第三話 敗北と旅立ち
今日も空き地で拾われ待ち。
お昼にいただいたみそ汁には、ちゃんとネギが入っていた。
オヤジさんと奥さんは信用できる。昨日の依頼主とは大違いだ。
一日空けたからこそわかる。やはりこの空き地は良い。
今朝もメガネをかけたスーツの女性から、蒸し鶏をいただいた。あの味はササミかな。
薄味なところが良い。健康に配慮してくれているのだろう。優しい人。
少しばかりときめいてしまいそうだ。
お昼過ぎ。低学年の下校時間。
遠くから歩いてくるこまちゃんの姿を発見。
「やあ。おかえり」
「あっ! おじさん売れたと思ったのに、返品されたの? かわいそう」
「いやいや。昨日は仕事だよ。仕事」
「おじさん仕事してたんだ。偉いね!」
「それほどでもないけどね。どうだい、この立派な大人であるおじさんを拾ってみないかい?」
「ママとパパが前に言ってたの。『立派な大人は家庭を築く』って。だからおじさんは、立派なら自分で頑張らなきゃだめかも」
「ごめん。おじさん本当は立派じゃないから拾ってくれないかい?」
「えっと。言う事をころころ変える人は信用しちゃだめって松本先生が言ってたよ。だから今日もおじさんの負けね」
「うん。負けだね」
「はい。残念賞の半分になったレーズンパンあげる。じゃあ、お花の先生来るから帰るね。ばいばーい」
「はい。バイバーイ」
今日も負けてしまった。やはりこまちゃんは手強い。
まずは猫へのジョブチェンジをアピールすることから始めるべきだった。仕事のことで褒められていい気になってしまっていたな。反省反省。
おっとそうだ! 綺麗な丸い石を渡し忘れていた。まだ好感度が足りなかったかもしれない。やはり会話イベントだけでは厳しいものがある。
次回は忘れずに、貢物をしないとな。
ふむ。今日は、謎コンビが通らないな。別ルートでの帰宅だろうか。
こまちゃんと違い、彼らはここを通らずとも帰宅可能だしな。何かあった時のために、今日は見かけなかったことを覚えておこう。
さて、そろそろ蓋を閉めて休憩時間だ。
午後五時前に開ければいいな。パタリっと。
くっ! 寝過ごしてしまった。すでに午後七時。残り時間が少ない。
午後九時を過ぎると酔っ払いに絡まれる危険性が増す。
酔っぱらいは危険だ。ものすごく危険だ。特に嘔吐がヤバイ。
素面の時はいい人の梶井さんも、酔っぱらうと奇行に走る。以前ダンボールをひっくり返そうとされた時は驚いた。
翌日お詫びにペットボトルの紅茶を頂いたが、砂糖入りだった。申し訳ないが俺は無糖が好きなんだ。お詫びの気持ちを砂糖ほど感じることができなかった。
俺は甘い男ではないのだ。
嫌な予感がするし、今日はもう諦めることにしよう。
きっと明日には素敵な出会いがあるはずだ。そんな気がする。
チュンチュンと雀の鳴き声で朝を感じる。
パタリと蓋を開け、隣に気配があるため挨拶をする。
「おはようございます。今日もいい天気になりそうですね」
挨拶は大切だ。とても大切だ。疑われやすい俺には、必須のスキルだ。
で、隣にいるこいつは何者だ。
俺のまねをしてダンボールに入っている。ジョブは犬のようだが。
「キャン!」
すまない。まだビギナーだったか。ならばダンボールも仕方がない。初心者装備の定番でもあるしな。ふふん。俺くらいになると、あえてのダンボールだがね。
しかし、中に毛布があるのはいただけない。俺ですら無いのに。
もしや元いいところの子か?
だがおかしいな。俺の鑑定結果によると、お前はおそらく柴犬の雑種。高貴な生まれには見えないが……。
はっ⁉ まさか妾の子として生まれ、追放されし主人公ではないだろうな。とすると、その毛布は家紋入り……。
なるほどなるほど、ここは媚びを売って仲良くしておくべきだろう。
惜しいがこまちゃんに渡すはずだった綺麗な石を一つだけあげよう。成功したら数倍にして返してくれればそれだけで十分だ。俺は謙虚だからな。
ちなみに現金でも大丈夫だ。俺は心が広いからな。
「おはよう。兄ちゃん子供を産んだのかい?」
「オヤジさんおはようございます。この子は高貴な生まれのはず。俺の血縁などとは口が裂けても言えませんよ。ということで違います」
「ははは。冗談だよ。兄ちゃんにはこのおにぎりをあげるとして、この子はどうしようかな。文子のご飯でも持って来てみようかね。ちょっと待ってなさい」
名もなき主人公くん。そんな目で俺を見てもおにぎりはあげられない。誰しも譲れないものってのがあるのさ。それに君には、文子嬢のご飯がこの後待っている。そちらの方が高級なのだ。落ち着いて待ちたまえ。
「ほら。お待たせ。後で犬用の物を買って来るから、今はこれで我慢しておくれ」
「キャン!」
「じゃあ、兄ちゃんあとは頼むね」
「え? あ、はい。お任せください!」
他でもないオヤジさんの頼みだ。聞かねばならぬだろう。即答だ。
では、お互いご飯が揃ったので「いただきます」をしよう。若干フライングされた気がするが許してやろう。俺は心が広いからな。
今朝もメガネをかけたスーツの女性がやって来た。
今日も何かいただけるようですね。ありがとうございます。
む、むむ。おかしい。彼女の視線は俺ではなく、隣の主人公くんに向いている。
ほっ。こちらを見て目が合った。なるほど、誰だって新入りに興味を惹かれるもの。わかります。わかります。
「あの。ご兄弟……じゃなくて、この子とご家族だったり?」
「いえ。今朝からの付き合いです」
「では、他人ということですよね?」
「はい。隣の文房具屋のオヤジさんに頼まれて面倒をみていますが、他人です」
「そうですか……。そうですよね!」
嬉しそうにそう言うと、俺の蒸し鶏は名もなき主人公くんに渡されてしまった。
しかも貴様。頭まで撫でられて! 俺だって撫でられたことないのに!
いつもより長く滞在していらっしゃると思ったら、時計を見て小走りで行ってしまわれた。
去り際にあんな笑顔で手を振られた事なんて、俺は一度もないぞ。
くそう。お前、名を名乗れ!
悔しい。いつかお前の目の前でチョコミントアイスをうまそうに食ってやる。
俺が悪党だったなら、今頃お前のダンボールは柑橘類の入っていたものに変わっているぞ! 命拾いしたな。
ふう。やっと気持ちが落ち着いて来た。
お昼に頂いたかやくご飯のおにぎりのおかげかもしれない。やはり、お腹が満たされると、心にも余裕がうまれてくる。
くやしいが隣でドッグフードを食べるこいつは、愛らしい。やはり主人公はカリスマが違うということか。怨みの目を向ける俺に対してもキラキラした目を向けてくるもんな。敵うはずがない。
「あっ! わんちゃんだ!」
「やあ、こまちゃんおかえり」
「ただいま。ねぇねぇ。この子どうしたの?」
「気づいたらここにいたんだ。そういえば、今朝はこまちゃんここを通らなかったね」
「うん。今日は荷物が多いからパパの車で通学したんだよ」
「へぇ。おっと、そうだこまちゃん。この綺麗な石をあげよう」
「わー! あっ、でも私その石よりこっちのわんちゃんの箱に入ってる方がいい。だけど、もらっちゃかわいそうだからやめとこっと。じゃあ、フルートの先生来るから帰るね。わんちゃんばいばーい」
「キャン!」
「バイバーイ」
はあ……。
なぜあの時の俺は、こいつに綺麗な石をあげてしまったのか。完全に裏目に出てしまった。
だが待てよ。石のエピソードを次回話すことで、俺の優しさが伝わり好感度が二倍でアップする可能性も捨てきれない。こいつの主人公補正も加算されればそれ以上もありえるな。よし、正しい選択だったと思うことにしよう。その方が平和だ。
おや。まだ昼過ぎなのに、朝の女性が戻って来た。
そのまま文房具屋に入っていったが、特殊な物でも探しているのだろうか。
すぐにオヤジさんと一緒に出てきたな。
「私この子を引き取ることに決めました。今朝からずっと気になってたんです。昔飼っていた子に似てるし。これって運命だと思うんです」
「うんうん。きっとそうですよ。よかったなお前」
「キャン!」
「すぐに動物病院に行ったり、手続きとかしなきゃいけないのでこれで失礼しますね。さっいくよ!」
「可愛がってやってね」
なるほど。あの女性、ヒロイン候補の一人だったか。どうりで俺を拾ってくれないはずだ。
「次は、兄ちゃんの番だな」
そう言うと、微笑んだオヤジさんは店の中に戻って行った。
おかしいな。少々身体に痺れを感じる。
おまけにオヤジさんの優しさが心に響いて辛い。
俺のガラスのハートにヒビが入ったような痛みを感じる。
このままではマズイ。水が漏れてしまう。新しいダンボールで梱包しなければ、自由奔放な俺のハートでも壊れてしまいそうだ。
もっと強いダンボールがいる。
そのためには、ダンジョンでレベル上げが必要だ。
オヤジさんに挨拶をして旅立とう。
俺はダンボールおじさんだ。
いつか理想の飼い主に拾ってもらうのを夢見るただの追放されし男。
あとで、浅漬けの素を買わねばな。
ダンボールおじさん 鈴寺杏 @mujikaku
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