月の肉
森上サナオ
月の肉
「月の肉」という存在をご存じだろうか。
これは2015年ごろ、Twitter(現X)に投稿された一連のツイートを指してこう呼ばれている。
投稿者は、とあるネットオークションで「月の石」なる商品を落札。(具体的にどのオークションサイトだったのかについての言及はなかった)
商品説明から推察するに、どうやらそれは月の裏側由来の隕石とのことだった。
投稿者は鉱物の収集家で、特に隕石を中心に収集していた。
一般のネットオークションにいきなり出品された「月の石」を、投稿者は最初本物の月隕石とは思わなかったそうだ。
だが、入札者が全くいなかったこと、最低落札金額が猛烈に安かったことなどから、「騙されてもまあいいか」という気持ちで入札、そして落札したそうだ。
落札後、特に問題もなく手続きは進み、一週間後「月の石」が届く。
投稿者が確認したところ、たしかに隕石の特徴が確認できた。
本当に月の裏側由来の隕石だとしたら、ものすごい価値を持つと期待を込めたツイートがなされている。
月の石に関するツイートから数日後。
投稿者の元に見知らぬ女性が訊ねてきたというツイートが投稿され始める。
「月の肉を分けて頂けると聞いてやってきた」
家を訪ねてきた女性の発言を、投稿者はそう記録している。
投稿者はその女性の外見についてはただ一言、「喪服っぽい黒い服」を着ていたとツイートしている。年齢などについては、一切言及がない。
意味が分からないと女性を追い返した投稿者だったが、それから毎日、その女性は投稿者の家を訪ねてくるようになったという。
女性が訊ねてくるようになって一週間後、さすがに不気味さと身の危険を感じた投稿者は、警察に相談。しかし、被害届を出せるような事態に発展していなかったため、警察は具体的な行動を取ってくれなかったと不満をツイートしている。
それからも連日、「喪服っぽい黒い服」の女性は投稿者の家を訪ねてきたようだ。
投稿者のツイートからは、女性の言う「月の肉」とオークションで落札した「月の石」の関連性について考察している形跡が見られた。
さらに一週間後のツイートから、投稿者が女性に「月の石」を差し出したことが明らかになる。
『あなたが探しているのがもしこの隕石ならお譲りします、なのでこれ以上押しかけないでくれ』と「喪服っぽい黒い服」の女性に伝えたとツイートしている。
月の石を見せると、「喪服っぽい黒い服」の女性は「ええそうです申し訳ありませんこれですぐにでも」と言ったそうだ。女性がハッキリ喋るのを、その時初めて耳にしたと投稿者は書き込んでいる。
そして、投稿者が差し出した「月の石」を「軽々と」持ち上げた、と書き込んでいる。
そのときの様子は、投稿者は以下のようにツイートしている。
「そしたらあの女が箸でつまみ上げるみたいに月の石持ち上げてアレたしか五キロくらいあったはずなんだけど」
月の石を手にした女性は、「どうもいいあんばいで」と言い残して、投稿者の家を立ち去ったという。
それ以降、「喪服っぽい黒い服」の女性が投稿者の家を訪ねてくることはなかった。
だが、月の石を手渡してから半月ほど経ったある日、投稿者が再び「月の石」に関するツイートを投稿している。
投稿者の家の前に、女性に渡した月の石が戻って来たのだという。
ただし、戻って来た月の石は元の形とかなり形状が変わっていた。真っ二つに割られていて、割られた断面には、何かを抉り取ったような痕跡があったという。
その痕跡を、投稿者は「石の中にあった化石を取りだした跡っぽい感じ」と表現している。
そこで一度、この「月の肉」ツイートは途絶えている。
次にこれに関連したツイートが呟かれたのは、月の石が戻って来てから二ヶ月後。
「ヤバいお中元(?)届いたんだけど、これ月の肉?」とのツイート共に、120サイズの段ボールに詰め込まれた巨大な生肉の塊の画像が投稿された。
画像には生肉と一緒に、同封されたと思われる手紙が写っている。
文面は、以下の通り。
「先日はご苦労をお掛けしまして、誠にありがとうございました。つきましては一番深いところの物が手に入りましたので、お贈り致します」
その後、投稿者は「月の肉を食べてみる」と投稿し、切り出した「月の肉」をフライパンに乗せている画像が投稿された。
それ以降、このアカウントでのツイートはなされていない。
現在、投稿者のTwitterアカウントは削除されている。Twitter(現X)上で一連のツイートを確認する方法はない。「月の石」落札直後に、鉱物ファンが集まるネット掲示板にアップされたツイートのスクリーンショットが唯一現在でも確認できる。
月の肉 森上サナオ @morikamisanao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます