第3話 薬草店なんだけど
店には窓に面した簡単な応接スペースがある。
マルクと名乗ったその青年は、黒猫のリアに招かれて、一人掛け用のソファに座った。ノラは急いで紅茶をいれる。
かじかんだ指の先を温めるかのように、マルクはティーカップを両手に持った。
「ありがたいです」
「いえ……」
何を話せばいいのかとノラが戸惑っていると、黒猫のリアがまたもや助け舟を出してくれた。
「お客さん、星の滴でネックレスを作りたいとはどういう? ここは腐っても薬草店ですけど」
マルクはうつむいた。
「俺には叶えたい夢があります」
「ほう」
「俺は工場づとめです」
「大変な仕事と伺っています」
リアは揉み手のような仕草をする。マルクは言った。
「工場に勤める前までは画家だったんですよ。なんで俺が工場になんて勤めなきゃならないのか」
「……」
ノラがなんと返していいかわからずうつむいていると、リアが返答する。
「画家に戻りたいから星の滴を……?」
「はい」
マルクは力強く頷いた。
「俺はちょっとしたミスで工場づとめになる前までは、けっこうな画家でした。絵画コンクールで優勝したこともあります。個展を開いたことだって」
そして、彼はうつむいた。
「今は絵を描く時間さえ奪われました。星の滴のネックレスを身に着け、画家に戻り、また個展を開きたい」
「しっかりした夢があるんですね」
「このまま工場で一生を終わりたくない」
リアが聞く。
「でも、ここ、薬草店ですけど」
「そう聞きましたが、さまざまな相談事に乗ってくれるとも聞きました。だってここには、上級魔術師の先生がいるそうじゃないですか」
ベネのことだ、とノラは気付いた。リアは困ったような顔をする。
「でも、今日、その先生はいらっしゃらないんですよ」
「それでも、その妹の魔女の先生は物知りで優秀だとも伺っています」
ノラは目をまたたかせた。マルクの緑の瞳が、ノラをまっすぐ見つめてくる。
「えと……星の滴には効能があって」
「はい、夢を叶えてくれるんですよね」
「はい。持っている人が心底願っている夢を叶えてくれると言われています。この星の滴のお陰で、貧しい民が宰相になったという例もあるそうです。ですが、他の文献だと……」
ノラの言葉を聞かず、マルクは話し始めた。
「夢を叶えてくれるものが空から最近降ってくる! これ以上の
そうして、マルクはノラに札束をわたした。工場づとめのなか、必死にためたのだろうとわかる札束を。
「薬草店なんだけどねえ〜、星の滴か」
夜、キッチン兼食堂で、ベネは吹き出した。皆で、ベネの持ち帰ってきた子羊のローストを食べていた。
「押し切られました……」
ノラは肉によだれを垂らしながら言った。
「頃合いを見て、お断りしようかと」
黒猫のリアが魔法で肉を切り分けながら言った。
「それがいいかもねっ! 勝手に滴を拾ってネックレス作ってろってね!」
兄はギャハハと笑う。その笑い声を聞きながら、ノラは窓の外を見た。満天の星空が広がっている。そろそろ滴が降るだろう。
食事を食べ終え、食器を洗う。――リアが。魔法で。
ノラがやると魔法を使っても大怪我をしてしまう。ベネはそもそも洗ったら皿を全部黄金色か虹色にしてしまう。
その間、ノラは窓から星の滴を見た。
輝く星々。その星から、ぽたり、ぽたりと光り輝く滴が落ちてくる。その滴が地面に落ち、街を明るく照らす。
「でもこの滴、いつまで続くのかしら」
ノラがなんとはなしに聞くと、ベネが答えた。
「うーん、あと数週間は続くみたいだよ。気象庁の見立てによると」
「数週間でおしまいかあ」
ノラは肩を落とす。
「ええっ、まだ続くんですか」
リアはため息をついた。
あと数週間しか見られないと思ってノラが少しだけ窓を開けると、星の滴が舞い込んできた。
「わあ!」
星の滴が身体中についてしまったので、すぐに払う。すると床にぽろりぽろりと落ちた。
「うわああ、外に捨ててくださいよ師匠」
リアがぶうぶうと文句を言う。
「あ」
ノラはしゃがみこみ、星の滴をつまみながら気づく。
「これでネックレス、作れそうね」
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