第13話 本間間 7
『ええ!?なんだって?わかった、すぐ行く』
父親からの電話に驚いた建山が電話を切ると、礒志田を車に乗せて納戸の壁を撤去中の礒志田の家に向かった。喫茶ひろみからさほど離れていないところに移動していたので話をする間もなく到着した。急いで車を降りて2人で家の中に駆け込んだ。
『建山さん、一体何なんですか?』
礒志田の質問に答えずに建山は納戸へと急いだ。不安そうに後を付いていく礒志田。
『親父!』
『おお斗偉志(といし)、きたか、これを見てくれ』
納戸を仕切っていた壁が一部撤去され、本間間が覗ける。そこには予想通り業務用の冷凍庫があった。建山が言ったように人が一人入る大きさで、本間間にほぼぴったりと収まるように収納されていた。
『斗偉志(といし)に見せようと思ってな、そのままにして待ってたんだ』
『建山さん、中には何が・・・』
『うん、親父、開けてくれないか』
建山が父親に冷凍庫の扉を開けるように依頼すると、隙間に身をよじるようにして横にスライドしながら父親が移動した、ゆっくりと透明な蓋の向こうが見え始める。
『うわっ』
父親が驚きの声をあげ、歩を止めて建山の顔を見る。
『親父・・・中は死体だろ・・・』
『え?死体ですか建山さん!』
気を取り直した父親が透明度の高い上蓋をゆっくりと開けた。冷凍されているが、ゆっくりと腐敗が進んでいるようだった。室内に設置された恐らく消臭用であろうフィルターが6つ稼働してその臭いを完全に消しているようだ、だが、流石に蓋を開けるとその死臭は鼻を刺した。本間間を見回すと、建山は死体の顔を丁度移せるように固定されたと思われるカメラを天井に発見した。
『死体は女性ですね、建山さん』
『三浦夫婦の奧さん…でしょうかね』
『現場荒らしちゃう前に警察を呼びましょう』
『そうですね、礒志田さんお願いできますか』
礒志田の顔を見ることなく、そう答えると建山は冷凍庫に収められた女性の死体を見つめた。ハエが入り込めないからだろう、ウジ虫に侵食される事はなかったようだ、融解は進んでいるようで体液が滲んで所々肉が艶々しているように感じる、ゆっくりと時間をかけて枯れるようにボソボソと崩れ落ちたと見られる皮膚、白蝋化が進んだであろうその死体、あちこちに欠損も見られた。死体は語るとよく言うが、とてもじゃないが語るとは思えない、もちろんそう言う意味の『語る』ではないのだけれど。
『斗偉志(といし)、工事は途中になるが大丈夫なんだよな?予定と言うかその…』
『礒志田です、この家の持ち主です。それは問題ありませんので。』
『あ、そうですか、この家の、はぁ~なるほど、いやいや災難でしたね』
『はは、きょうしゅきゅです。』
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警察が到着し、静かな街が一気に物々しく変わる。殺人事件ともなれば当然ながら刑事もやって来る、家主である礒志田が事の経緯を説明する。ドラマでよく観るKEEP OUTと書かれたテープが礒志田の家を取り囲み、ブルーのシートで通路を完全に隠すようにアーチを作り、遺体が静かに運び出される。
建山が鑑識班と思しき女性に声をかけた。
『すみません、冷凍保存されているのに腐っていたように見えるのですが』
『一般家庭の冷凍庫でもマイナス20℃まであるはずなのですが、あの冷凍庫はマイナス14℃に設定されていましたからね。』
『と、言いますと?あ、すみません、ここの家主の知り合いで、遺体発見に立ち会った建山と申します、建築士をこの街でやっています』
『そうでしたか、一般的に物体を分解するバクテリアの繁殖可能温度はマイナス15℃以下では繁殖できない種がほとんどなんですよ、つまりマイナス14℃と言うのはギリギリの活動レベルと言ったところでしょうかね、だから冷凍でも腐敗が進んだと思いますよ、最も絶対って話しではありませんけどね、おっとこれ以上は失礼』
思ったよりも話してくれた事にクスリと笑い、建山はその笑顔を相手に悟られまいと、隠すように深々と頭を下げた。
建山は礒志田が戻るまで車内で待つことにした。久しぶりに恋人に会うような心持でゆっくりとマルボロメンソールを長めのストロークで優しく吸い上げ、白く色のついたため息を外に吐き出した。
『マイナス20℃にしておけば恐らくあの環境では腐敗しなかったのではないだろうか、なぜ腐敗させたのだろうか・・・6機のフィルターはきっと電気代の大半を占めるだろうから謎は解けたとして・・・そしてカメラ・・・か・・・』
呼吸をするのを忘れ、煙草が付け根まで燃えた熱で我に返った建山。
『あ!なんだ、そういうことか』
コンコン
『礒志田さん!もう終わったんですか、どうぞ』
刑事による聴き取りが終わって戻ってきた礒志田。助手席に座るや否や『ふぅー』と深いため息をついた。
『疲れましたよ』
『でしょうね』
『まぁ私も仕事柄警察へ協力した事件とか経歴があったのでね、本部に問い合わせしてくれて簡単で済みましたけども』
『そうですか、やるじゃないですか』
『で、建山さん、これからどうします?』
『暗くなったら遺体発見現場に侵入しましょう、待ち伏せします。』
『待ち伏せ・・・ですか?犯人が来るって事ですか?』
『ええ、きっと来ます。』
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辺りはすっかり暗くなった、時計は23時を回ったところ。
礒志田が裏口の鍵を開け、建山と共に中に入る。
納戸だった遺体発見現場の手前の部屋に身を隠してその時が来るのを待った。
『で、建山さん、なぜ犯人が来るとわかるんです?』
『実は日中、無理を言って刑事さんにカメラの取り外しを待ってもらったんです、どういうことかわかりますか?』
『それは…カメラを見ている犯人が一部始終を見ていたから…ですね』
『そう、カメラを取り外し忘れるなんてあり得ないとは思いますが、焦った犯人はそんな事に思考は回らない、今夜のうちに取り外してしまわなくては…と思うでしょう。だから刑事さんにカメラの存在に全員が気づいていない芝居をしてもらうよう頼んでいたんです。』
『やりますね建山さん、そう言えば単独で別に取り付けられたと思われるブレイカーはどこなんでしょうね』
『それは明日、明るくなってからでも探しましょう礒志田さん、探しまさん、いや、礒志田ましょう…うーん、ややこしいですね…待って…』
『え?』『シッ!』
建山が何かに気付き、礒志田にしゃべるのを止めさせ、右手で身を低くするよう合図した。二人とも低い姿勢で床に手を置き、じっと構えた。
ゴトゴト
『何の音ですかね』耳元で静かに礒志田が建山に問いかける。
『さぁ、でも玄関から誰も入ってきた様子はなかったですよね…』
『行きますか?』『いや、もう少し待ちましょう』
ガチャ・・・
『玄関からですね、あれ?なんで鍵持ってんの?』
『礒志田さん、構えて、来ますよ。』
『か、構える?』
ぎっ…ぎっ…ぎっ…
キチンと靴を脱いだのだろう、靴音ではなく床の軋む音だけが近づいてきた。衣服の生地が擦れる音が聞こえだした時、建山が声を掛けながら部屋から飛び出した。
『今です!』
建山のタックルを侵入者が一度捉えてから左に振って建山を放り投げた、しかしすぐさま侵入者の右わき腹に強烈な右ボディをめり込ませた礒志田。グフッと声をあげた侵入者だが、渾身の力で礒志田を突き飛ばした。壁に思いっきり叩きつけられた礒志田、起き上がった建山が侵入者に攻撃を入れようとしたが、侵入者の左フックが飛んでくる、しかし建山はダッキングでかわしながら、低い姿勢のまま右足でカーフキック入れた、これがジャストフィット。脹脛を思いっきり蹴られた侵入者はバランスを崩す、礒志田がすかさず左ジャブから右ストレートを軽めにパパン!と小気味よく当てた、効いていない侵入者は、礒志田の右ストレートの戻りに合わせて右パンチを振りかざそうと踏み込んだ、だが礒志田の右ストレートは戻ったのではなく、そのままアッパーへと軌道を変えてカウンターで侵入者の顎を突きあげた。『ナイスパンチ!礒志田さん!』『ボクシング経験者ですからねこれでも』ふらついた侵入者の後ろに回り込んだ建山が首に腕を回し、裸締めの体制となって床に倒れた。侵入者の全体重が思い切り建山にのしかかかったが、建山は裸締めを緩める事はなく、苦しさのあまり侵入者は足をバタバタとさせて暴れた。礒志田は横から侵入者の上に馬乗りになって上半身を押さえつけた。その時礒志田の手に妙な感触があった。
『建山さん!むにゅっとした!おっぱいだ!』
『はぁ????』
『女ですよ!こいつ女だ!』
侵入者が締め落とされて動かなくなったので、立ち上がった建山は懐中電灯で侵入者の顔を照らした。
『坊主頭…おっぱい…』
『礒志田さん、おっぱいばっかりですね』
『じゃぁパンツを下ろしてちゃんと確かめてみましょう建山さん』
『やめましょう、正当防衛の範囲を超えてしまいますよ』
『いや、先に手を出したのは建山さんでしたよ』
『その前に住居不法侵入です!』
『あれ?建山さんこの人・・・』
『ん?…あ!』
『ですよね』
そこには丸坊主ではあるが、間違いなく喫茶ひろみの店主「ひろみ」が横たわっていた。
『なんでひろみさんが?』
『礒志田さん、何か縛るものありませんかね?取り急ぎ縛って置いて、目が覚めるのを待ちましょう、それからゆっくり話を聞くのが良いかと。』
『ガムテープならあるので、手足をグルグル巻きにしたら大丈夫でしょう。』
2人はひろみの手足をガムテープで念入りにグルグルと巻いた。
『こういうの興奮しますね建山さん』
『私はそういう趣味はありません、どっちかと言うと縛られたい願望の方がありますね。』
『え?え?え?建山さんMですか!?』
『いえ、私はTです。』
『なんでしゅかそれ!』
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