第4話 ネックレスづくり

 不器用なノラにとって、ネックレスづくりは至難の技でしかない。

 黒猫のリアにとっても、肉球でネックレスを作るのは至難の技だ。


 師匠と弟子は顔を見合わせ、うん、と頷いた。


 星の滴を、食べ終えた菓子の缶のなかに入れておく。一人と一匹はノラの部屋をひっくり返して、テグスを探した。


「ネックレスに必要なのは、テグス……テグス……」


 リアがあちこちの棚を見て回っている。


「うーん、倉庫ですかね?」

「そうかなあ〜」

「師匠は手芸とかしないですもんね」

「でも、『彼』のお姉さんからもらった手芸道具を持ってきてたはずなんだけど」


『彼』と言う言葉を聞いて、リアは顔を背けた。直後、話をそらす。


「そういえばあの元画家、それだけ実力があるならどうして工場づとめになっちゃったんですかね」


 ノラは、そのラピスラズリにも似た瞳をリアに向けた。


「うーん……こういうのって奇跡だからなあ」

「奇跡?」

「人間が芸術を生む営みというのは、その時の人間の精神の深みとか、それをうまく表現できたかとか、周りにうまく届いたかとか、……いろいろなことが重なってできる奇跡なのよ」

「奇跡はそう何度もおきない、ってことですか」

「そうかもしれないし、なんだろう……わたしには少し引っかかるところがあるの……っ、あ、いや、ああああああっ!!」


 何をやったのかさっぱりわからないが、ノラの上に本数冊がバサバサバサッと落ちてきた。


「ししょおおお!」

 


 ノラは本当に怪我をしやすい。

 弟子で黒猫のリアは、本まみれの床にノラを座らせ、アザができた彼女の腕の上に幻想薬草のカンパネリリウムを煎じて作った軟膏を塗っていた。魔法で。


「師匠のおかげで魔法がうまくなっていく気がします」

「師匠冥利に尽きるわあ」


 ノラは得意げな顔をした。


 おかげでテグスは見つかった。本のどこかにはさまっていたのだ。


 何度もいうが、ノラとリアにネックレスを作る器用さはない。


 テグスと、お菓子の缶に入れた星の滴を同じ机の上に並べた。


 ノラは手をかざし、テグスと星の滴を操る。


「どんな形のネックレスがいいかなぁ〜」

「お守り用のネックレスでしょう? お姫様がつけるような派手なネックレスではいけないと思いますよ」

「そうね」


 ノラとリアはそう言いながら、宙に浮いたテグスをくねくね動かし、星の滴を浮かせて通していく。


 きらきらと星の滴は薄金の輝きを帯び、部屋中を照らした。


 数分も経たないうちに、星の滴のネックレスができた。手の込んだ派手さはなく、胸元に隠しておけるような。静かに祈れるような、そんなネックレスになった。


 ノラはネックレスをじっとみた。


「これ、マルクさんに渡しちゃっていいのかしら」


 リアは「そうですねえ」と頷いた。


「マルクさんに一回連絡してみますか?」

「そうね」 


 なんだかノラは、ちょっと不満げな顔をみせていた。

 リアはそれに気づいて、少しヒゲを震わせた。


「師匠、お茶でも飲みます?」

「そうね。そうだな……カモミールティーが飲みたい」

「そこは幻想薬草のお茶じゃないんですね」


 ノラは「だって、あの子達、お茶にするとき悲鳴を上げたり光ったりするのよ」と答えた。


 紅茶をいれることができるノラだが、弟子はとことんこきつかう主義だ。


 しばらくすると、リアがカモミールティーの入ったティーカップを魔法で浮かせながら持ってきた。


「師匠は元画家にネックレスを渡したくなくなったんですか?」


 リアが聞くと、ノラは頷いた。


「なんかね……マルクさんって攻撃的よねって」

「それは同意しますね。工場づとめをあんなふうに卑下しなくても」

「そんなひとに、攻撃的になる可能性のある星の滴のネックレスを渡しても良いものかしら……って迷っちゃった」

「夢を叶えるという文献と、攻撃的になるという文献があるのですよね」

「そう。どちらが正しいのかしらって」


 リアはうつむいた。


「でも、頼まれて作っちゃったものは作っちゃいましたし……」

「そうなのよねえ」


 しっかりもののリアは、あ、とひらめいた。


「一回渡してみて、なにかおかしな行動をすれば回収するというのはどうでしょう。お金も返して」


 ノラは「そうね」と微笑んだ。



 数日後の夕方、マルクが店を訪れた。


「ネックレスが完成したと聞いて来ました」


 その顔は、希望に満ち溢れていた。これでつらい暮らしから逃れられるのだといったような顔をしている。


 ノラはカウンターで星の滴のネックレスを渡す。


「あの、このネックレスなんですけど。問題点があって……」


 だが、マルクはつらい暮らしから逃れることができるという希望に囚われ、ノラの話を聞いていなかった。彼はネックレスに夢中で、こちらを一切向かない。


「お願いがあって、しばらくベルナッソスという幻想薬草のお茶を服用していただけませ」


 ベルナッソスのお茶は、飲んだ人間が危機に陥った際、鈴の音のような音を出すもの。


 そのノラの言葉も聞かず、マルクはネックレスを見つめている。


「あのう……」


 ノラは困ったように黒猫のリアを見た。


「おーい、マルクさん!」


 リアが大声を出すと、マルクは「ありがとうございます」と輝かしい微笑みで言った。


「本当にありがとうございました。これで俺の人生は薔薇色だ。また好きに絵をかける。展覧会にも出せて……大画家になれる!」


 そのまま、一人と一匹の言うことを聞かず、マルクは店から立ち去った。



 夜、どこかから帰ってきたらしいベネが珍しくまともな料理を作っていた。ハムとパセリのゼリー寄せ。


「兄様?」


 ゼリー寄せにポタージュ、肉のワイン煮込みなどを用意する兄を見て、ノラは絶句した。


「兄様、いつからそんなに料理通に」

「失礼な! ……たまにはね」


 彼はポケットから星の滴を取り出した。


「頑張ってきた妹とその弟子のために、精力つけて真面目に料理しようと思って」

「精力?」

「うーん」


 テーブルに豪勢すぎる食事を並べたベネは、驚いて腰を抜かすリアを抱き上げて頬ずりしながら、言った。


「星の滴。国立幻想研究所によって、次の効能が明らかになったよ。精力がつく。体力が増す。そして、人格に攻撃性がかなり増す」

「……」


 ノラはうつむいた。まずいものを売ってしまったかもしれない。

 リアが「ベネさん、くるしいです」とベネの腕の中で暴れた。


「でも、ベネさん、夢を叶えてくれるんですよね? 星の滴って」

「体力と精力とがないと、人間は元気にならない。元気になると向上心が生まれ、努力し、夢を叶えることができる可能性が高くなる。しかし向上心は時に強い攻撃性を生む、といったところかな」


 ノラは兄に聞いた。


「も、もし、もともと攻撃性の強い方だったら……」

「どうだろうね。ああ、それと、マルクという青年。調べてみたんだが、画家になったはいいけど、パトロンに喧嘩を売って大怪我をさせて、画家業をあきらめてしまったみたいだねえ」


 まずい、とリアとノラは顔を見合わせた。

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