大和、マリアナ沖に消ゆ
「敵艦発砲!」
後部機銃手の報告ですかさず機長は操縦桿を倒す。
胴体に巨大な鉄の樽を抱えいるせいか、舵の効きはそこまで良くないが、それでもシャビットⅢは懸命に回避行動を行っていた。
数十秒後、機体の遥か後方の海面に水柱が立ち上がった。
「ふう、だいぶ離したな」
機体を少しバンクさせると、コックピットからも「ヤマト」が見えた。
その巨影は離陸したときよりも、とても小さく見えた。
「如何に18インチ砲といえども、5万メートルも離れたら流石に届きはしないでしょうね」
ヤマトの後方には友軍の戦艦群がズラリと並んでその巨砲をヤマトに撃ち込む用意をしており、護衛の艦艇は「ヤマト」を護衛していた駆逐艦を蹴散らしていた。
そして、サウスダコタ級とノースカロライナ級の戦艦群が咆哮し、オレンジ色の光点がヤマトに向かって放たれる。
「そうだな...」
戦艦の砲弾とは速いように見えて、遅いものだ。
遥か上空からは、4隻の戦艦から放たれた無数の光点がヤマトに向かって落ちてゆくのがよく見えた。
機長はそこで操縦桿を戻し、視界からヤマトを追いやった。
「せっかくいいところだったのに...」
副操縦士が不満げにコックピットの窓ガラスに張り付きながら言う。
「我々にはこの大戦を終わらせるための使命があるんだ。
「ちえっ。はあ、わかりましたよ」
眼下には無数の炎上する艦影と、波打たれる瓦礫があった。
マリアナ沖で行われた戦いの激しさを物語っていた。
ジャップにはここまでの瓦礫を生み出す艦艇などもうない、だからこれらの殆どは友軍の亡骸なのだろう。
「敵艦爆発!」
後部機銃手から報告が届き、少し遅れて巨艦の断末魔の轟音が轟いた。
コックピットの窓ガラスが赤く反射した。
「ヤマトも沈んだようだな...」
トーキョーに防空戦闘機はなく、警戒すべきなのはシデンカイといった新鋭機だが、既にジリ貧の奴らにカミカゼ以外の飛行機を飛ばせる余裕は無かった。
つまり、もはやシャビットⅢを阻むものは何も無い。
数時間の飛行の後、たった一発の爆弾を投下するだけの簡単な任務だ。
はるか下の海面で、波紋と波しぶきがポツポツと生まれる。
被弾の衝撃よって四散したヤマトの破片が落下しているのだ。
その瞬間、シャビットⅢは閃光に包まれた。
※ ※ ※
「ヤマト」は執拗にサイパンから離陸した1機のB29に砲撃を繰り返していた。
それこそ我々など存在しないかのように、本来の目的である戦艦との戦闘ではなく、そのB29を撃墜することだけに躍起になっていた
シャフロスは第3艦隊がマリアナ沖に展開したのは、そして「ヤマト」がサイパンを目指したのはそのB29の為だとは分かったが、一体そのB29に何が積まれているのかは見当もつかなかった。
そして、それは今考えることでも無かった。
「ヤマト」を撃沈すれば全て解決する話だ、それが何であるかどうかが分からないところで関係ない。
4隻の巨艦は咆哮し、48発の16インチ砲弾を「ヤマト」に向かって放った。
それはらは、レーダーでの測距データの座標、「ヤマト」に命中した。
「敵艦轟沈!」
「サウスダコタ」のCICでシャフロス中将は「ヤマト」の最期をその目におさめていた。
第8戦艦群の4隻の戦艦が放った大重量の16インチ砲弾によってその巨艦は、内側から燃えるかのように爆発した。
艦橋と構造物が消滅したと同時に、砲塔が高く打ち上がり、砲塔が遭った場所からは火柱が立ち上る。
船体は形を歪ませ、破孔から光が漏れ出すと、圧壊したかのように、船の形を留めないも鉄くずに崩れた。
その醜い姿さえも火災と爆発の煙で見えなくなった。
煙がはれた時、シャフロスはあっと息を飲んだ。
「ヤマト」はまだ浮いていた。
その意志は、かつて戦火を交えたあの頃の日本海軍のしぶとさを思い出させた。
カミカゼという蛮行に走った彼らでも、船は変わっていなかった。
そして、それを動かしていた人たちも。
ヤマトから遥か離れた虚空、一機のB29が悠々と東京を目指して飛行していたその空域で、閃光が発せられ爆発が起こる。
「まさか...」
「ヤマト」は被弾する直前にその巨砲から砲弾を放っていたのだ。
信じられなかった。
やつらのしぶとさは、悔しいがどの合衆国軍人でも持ち合わせていない、狂気にちかいものだった。
シャフロスは不思議と、どこか胸が高まるような気持ちで、その光景をただ見ていた。
不思議と「ヤマト」は何万もの将兵の命を奪い、第3艦隊を壊滅させたのに、シャフロスにはその活躍がどこか夢のようで、何か、そう、まるでアニメ映画を見ているような気分だった。
「ヤマト」は主人公だ、「サウスダコタ」は脇役に過ぎない。
誰もが魅入るような、そんな主人公だ。
シャフロスにとってもそうだった。
「司令!、あれを見てください」
遠空の爆煙が晴れると、一機のB29が残っていた。
それは見た感じ異常はなく、まっすぐに日本を目指して進んでいるようだった。
「ヤマト」は主人公だった。だが、悲劇の主人公だ。
「敗者は敗者、勝者は我々か...」
たとえ第3艦隊が残らず沈んだとしても、合衆国には他の艦隊があるし、空母や戦艦の数十隻など数ヶ月で建造できる。
日本が負けるの未来は変わらないのだ。
シャフロスはその結末がなんとなく気に食わず、心にあるわだかまりを振り払うべく、攻撃の続行を命じた。
「サウスダコタ」を始めとする各艦は「ヤマト」にトドメを刺すべく主砲を再び唸らせた。
ただ、その砲弾は一発も「ヤマト」に届くことは無かった。
「ヤマト」は爆発した。
搭載していた弾薬に火が周ったのだろう。
凄まじい閃光が発せられ、火花が飛び散ると、あとには巨大なキノコ雲が残った。
その巨体は海の底へと沈んでいった。
だから、シャフロスは次の瞬間に起きた光景に目を見張った。
いや、やはり「ヤマト」は主人公であったことを思い知った。
ただ、嬉しかった。
どこか、ほっとし、そうなるべきであったと思う自分がいたのは、死ぬまで明かさないつもりだった。
※ ※ ※
「機長、ヤマトはまだ沈んでいません!浮いています!」
シャビットⅢは「ヤマト」の最後の砲撃にさらされはしたが、その爆発は機体の数十メートル後方で起こり、被害は無かった。
「大和」がその命にかえて放った9発の三式弾は虚しく虚空をかき混ぜただけだった。
後部機銃手の興奮した声がレシーバから聞こえてきた。
「へえ、なかなかしぶといな」
船というものは意外と脆く、穴があいたり、蓋が外れただけで浮力を失い沈んでしまう。
それは封鎖隔壁がある戦闘艦だとだいぶ軽減されるし、時代を重ねるごとに船はより浸水しにくく、浮力を確保しやすい構造に進化している。
それでも船というのは水に浮いているものだ、浮くということは沈みもする。
だから「ヤマト」があそこまでの被害を受けてもまだ沈んでいないのは、彼らの技術力の高さを示しているのだ。
ただ、その「ヤマト」も遂にその生涯に幕を閉じるときがきたようだ。
後方で凄まじい爆発が起こり、コックピットの窓ガラスは先程の比ではないほどに赤く反射していた。
「機長..」
副操縦士がとてつもなく名残惜しそうにこちらを見ていう。
「いや...まあそうだな、最後ぐらい見届けてやるか」
機長は仕方なく操縦桿を少し傾けて、コックピットからでも「ヤマト」が見える態勢にシャッビットⅢを傾けた。
実のところ少しヤマトが沈むところに興味はあったのだ。
副操縦士と一緒に眼下の爆発を眺める。
「うわぁ...」
海面が「ヤマト」のところだけくぼみ、水滴が落ちたかのように波紋が広がっていった。
爆発のキノコ雲は今しもぐんぐん高度を上げて、上へ上へとその傘を広げている。
あちこちに火球が放物線を描いて飛んでいた。
「ヤマト」を構成していた鉄材や木材、人間といったものが爆発によって吹き飛ばされているのだ。
機長は副操縦士と同じく、その光景をまじまじと見つめていた。
そのたむ、流石に操縦はしっかりしていたが、上は完全に死角となっていた。
彼が最初に感じたのは衝撃だった。
たった数メートル四方の破片がシャッビットⅢに直撃した。
それは一瞬で装甲など存在しないB29の胴体を貫き、そのまま海面に落ちていった。
後に、「サウスダコタ」の乗員はそれは鉄板だったと言い、ある駆逐艦の船員は人の形をしていたと言っていた。
だが、意識を失う寸前、機長はその破片を目にしていた。
※ ※ ※
墜ちてゆくB29の破片の中に、ひときわ大きく、光沢を放っている黒い物体があったことには、誰も目を向けていなかった。
それはどの残骸よりも早く着水すると、そのまま自重に身を任せて海底へと沈んでいった。
海底に口をあけて待っていたのは、巨大な谷である。
地球の最深部へとつながる、世界最大の海溝だ。
数時間の時を経て、その破片は遥か海底1万メートルに着底した。
圧壊してもはや原型を留めていないその破片の横には、かつて世界最大の大きさを誇ったものが佇んでいた。
「大和」と「スキニー」はとても静かな、そして暗く、深い、その場所で、まるで今までの激動に疲れ、身を横たえるかのように、長い眠りについた。
帝国海軍最後の作戦 波斗 @3710minat
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