額の十字架

藤泉都理

額の十字架




「何があってんだよ?」


 大工屋であるじんは惨憺たる協会の様子に、ガシガシと乱暴に自分の剛毛なくせっ毛を掻き回した。

 教会に足を踏み入れれば、常に惨憺たる様子になっているのだが、今日は種類が違った。

 常ならば、白の煉瓦の天井や壁、床に大きな穴があちらこちらに開いては、白の机や椅子などはへし折られているなど、激しく争った跡がつまびらかに残っているのだが、今日は違うのだ。何も破壊されていないのだ。

 ただ、男友達であり、この教会の神父であり、エクソシストであり、パフェ相棒である希琉きりゅうと、希琉をしつこく狙う悪魔であり、パフェ相棒である呂空ろくが大泣きしているのである。ギャン泣きである。地面に仰向けになってジタバタ手足を大きくばたつかせているのである。

 いい大人の男が泣くな。など言うつもりはない。ないのだが。


「あれ?希琉。おまえ。額の十字架はどうしたんだよ?」


 仁が希琉と呂空に近づいて事情を訊こうとした時だった。

 前髪を横に分けては露わにしている希琉の額に出現していた十字架が消えていたのである。


「エクソシストの証だとか言ってたよな?どうしたんだ?何か事情があって化粧で隠してんのか?」


 仁が希琉に尋ねたその瞬間。不意にばたつかせていた手足を不自然に止めては、口も閉ざした希琉が予備動作なく流れるように立ち上がると、足音を立てずに歩く動作を見せずに近づいたかと思えば、仁の腰に腕を回してまたギャン泣きし始めたのである。

 しかもそれが合図だと言わんばかりに、呂空はギャン泣きしたまま仁の腰に飛びついてきたのである。


「私の額の十字架が消えたのですよ私はもうエクソシストではなくなりましたよもう私の人生はお終いです華々しくも死後も人々に敬われ続けるエクソシスト人生を歩むはずだったのにどうしたらいいのでしょうかああああああ!?」

「俺の額に十字架が出現したのに俺は消滅してねえどうしたってんだ俺は悪魔なのに悪魔は十字架を押し付けられたり身体に刻まれたりすると消滅するはずなのに消滅しねえつまり俺は悪魔じゃなかったんだ。え?俺悪魔じゃないの悪魔じゃなかったら何なの?この薄黒い身体は何なの?背中から生えている真っ黒い蝙蝠の大きな片翼は何なの?俺は悪魔として希琉を倒して華々しい悪魔生を謳歌しようと思ったのにどうすればいいんだよおおおおおおお!?これからエクソシスト人生を歩めってかあああああ!?」

「………よし。おまえらのギャン泣き理由はよおっく分かった」


 ガシガシガッシガシ。

 仁は希琉と呂空の艶やかなたんぽぽ色の髪の毛と、すみれ色の直毛を乱暴に搔き回しながら言った。

 パフェを食いに行くぞ。


「新作の晩秋パフェが出たってんで、おまえらを誘いに来たんだよ。モンブラン、ピスタチオアイス、みかんアイス、珈琲ゼリー、紫イモのスポンジに秘密の味が加わっているパフェだってよ。俺が奢ってやっから行くぞ。パフェを食ったら、希琉の額にはまた十字架が出現するし、呂空の額からは十字架が消える。また元通りになるって。な?」


 何か何も解決しなさそうな気がする。

 泣き疲れた所為で、思考がうまく働かない希琉と呂空は、頼もしい仁の顔を腰に抱き着いたまま見上げては、小さく頷いた。

 よし。仁は大きく頷くと、立ち上がった希琉と呂空の手を強く握って、喫茶店までおぼつかない足取りで歩く希琉と呂空を先導したのであった。











 一週間後。


「なあ。何か。全生物が罹患する花粉症が流行ってたんだってよ。色々不可思議に調子を崩すんだってな。おまえらもそれにかかってたんじゃないのかって。聞いてねえし。はあ」


 パフェの効果なのか、花粉症に打ち勝ったのか。理由はよく分からないが、教会内で嬉々として暴れ回る希琉と呂空にいつもの光景だなあと目を細めて見つめていた仁。

 教会を修理するたんびに金が入ってくるのはいいのだが。


「ほぼ毎日修理している所為で、金が貯まっていくばっかなんだよな。いいんだけどよ。はあ。もういっその事、教会を青空教会に変えちまおうか。星の額に十字架が立っていればいいわけだろに」


 怠惰はいけませんよ。

 不意にどこからか神々しい声が聞こえたかと思えば、突如として涙が溢れ出した仁の額には、十字架が出現したという。


「え?やだこれなにこれ?」











(2024.11.21)



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額の十字架 藤泉都理 @fujitori

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