第2話 星の滴

 派手で明るい兄と、穏やかでポンコツな妹と、しっかり者の黒猫が運営する店に名前はない。「幻想薬草店」と皆が言っている。


 その通り、この店に普通の薬草は置いていない。


 置いてあるものと言えば、光る青い薔薇のような花の「ミラベルーア」とか――恋愛における各種病気に効く。スズランに似てはいるが揺らすと本当に鐘のような音が鳴る「カンパネリリウム」とか――傷によく効く。

 そんなものだ。


 今日も、恋患いの青年やら、くしゃみが止まらない老婆やら、しゃっくりがとまらない女性やらが、幻想薬草を求めに来た。


 主に接客するのは黒猫のリアだ。ノラは薬草の知識だけはべらぼうにあるが、人前に出ると挙動不審になってしまう。


 中年の、愛想のいい女性がノラの座るカウンターへとやってきた。


「ノラさん、お聞きしたいことがあるんだけど……」

「ひゃいっ!」


 リアに接客を任せ、本を読んでいたノラは、驚きのあまり飛び上がってカウンターの角に膝をぶつけた。


「いたっ、痛っ、あたたた」

「だ、大丈夫? ノラさん」

「平気です。――なっ、なんでしょう」


 人と会話するのが不安すぎて震えながら返事をしていると、女性はにっこりと微笑んだ。


「『星の滴』って、ご存じかしら」

「ほしのしずく……ですか?」

「ええ。最近、夜になると空から降ってくるでしょう。あれ、悪いものなのかしら」


 そうだった、とノラは思い出す。


 最近、夜になると星から滴が降ってくる。雨ではないし、火の玉でもない。ただ、星から滴ってきたもの。おかげで夜は地面がキラキラと輝いていて迷わない。だが、最近降りすぎであるため、上級魔術師と政府とで対策を練っているとか。


 ベネは上級魔術師なので、たぶん対策を練っているのだろう。


「兄が騒いでいないので、たいした悪さは起こさないと思います。ただ、言い伝えが二種類あって」

「二種類?」

「一つは、星の滴を身に着けると、夢がかなうというものです」


 おほ、と中年の女性は笑った。


「まあ、それは希望がある話ね。もう一つは?」

「えっと……星の滴を身に着けたものは、攻撃的になってしまうというもの」

「まあ」


 女性は深刻な顔になった。


「ま、でもいいわ。この年になって、夢っていうのも、ねえ?」

「えと……」


 こういうとき、なんと返事をしていいかわからない。夢を持ち続けるのはいくつになっても素晴らしいといいたいのだが――。


「えっと、その」


 リアが助け船を出す。


「奥様は、今から叶えたいこととか、無いんですか? 旅行に行きたいとか」

「そうねえ、世界一周」

「いいですね! 星の滴を身に着けていればかなうかもしれません」

「うふふ! じゃあ探しちゃおうかしら! ああ、でも攻撃的になるかもしれないのよね。それはいやぁね」


 そういいながら、女性は、怪我や熱に効く幻想薬草を何種類か購入し、カウンターから離れた。


「星の滴かあ」


 ノラはひとりごちる。上級魔術師たちの話し合い。兄は星の滴を食えとか突飛な案を出すだろうが、「彼」は滴を処理する完璧な方法を考えるだろう。

 これ以上「彼」のことを思い出すと調子を悪くする。首を横に振り、帳簿を眺める。


「うーん、売り上げとしてどうなんだろ」


 リアがノラの肩に乗り、「師匠、計算もできないんですか……」と呆れかえる。


「えっと、師匠、こっちが私の記した売上高です。昨日のページより今日のページのほうが少なめですね」

「……」


 さらに帳簿のページをめくる。


「一か月前にくらべると、今月のほうが同じ時期なのに売り上げが低い」

「……まずいよ、なんとかしないと」


 ノラは頭を抱えた。


「一ヶ月前、ちょうど兄様がわたしをここに引き取ったときだ。わたしを引き取ったからかなあ……わたしみたいのがいてはいけない……」

「師匠、また変なこと考えてますね。師匠の接客態度はどうしようもありませんが、お客を見てると師匠に対して文句を感じたりひどいと感じたりするようなことはなさそうですよ」

「うう……」


 ノラがカウンターでうずくまっていると、店の扉が乱暴に開いた。


「ひええ!」


 気弱な魔女としっかり者の黒猫は同時に悲鳴を上げる。


 するとそこには、切羽詰まった風の青年が立っていた。おさまりの悪い栗色の髪に思いつめた緑の瞳をし、頬にはそばかすが散っている。


「星の滴でネックレスって作れますか?」

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