忘れていました」
「そう言って頂けると、案内した甲斐がありました!」
満面な笑顔でそう答えるシャーリー。
まるで少女のようだ。子供がいるとは思えないほどの純粋なのだろう。
「私、疲れたりするとここに来るんですよ」
シャーリーはゆっくりと花畑を進んでいき、数多くある墓石の前に中腰で座ると、両手を合わせていた。
暫くの間、声をかけずにその様子を眺めていた。
「このお墓に夫が眠っているんです」
そう話すシャーリーは少し悲しそうな表情を浮かべていた。
彼女の夫ってことはクレアの父親ってことか……。
「私たち、集落での幼馴染だったんですよ、昔はよく弱虫でそれでいつも揶揄われてその度に大泣きしながら騒いでいたんです」
昔のことを思い出したのか、シャーリーは微笑んでいた。
「でも、私が巫女として力を受け継ぐとなって……不安になっていた時、同じように接してくれたんですよ。 『おまえのその弱虫はいつまで経っても変わらないか俺が死ぬまで揶揄ってやる! そしたらいつも通り泣いて大騒ぎでもすれば不安なんて吹き飛ぶだろ!』」
最後にふふっと笑うシャーリー。
「ずっと私のことを好いてくれてたから……揶揄ってたみたいですね、男の人って素直になれないんですかねぇ」
恥ずかしかったからかもしれないな。
おそらく俺でも似たようなことをしてきたかもしれない。
——この時もそうだが、何十年経ってもそんなことをしたくなる人物は現れてないが。
「あの人は不治の病にかかっても……最後の最後まで私を揶揄って息を引き取ったんです」
彼女の話ではクレアを身ごもり、もうすぐで産まれようという時に、病にかかったと話す。
身重のシャーリーを気遣ってか、彼女には何も言わなかったようだ。
そして、無事クレアを出産し、子供を抱きしめた次の日に息を引き取ったようだ。
「……辛いことがあったり、疲れたりすると、ここに来るんですよ。 あの人に揶揄ってもらえればまた元気になれるんです」
今にも泣きそうな声で語るシャーリーを見ていると、助けたいと気持ちが芽生えてくるが、それは俺の役目でないのは重々わかっている。
俺は何もすることなくひたすら彼女の話を聞きづつける。
「子供もいるのに……弱虫はいくつになっても治らないんですよね」
明るく振る舞おうとするもシャーリーの目尻には大量の涙が溜まっていた。
「ってごめんなさい……私ったら!」
ゴシゴシと両手で溜まっていた涙を拭うシャーリー。
「なぜかわからないんですけど、シグナスの雰囲気というか、黙って聞いてくれるところは夫に似ているかもしれません」
最後に、「シグナスさんは揶揄ったりしてこないですけどね」と言いつつ微笑んでいた。
「そろそろ、集落に戻りましょうか! 今日はお母様がシグナスさんのためにご馳走を作るって言ってましたよ!」
そう言いながらシャーリーはもう一度夫の墓石の前で両手を合わせてから集落の方へと歩き出していく。
悲しそうな彼女に何もしてあげられない自分に不甲斐なさを感じつつ俺は彼女の後ろを歩いて行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『良いか、グリファスよ。 この場所へ着いたら頂きへと向かい、これの封を切るのだ』
ブーマー司教から任務を受けた日の時のこと、場所を記された地図と一緒に渡されたのが他のものとは材質の違う紙。
紙は折りたたまれており、折り目には見たことのない印が記されている。
『そうすれば、奴らにも救いを与えられるであろう』
この時の俺は何も疑問を持つことなく、必要なものを受け取ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
集落の人々が寝静まった頃、俺は1人で先ほどの頂きに立っていた。
昼間とは違って月明かりに照らされた花畑は昼間よりも違った雰囲気を醸し出している。
「ここでいいんだよな……」
羽織っているコートから取り出したのは、ブーマー司教から渡された印が記された紙。
「……俺ができることはこれぐらいだ」
一人ごちながら俺は紙に記された印を破っていく。
——この時、俺は彼女の助けになると思っていたんだ。
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