第6話 相棒

 

「今のは、本当かっ!?」

「長年つかえた私めをお疑いですか、閣下」

「……三回も! 失敗したではないかっ!」

「おやまあ。潮時でしたか」

「きっさま!」

「はは! 剛腕と名高い侯爵が情けない。さっさと母親と同じ場所へ逝けばよかったのですよ」


 どちらの言い分も身勝手過ぎる、とルシアは唇を噛み締めた。

 どんなことがあろうと、命を蔑ろにして良い理由にはならない。


「尊い命を、身勝手に奪うだなんて。絶対に許さない」


 ルシアは、ジョスランの背後で静かに構える。

 右手の人差し指と中指を立て、剣に見立てる。左手は、鞘だ。


臨兵闘者皆陣烈在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん

 

 九字を切る。切るのは、悪しきもの。禍々しい欲。未練。その全てだ。

 すると、ジュワワワと音を立てながら、執事の肌が干からびていく。


「うぐあああああ!」


 目は落ちくぼみ、眼窩がんかから目玉がぼろんと出て、じゅわじゅわと肉が溶け絶命していくのを、侯爵が愕然としながら見ている。

 一方のジョスランは、舌打ちした。

 

「ちっ、いにしえの魔法使いだったか」

「ええ。魔力の残骸にすがる、哀れな者たち」

 

 人間から魔法が失われて久しいものの、ごくごく一部残った力を欲のために使おうとする者が、後を絶たない。

 ジョスランのように『見える目』を任務で使うような、善良な者だけではないのだ。

 それらを適切に滅していくのも、ルシアが宰相から頼まれた、お見舞い係の『裏の任務』であったりする。


「さて」

「……ああ、あああ」

「呪いを解いて差し上げましょう」


 ルシアは今にも床に膝を突きそうな侯爵へ近づき、ぐいっと肘を掴み身体ごと自分の方へ向かせた。

 

「おい、ルシア!」


 骨と皮だけになった執事を警戒しながら、ジョスランがルシアと侯爵の間に割って入ろうとするのを、ルシアは態度だけで止める。

 それからブリアック侯爵の目をじっと見つめた。

 

「閣下。わたくしの目を見て」

「あああぁ」

「……六根清浄ろっこんしょうじょう急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう

「うぅ、ううう」

「大丈夫。皆様、正しい道へと歩み始めました。悔いなく逝かれるよう、見送ります」

「うん。うんんんん」

「貴方はこれから、罪を全力で償うのです。命は戻らない。ならば、これからどうすれば良いか、自分で考えて」

「ああ、ああああ」


 ついに侯爵は両膝を床に突け、全身で泣き始めた。顔面を手で覆い、抵抗する気配はない。

 

「……甘いとお思いですか?」


 ルシアは、ジョスランから呆れの空気が漂っているのを感じて、居心地が悪かった。


「いいや。甘言で騙す奴が一番悪い。ルシア嬢が心配なだけだ」


 ドキン! とルシアの心臓が跳ねる。


「ッハアア!」

「あ!」


 一瞬の隙をつかれ、煙状になった執事がつむじ風のようになって、窓の隙間から外へ出て行ってしまった。


「……わたくしとしたことが……先に封印すべきでした……」

「いや、俺も油断していた、すまない」


 ついに床に臥せって慟哭どうこくしはじめた侯爵を、どちらからともなく肩を寄せ合い、見守った。


 

   ○●



 報告のため、ルシアがいつものように王宮にある宰相執務室を訪ねると、執務机の上に両肘を突いた宰相にニコニコと迎えられた。

 平和そうな笑顔に多少なりとも苛立ったルシアは、打ちそうになった舌を喉奥へ引っ込める。

 

「今回は本当に骨が折れましたよ、宰相閣下」

「うむ。ご苦労」

「たった一言で済ませられて……お気楽で良いですね」

「ルシアのは珍しいな」

「失礼をいたしました。……でも、縁談を邪魔しないあたり、薄々勘付いていらしたのでしょう? 少しぐらい言ってくれても」

「予断は禁物、がルシアの口癖だろう?」

「ふぐ」


 やはり宰相となるからには、食えない人物でなければならない決まりがあるに違いない、とルシアは怒りを拳に封じ込めるのに苦慮した。


「それでだな。別の縁談が来ているんだが」

「は?」


 さすがにイラッとした態度を隠せず、伯爵令嬢らしからぬ無礼な態度になってしまったルシアを

「そう目で殺そうとするな。本当にできそうで怖い」

 と宰相は揶揄うことで不問にしてくれたようだ。


「……やろうと思えば」

「うひぃ。そう言わないでくれ」

「お相手は?」

「子爵位なんだが、名誉称号持ちで」

「ということは伯爵位と同等ですね」

「うん。あと強い」

「はあ」

「信頼も厚く良い男なんだが、ちょっと目の色が変わっていてなあ」

「……!」

「ほんとか嘘か、人に見えないものが見えるらしい」


 ニコニコしている宰相へ、ルシアは呪詛を唱えそうになる。


「だから、そう睨むな。デートに誘ったけど気づいてもらえないぐらい鈍感だから、色々すっ飛ばして婚約を申し込むことにしたらしいぞ」

「あれ、デートの誘いだったのですか」

「……ルシア。これ以上ない相手だぞ」

「それはそうでしょうけど」

「今、うんって言ったな! よし」


 宰相は、机の上の書類に素早くペンで何かを書き込んだ。


「サインしたぞ!」

「ちょ、叔父様っ⁉︎」

「はっはっは! これ、陛下もサインしてるからな。破ったらダメだぞ?」

「なんで陛下が!?」

「だってジョスラン、王弟殿下の息子だもん」

「……初耳ですけど」

「隠してるからね」


 ルシアは、人差し指でこめかみを押さえつつ宰相をギリリと睨むが――まったく堪えずニコニコされているのを見て、諦めた。


「閣下。古の魔法使いが逃げています。それを捕まえるまで婚約だなんて」

「うん。ジョスランからも聞いてるから、いつ正式に婚約するかはふたりで決めればいいさ。近衛から異動させといたぞ」

「……異動?」

「お見舞い係に」

「⁉︎」


 心底意味が分からない、と愕然としているルシアに向かって、宰相は今日一番の笑みを投げた。

 

「だから、ジョスランも今日からお見舞い係。ふたりでよろしく!」

 

 きっともう何を言っても墓穴を掘ることになる、とルシアは是も非も言わず無言でカーテシーをして、退室することにした。

 部屋から出てすぐ、ジョスラン本人に迎えられ、ルシアの困惑はピークに達する。


「ルシア嬢、なんだその顔。口が山の尾根みたいだぞ」

「色々言いたいことがありますけど」

「うん。聞くが、ここでいいのか?」

「どういう意味ですの?」


 廊下を歩きながら、ジョスランはにやりと口角を上げる。

 

「閣下に、ルシア嬢は甘いものに目がないと聞いた」

「はあ」


 ルシアは前世でろくに食べられなかった反動か、美味しいもの、中でも特に甘いものには弱い。

 

「俺の『お見舞い係』就任を認めてくれるのなら、『グラン・ガトー』のテーブルを押さえよう」

「……まさか、半年先まで予約で埋まっているという」

「劇場の斜め前の店だが、合っているか?」

「ぐぬぬぬぬなにゆえ席が取れるのですか」


 紅色の目を細めたジョスランは、すっとルシアの耳へ口を寄せ、囁く。


「ロイヤル席は、俺も使えるんだ」

「うぐっ、なんたる戦略」


 歯軋りをするルシアを、ジョスランはわざとらしいぐらい丁寧にエスコートし、馬車へ乗せながら言う。


「ルシア嬢。婚約の件は、ゆっくり考えてくれてもいい。だがこの異動の件は認めて欲しい」


 素直に頷けないルシアは内心、祓う際無防備になる自分に護衛が必須であるのは、今回の件で痛感していた。態度は素直になれないが。

 

「わたくしがその店を気に入ったなら、『お見舞い係』として受け入れて差し上げてもよろしくってよ」


 たちまち真顔になったジョスランは、黙って騎士礼を返し――後日、ルシアは見事『ロイヤルにしか出さない希少なチョコレートケーキ』に陥落した。



 ――そうしてふたり体制となった『お見舞い係』には、次々と厄介な依頼が降りかかってくるのである。

 

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2024年12月12日 19:02
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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜 卯崎瑛珠@初書籍発売中 @Ei_ju

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