第14話 本間間 8

『うう・・・ん』




30分程して縛られた『ひろみ』が目を覚ました。


礒志田が早速話しかける。




『あなたは誰です?、何しにここへ?』




グルグルと手足に巻かれたガムテープを身体をよじって抜け出そうとするひろみだったが、礒志田が胸ぐらを掴んでグイッと床を滑らせるように上半身を引き寄せた。長い時計の針が10時を指すように。




覗き込むようにして礒志田がもう一度、だが今度は少し強めにひろみに言った『お前は誰だ、何しに来た』




『ひろみさん・・・ですよね?』


建山が静かに割って入った。




抵抗するのを止め、ため息の様に一息つくと、ひろみはゆっくりと話し始めた。『私は…いや、俺は三浦博史(みうらひろし)でした・・・』




『え?その声!え?はぁ?もしかしてせせせせ』


衝撃的過ぎるカミングアウトに礒志田は言葉が出ない。




『性転換です』ひろみが代わりに応える。




『おおおお男のお尻にムラムラしていたのか私は・・・』


凹んだ礒志田の肩に手をポンと置き、建山が動揺する自分の心を整理するように話を続けた『あなたはこの家の持ち主だった三浦夫婦の旦那さんで三浦博史さんなんですね、浴槽で死んでいたのは奥様の…』




『めぐみです。』




『殺害したのは博史さん、あなたですか?』




『一応…そうなると思います。』




『一応?話してもらえますか?博史さん…』




建山と礒志田の顔を交互に見つめると、三浦博史はその単なる興味本位ではない真剣さを感じ取ったように、ゆっくりと口を開いた。




『妻とはずっとうまく行ってなくて、何かと言えば直ぐに口論になっていたんです、掃除もしない、料理もしない、暇さえあれば寝てばかりで。お恥ずかしい話ですが夜の方も全くでして…私ももう我慢の限界が来ておりました。そんな時ふと出かけた夜の街である男性と出逢いましてね、まぁ…その…初めて男性に可愛がられたと言うんでしょうかね、男性に興味なんかなかったのですが、物凄く優しい方でついつい流れで受けの方を経験してしまいまして…』




『なるほど、まぁそこは否定しませんよ、色んなプレイがある世の中ですし、愛の形だって様々ですからね』




『建山さん、ご理解いただいてありがとうございます。それをきっかけにすっかりその男性に落ちてしまいましてね、付き合いが続いたんです。ところがある日、家で妻と口論になってしまいましてね、カッと来て妻を突き飛ばしてしまったんです、そしたら動かなくなってしまって…気が動転してしまって付き合ってる男性に相談したんですよ。』




『死んだかどうかの確認はしていないんですね?』




『はい、その時点では何も、ただただ怖くて。その男性が駆けつけた時に、全て私に任せろと言って私に大金を渡し、これで海外に飛んで女になって帰って来い、元男性を抱くなんて初めてだから是非お願いしたいと…』




『そんな状況でその人は何を言ってるんですかね』




『でもそんなに綺麗になれるんですね、おしりもおっぱいも…つか変態じゃねぇかよ!』




『礒志田さん!デリケートな部分ですよ!』




『すみましぇん』




『でもその時私にとっては凄く嬉しくて、変だとか感じる事が出来ませんでした。その時その人が妻の首に手をかけて、念のためだと言って思いっきり締めたんです。』




『だから一応と言う事か…』




『はい…』




『それで?』




『全て任せろと言うので、私は海外に飛んで手術を受けました、暫くして戻ってくると、その男性は遺体が朽ちて行く様子を監視して録画したファイルを作るようにと言われました。』




『九相図ですね』




『そうです、あの時建山さんに小野小町の話をされて、もうダメかと思いました』




『いや、はっきり言いますがもうだめですよ、人ひとり死んでいるのですから。でも九相図を作らされたって事ですよね?その男性は九相図に興味が?それとも小野小町・・・・じゃないんですか?』




『すみません、これ以上は…』




『博史さん、警察がもう来ますよ、甘い考えは通用しませんからね』




『大好きな人だから、私は言いません』




『私ね博史さん、最近なんですがこんな詩を耳にしたんですよ、色見えて移ろふものは世の中の人の心の花にぞ有りける…とかなんとか。犬も歩けばじゃないんだから、こんな詩、簡単に出てきませんよね、好きじゃなきゃ。これは小野小町ですよね、博史さん、私はわかりましたよ、共犯者が…』




ほどなくして警察が到着した、サイレンを鳴らさずパトランプだけを回してきたようで、赤い光が玄関扉の窓の部分から見え隠れしているのがわかった。




当事者なので当然建山と礒志田もパトカーに乗り、事情聴取を受けた。




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翌日、早朝から建山は街唯一の繁華街に来ていた。早朝の繁華街はまるでゴーストタウンだった。人気のない繁華街を一人でプラプラと歩くと、ロングコートに金髪の男が立っているのが見えた。




『建山さん』




『流石は探偵さん、わかったんですね』




『色見えて移ろふものは世の中の人の心の花にぞ有りける…』ゆっくりと詩を口ずさみながら一件の建物を見上げた礒志田。




『居ないとは思いますけどね~建山さん』




『静かですから博史さんがまだ警察に話していないって事ですね。』




その建物のドアのチャイムを鳴らす礒志田。扉が引っかかりバイーンと言う音を立ててカタカタと揺れる。その振動が納まったタイミングで女性が一人顔を出した。『まだ営業時間じゃないのですが…』




『朝早くにすみません、実は社長と昨夜うちの事務所で飲みましてね、潰れちゃって全然起きなくてですね、それで…昨夜契約書の件でお話したんですけど、その書類だけいただきたくて…ちょっと今日必要なんですよ、申し遅れました、喫茶ひろみの近くの旧三浦邸を購入した礒志田と申します。』




『あ!三浦邸の礒志田さん!』




『そうですそうです』




『買って半年以上も住んでない礒志田さんですね!』




『え・・・ええまぁ』




『電気代がどうのこうのとクレームつけた礒志田さんですね!』




『いや、なんかすみません』




『どうぞ、社長室は奧です、汚くて入りたくないので探して持って行ってください』




『どうもすみません、それじゃ遠慮なく失礼しますね』




事務所の突き当り、何かの部品や積み上げられた段ボールを避けて歩くと、引きちぎった段ボールにマジックで書いた汚い字で「社長室」と書かれた扉の前に辿り着いた。鍵のかかっていない扉を開けると、まるで廃墟のような荒れ果てた光景が飛び込んで来る。2人で目を見合わせると、直ぐに目で見える範囲だけを捜索した。当然書類を取りに来たのは嘘で、何か証拠が無いかを探しに来たのである。




『礒志田さん、あれ・・・』




建山が指を差し示す方に目をやると、小野小町の詩集がガラスケースの中にキチンと綺麗に収まっていた。




『本当に好きなんですね』




『だからってリアル九相図まで行ってしまったら限度を超えていますよ』




『もちろんです、で?礒志田さんは何処にいると思います?』




『探偵を舐めないで下さいよ、私の家に居ますよ、必ずね』




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商店街から出て、2人は礒志田の家に向かっていた。




『ええ、大丈夫です、ええ、必ず、はい、ええ、承知してます』




礒志田の家に向かう途中、刑事から建山に連絡が入ったのだった。それもそのはず、三浦博史は捉えたものの、肝心の監視カメラを失ったわけだから刑事も御冠である。動かぬ証拠が動いたとあっては刑事も気が気じゃない。スマホを切って建山が運転しながら礒志田に話しかける。




『なぜ彼は礒志田さんの自宅に居ると思うんです?』




『建山さん、試してます?』




『ええ、もちろん』




『仮説ですけどね、博史があの夜玄関から入って来る前に、納戸の方からゴソゴソと音がしたじゃないですか、居たんですよ彼が。どうやって潜んで、どうやって姿を消したかはわかりませんけどね。現に捕まっていませんし、それはまぁ博史が白状していないからってのもありますけど。』




『私と同じ考えです、ただ、私は居場所を知っています。』




礒志田の家に到着すると、建山は家の裏に向かった。


『礒志田さん、前を歩いてもらえますか?』




『また!蜘蛛でしょ!蜘蛛が嫌なんでしょう?』




『違いますよ』『ふふふふ』




家の丁度真裏、間取りで言うと納戸の裏に辿り着いた。そこには畳一畳ちょっとの小さな物置があり、予備電気と書かれていた。




『最初は気にならなかったんですけどね、改めて見ると違和感を感じませんか?これ、どう思います?』




『言われてみれば予備電気ってなんでしょうね、で、頑丈な鍵…かぁ』




扉はチェーンを巻かれて大きな南京錠で止められていた。建山はその物置小屋をゆっくりと見て回った、触れたり押したり…その瞬間横の壁部分であるはずの1枚が、シーソーの様に上に開いた。




『ええ!?』




覗き込んだ礒志田の首根っこを捕まえて『あぶない!!!!』と建山が叫んだ。礒志田がゆっくりと改めて覗き込むと、中は空だが地面には穴が開いており、下に下りる梯子があった。




『ここから出入りしていると・・・言う事ですかね建山さん』




『海外風に言えばビンゴ!でしょうね、下りますよ礒志田さん』




建山の目を見つめて礒志田はゴクリと生唾を飲み、頷いた。


一歩一歩、狭くて両肩ギリギリの空間を下りていくと、横に行けるトンネルがあり、その先から灯りが漏れていた。立ち止まって耳を澄ますと微かにラジオかテレビの音が聴こえて来た。トンネルの中で建山が呟く『丁度納戸の真下に位置しますね、恐らく単独のブレイカーもこの謎の部屋でしょう』




『と言う事はこの部屋でも電気を使っていたんじゃないですか!』




『間違いないですね、入りますよ礒志田さん』建山の問いに黙って礒志田は頷いた。横穴を3メートルほど進むと、簡易的だがよくできた扉があった。縦長の楕円を横に切ったような可愛らしい扉の向こうに主犯格がいる。ドアノブを握りしめると蝶番側に身体をどかした建山にカウントダウンをした『3...2...1...GO!』その瞬間に扉を開ける建山、一歩中に大きく踏み込んだ礒志田が叫ぶ!『動くなぁあああああ!』




『あれぇ~バレてしまったかぁ~』




綺麗ではないが、こじんまりした居心地のいい空間がそこにはあった。55インチ程のテレビ、気持ちよさそうなソファに一人で寝るなら十分な大きさのハンモッグ、そしてコーヒーメーカーから冷蔵庫まで完備されている、換気もどうしているのか上手く機能しているようだった。狭いが充実していると言っていい、そのソファに寝転がってワインを飲む男が居た。




『工藤さん、終わりですよ』




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建山の電話により刑事が到着し、工藤は殺人容疑で逮捕された。もちろん監視カメラも押収できた。工藤が住み着いていた地下室からは納戸に出られるようになっており、納戸を仕切っていた壁も巧妙に作られていた。建山の父親が壊し切らず残していた部分が丁度仕掛け扉になっていたのだった、そこから工藤は出入りし、生でめぐみが朽ちて行く姿を眺めていたと言う。博史の事は愛していると言う感情ではなく、ただ男性を抱くのが趣味だった、そしてその欲望は、女性に性転換した男性を抱きたいと言うものに変わっていき、もしもの事を考えて構想、準備していたら本当にその時が来たので最高に興奮したと語っている。その事を博史に伝えると、膝から崩れ落ちて号泣、すまないめぐみと何度も言っていたそうだ。




礒志田はその後、考え事をする部屋として工藤が居た地下室を使っているらしい。




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【種田珈琲】




『よう!やっちゃん』




『いらっしゃ・・・あら!トイシじゃない』




『怪我の方は大分いいの?』




『うん、もうすっかりよ、あの後大変だったんでしょ?はいモカ』




『いや、今日は種田ブレンドを・・・』




『いいからモカ飲みなさいよ』




『はいはい』




『はいは一回ね』




『はい』




『それと!』




『なんだよ・・・』




『今度は…』




『なに?』




『起きてる時にキスしてよ』




『ぶっ!!!!!!!!』

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設計士 建山 如月 睦月 @kisaragi0125

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