心に従って生きた者たち 2


 焼くような日差しが、灼熱の砂に反射し、少しの熱風で舞いあがった砂の細かい粒子が彼の目や鼻に入り込むばかりか、時々の突風では肌にヤスリをかけられているかのように痛みを伴う。


「いだだだだ! し、シートゥルさん、目標の町、エザファはまだ? 町に近ければ、ヒッチハイクとか、通りがかる人とか居ない!?」


 ノービスケルは直径約4000km、地球の衛星である月より一回り大きいぐらいの星だが、現在人が暮らしているのはエザファという都市だけである。人が暮らす唯一の町と言っても決して大きくはなく、約50ヘクタールの大きさのコンクリートの都市に五十世帯も居ない、所謂ゴーストタウンでもあった。

 アンチにシートゥルと呼ばれた機械音声は、アンチの頭蓋の中にだけ響く声で彼の希望的観測を否定する。


『残念ですが、エザファまでは現地点より残り約7.6kmありますし、エザファの人口から考えますに、通りがかりの人物に会える可能性もほぼありません』


 細かな砂と入り混じった汗をぬぐいながら、アンチは足を止めて灼熱の空を仰ぐ。


「アショア星って、太陽より熱いんじゃね?」

『いいえ、恒星アショアは約8000℃と、太陽の表面温度より約2000℃ほど……』


 そんなことは聞いてない、と、くらくらしているアンチの脳の血圧がさらに上がり、アンチは悪態をついた。


「ああもう! こうなりゃ自棄だ! を使うぞ……ゴエテイアを起動する! どうにかして!! なんとかして!!」


 アンチはシートゥルの応答を遮って、天を指さした。

 そして声高に、言葉を選んで紡いでいく。まるで、天に唾吐くように。


「心を研ぎ澄ませ。脳を受信器にしろ。吐息にエーテルを見出し胸満たせ。足裏から地脈を、そこから伸びる大樹を脊髄に刻め……吼え猛る脈動数よ、応えろ! 雨よ降れ!!」


 しかし当然の如く、空には雲一つない快晴である。雨の降る気配は欠片もない。ただ中二病のような痛々しいセリフを声高に叫んだ悲しい者が独りいるだけである。


「降らねぇ……」


 シートゥルが頼まれても居ない注釈を入れる。


『現在の降水確率は0%です。また、件のは確認できておりません。惑星天気予測機構の情報と現状の大気中の水分量から推測しますと、雨が降るまでかかる時間はおおよそ732時間50分……およそ一月後と予測されます』

「良いじゃんか、降っても! 砂漠の雨ってなんか花とかいっぱい咲いてすごいんだろ!? 生命がこう、こう、ぶわーって! ぶわーって! ……ちくしょー」


 アンチはしばしそうして天を指さしていたが、次第に力なく座り込んだ。吹き付ける焼けた砂に痛みを覚えながらアンチは文句を垂れる。


「なーんでかなぁ。マジでさ、転生の際に言われたんだよ。『何か能力がもらえるなら何が良い?』って。だから『最強の魔法使いになりたいです』って答えたのにさ。んだもん。詐欺だよ詐欺」

『空想の小説、エンターテイメント作品にみられる超常現象、通称魔法は今まで確認されたことがありませんでした。魔法を使える者が居ないのであれば、確かにアンチさんはこの世で最強の魔法使いかもしれません』

「参加者一名のランキングで最強一位って言われてもさぁ……ってか僕も自在に魔法が使えるわけでもないし。どっちかって言うと使えないし」


 アンチは重い腰を上げ、ため息交じりに歩きはじめる。変わらず雲一つない空と陽炎に揺らぐ灼熱砂漠を一瞥すると、足取りがどんどん重くなるのをアンチは感じた。


『それと、転生という表現は正しくありません。あくまで、アンチさんの“人格形成の基礎モデルの記憶”をアンチさんは“色濃く継いでいるだけ”で、輪廻転生、および魂という不確定で非科学的な存在が関与しているとは言い切れず……』

「あーわかったわかった。ノット転生。魔法にあらず。アニメじゃない。科学万歳、化学最高」


 話半分にアートゥルの言葉を遮ったアンチの脳内にシートゥルからアラートが鳴らされる。


『接近する存在を検知。情報を送信します』

「いや、視覚で確認した。あれは……ホバー車だ! 助けて通りすがりの人!!」


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