心に従って生きた者たち 3


 重い足取りは軽やかになり、大手を振ってアンチは通りがかったホバー車、圧縮空気を下向きに噴射することで浮上しながら移動する、鋼板で出来た荷運び用の車へ近づいて行く。

 ホバー車はアンチの前で止まり、運転席から顔をターバンで隠した人物がアンチに声を張り上げる。声質からして女性らしい。


「そこで何をしている? 強盗、か?」


 アンチは自身の口の中で、外に声を洩らさぬようにシートゥルに依頼をする。


「(シートゥルさん、この声紋、分析で)」

『解析終了まで少しお待ちください。更なるサンプルの提示により時間の短縮が可能です』


 警戒した様子の運転手にアンチは挺身で頼み込む。

 実際熱砂に巻かれて困っていたのは事実だ。


「違うって! ここに来るまでにエアファイターが動かなくなって、砂漠のど真ん中に不時着したんだよ。なので良ければ町まで……エザファまで乗せて行ってもらったりなんかできませんか? せめて、せめて! 水を分けてください!」


 エアファイターとは、個人乗りの宇宙船である。戦闘機として元々は開発された物だが、今では世界中のあちこちで、宇宙空間での作業用、重力跳躍ワープ航行用、もちろん戦闘用など、様々な場面で活躍している。

 アンチの脳内でシートゥルが抑揚のない声で注釈を加える。


『アンチさんの戦闘向けエアファイター、ヴァーチューは現在地点より約2kmの地点に停泊中です。内蔵されている独立可変並列思考型人工知能C‐thulシートゥルのオートメンテナンスでは、いつでもリモートで遠隔離陸可能なオールスペックグリーンであると……』


 アンチは脳内の声を無視することに決め、打ち消す様に作り笑いをホバー車の運転手に向ける。


「決して怪しいものでは……あ、自衛用とはいえ銃が不安でしたら、ここで捨てますんで! このまま干からびるのだけは!」


 運転手は少し悩んだ後、ホバー車に乗る様に促した。



 ホバー車の中は決して冷房が強く効いているわけではなく、しかし外の灼熱砂漠を歩いていた頃よりはだいぶ命の危機を感じなくなる。

 ホバー車の荷台には、大量の小麦の袋をはじめ、多くの物資が乗せられている。

 シートゥルからアンチに軽い忠告が発せられる。


『積み荷の一部に“火薬”が確認されました。後部座席に行くのはお勧めできかねます』


 アンチは気付かぬふりをして助手席に向かう。

 運転手は細く白い指でハンドルを握っている。爪には赤いマニキュアが塗られているようだ。

 アンチはホバー車の助手席に腰を下ろし、アンチは運転手に疑問を口にする。


「行商とか、そんなところ?」


 運転手の顔はターバンでおおわれて、目以外は判然としない。だがその目は助手席に座ってきたアンチとホバー車の進行方向とを行き来し、警戒心を如実に表していた。


「ええ。エザファ以外の都市に今でも住んでる人が居るのよ。そういう人から買い取った物や、様々な荷物の運搬。……それで?」

「それで、とは?」


 運転手は右手でハンドル操作しながらも、助手席に座ったアンチを脇目に見ながら質問を続ける。


「その白髪、最初は老人かと思ったけど子供……かしら? 年端も行かない子供が砂漠のど真ん中で何をしていたのかって話よ」


 運転手の疑りの視線の向こうに静かに殺気を感じつつ、アンチは自身の懐に静かに手を入れる。

 直後、運転手の左手に握られた拳銃がアンチに付きつけられるが、落ち着いた様子で懐からステンレス製の水筒、所謂スキットルを取り出して、何食わぬ調子で続ける。


「水、分けてもらっていい?」


 もはや運転手の視線は、運転中であるにもかかわらず前方ではなくアンチに向いている。アクセルは踏まれたままだ。その無言の圧にどこか冷めた視線を返しつつ、アンチは運転手の質問に答える。


「まず、子供のような外見ではあるけど子供じゃない。まあ、生き物としては二年かそこいらだから、二歳かもしれないが」


 運転手は銃の引き金から白い指を外さすに、アンチの正体を口にする。


「クローン兵だって言いたいわけね。子供の背格好のクローンなんてずいぶんと珍しい。まさか、“フォーマルハウトの竜人ドラゴニュート”みたいだって、言ってほしいわけ?」

「“フォーマルハウトの竜人ドラゴニュート”? なんだいそれは?」


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2024年12月27日 00:00
2024年12月28日 00:00
2024年12月29日 00:00

フォーマルハウトの竜人(ドラゴニュート) 九十九 千尋 @tsukuhi

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