第一章
心に従って生きた者たち 1
「暑い……目と口と鼻に砂が入る……水……日陰……砂痛い」
西暦にして3026年11月29日。科学が多くの人類の問題の解決を宇宙に見出した世界にて。
太陽系より約3800万光年離れたツール銀河、その中にアショア星系第五惑星がある。アショア星系第五惑星はこの世界で欠かせないテーナイト鉱脈が豊富にあった星であったため、今から400年前の大航宙時代に多くの鉱員が第五惑星に動員され、第五惑星の衛星は鉱員たちの住む居住区星として開拓されることになった。
だが第五惑星の鉱脈はすぐに掘りつくされたため、第五惑星より多くの企業が撤退。鉱員たちの職場である第五惑星には名前はつかなかったが、居住していた衛星に名前が付いた。アショア星系第五惑星の周囲を回る二つの衛星。
その第二衛星ノービスケルはそうしてほんの少しだけ開発された、所謂鉱山町ならぬ鉱山星である。
ノービスケルの環境は、地球のような人類が住める環境への矯正変化、いわゆるテラフォーミングを受けてなお、砂漠に大部分が覆われた星である。砂漠部分は昼には40℃を越え、夜はマイナス10℃を下回る過酷な環境である。ところどころに建物や故障車両の残骸が埋まっている以外、砂漠地帯には何もないように見える。
そんな酷暑、雲一つない炎天下の灼熱砂漠を、砂から顔を隠すためのフードすらないラフな格好で歩く白髪の者が一人……
白髪の者の脳内に機械音声が流れる。これは
『熱中症の危険度が上昇しています。ご注意ください』
電脳、テウルギアと呼ばれる装置は、簡単に言ってしまえば脳に埋めた機械であり、脳波を利用することで、それだけで膨大なネットの海に接続可能な代物である。これを応用することで、離れた場所にあるAIと通信できたりするわけである。テウルギアそのものは、多く普及しており、脳波を利用して様々なことを実行可能にもしている。例えば、特殊弾頭の弾道制御とか、簡単なバイタルチェックとか、サポートAIの小言を聞いたりとか。
『ノービスケルの環境に関しては出立前のブリーフィングで、アンチさんにもお伝えしていたはずです。準備を怠ったことによる自己責任かと』
アンチという人の名前らしからぬ名で呼ばれた白髪の者は、自身の頭蓋の中に響く機械音声相手に不平を、息も絶え絶えに訴える。
「人が住んでるっていうから……もっと町に近い場所に降りるとばかり……まさか、町まで、炎天下を10キロとか、そんなん、とは、思わない、じゃん」
『いいえ、確かにブリーフィングでお伝えしているはずです』
「前の、極寒の星……どこだっけ? あそこは街中に、街中の発着場に停泊できたじゃん。あの時、僕、極寒の星だっていうから、厚着して行ったら、街中はむしろ、都市単位で暖房ガンガンの常夏で、みんな僕の厚着姿を笑ってたじゃん」
『勝手な予測を基にされては困ります。ブリーフィングの意味がなくなりますので』
「経験則からの予測ですー AIには……無い概念、かもですけど」
口では強気に反論しながらも、足は細かい砂漠の砂に取られ、汗は滝のように流れている。
『もしや、アンチさんは今ミッションの内容を覚えていないのでしょうか?』
「え!? そ、んな、そんなことは……ゆ、誘拐犯とその被害者の両名に懸けられた懸賞金が目的、です」
『ターゲットの名前は暗唱可能ですか?』
AIからの指摘は図星のようで、アンチは黙り込んだ。
『ブリーフィングを再確認します。今回の依頼はイーリア星系第二惑星ビスタの貴族ヴィンバルトン家からの依頼です。ヴィンバルトン家はアダマン合金の材料でもあるテーナイト鉱脈の採掘により一代で財を成した資産家です。ここ、ノービスケルからも見える“第五惑星”でのテーナイト鉱山の利権も多く所持していたそうです。そのヴィンバルトン家の娘である“リサ・ヴィンバルトン”が、ビスタ府立高等学園を卒業したその日に攫われました。誘拐犯からの身代金の要求をヴィンバルトン家は社交界でのメンツを理由に拒否。秘密裏に誘拐犯一味を始末しようとしましたが失敗。一味のリーダーであった“ガフキン”はリサを連れて逃亡したと思われます』
「あー、そんなだった、そんなだった、多分」
『依頼内容は要約しますに、攫われた娘の保護と誘拐犯を自らリンチしたい。ということになります』
「おーけーおーけー」
『リサはノービスケルでは珍しい金髪の女性です。見つけるのは容易いと、レッドさんは考えていましたが、髪の毛を染色した可能性もあります。あくまで目安の一つとするのが良いでしょう』
「へーい」
AIではなく人相手であれば間違いなくアンチの不真面目な態度は辟易されるところだが、AI故にそんな対応は取られないことに、アンチは少しだけ安堵しつつ、AIとはいえどこか居た堪れなくなって後頭部を音が出るほど強く掻いた。
『今回のミッション目標は、賞金首“ガフキン”と保護対象“リサ・ヴィンバルトン”を確保です。くれぐれもお忘れなきように』
それを察してか計器で計ったのか、AIは今一度ミッション内容を釘刺した。
「りょーかい。でもその前に……僕の方が焼け死ぬよこれぇ」
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