第12話 本間間 6

『あ、親父?そうそうトイシ、違うって囲碁なんかやらないから、え?墓標?それ墓石だろ?もうめんどくせーな、息子だってば。』




聞き違いの激しい父親にトイシは連絡を取り、礒志田の許可で納戸と本間間を仕切られた壁を壊すよう依頼していた。




『違うって、ぶっ壊すんじゃなくて、仕切ってる壁を壊して、何もなかったように後処理も頼むよ、うん、うん、そうだね、数時間で終る?ほーう、流石に早いね、じゃぁ終わったら連絡頼むわ、あ、鍵は玄関のポストの中にあるって、うん、うん、はい、よろしくー…』




11時23分 移動中の車内




『建山さん、中に何があると思います?』




『え?あぁ納戸の奧ですよね、恐らく業務用冷凍庫じゃないですかね、本間間に丁度入るサイズと考えると、えーっと…本間間は191cmの95.5cmだから…180cm×74cm×92cm程度の規格だと思います、業務用ですね。でも電気代は月に2万もかかりませんよ、むしろ年間2万ってところじゃないですかね』




『えー・・・ますます怪しい家ですね…』




『冷凍庫の他にも何かが電気を使用していますね、それより礒志田さん、冷凍庫のサイズ、気になりませんか?』




『え?えーっと・・・』




『人が丸ごと入るんですよ』




驚くべき推測を眉一つ動かさずに話した建山。


その顔をじっと助手席から見つめる礒志田。


数秒の沈黙の後、建山が口を開く。




『人が冷凍されてるとして、なぜ家を売ったのか?ですよね。勝手な想像にすぎませんが、犯人は何らかの理由でいっそ見つかりたいが為に売ったのではありませんかね。例えば・・・いや、やめておきましょう。』




『例えば愛人が出来た末の犯行、単純ですが。』




『ええ、同じ意見です、夫婦のどちらかに愛人が出来て…あ、家を売ったのは旦那さんか、では旦那さんの愛人の為に奥さんが殺されて冷凍…そして遺体がある家を売る…ここがわかりませんね。』




『よくある恋愛関係のもつれ…ってやつでしょうかね』




『もつれたからって遺体のある家を売ると言う事は自殺行為ですよ、人を殺して自殺行為ってのも変な言い回しですけど』




『建山さんが最初に言った、見つかりたかった…ですかにぇ。』




日差しが強くなり、眩しさを感じる道路をゆっくりと走る2人を乗せた車。


じっと前を向いて運転する建山。


その顔をじっと助手席から見つめる礒志田。


数秒の沈黙の後、建山が口を開く。




『礒志田さん、大事なところで噛むのやめてもらえますか?』




12時16分 喫茶ひろみ到着




『あら、建山さん、礒志田さん』


ひろみがにこやかに声をかける。


『どうも、ひろみさん、ランチ2つでウインナーコーヒーにしてもらえますか』


『はーい』


軽く左手をあげたひろみ。


『ひろみさん、今日のランチはローストビーフサンドですよね、私のだけちょっと細かく刻んでもらえますか?顎関節症で噛むのが大変で』




『え、ええ、いいわよ』




ひろみが厨房に入ったのを確認して、少し待ち、建山は静かに席を立つと厨房の様子をのれんの隙間からのぞき込んだ。




『どうしたんですか建山さん、あ、そうそう、顎関節症でしたっけ?』




『ええ、まぁ』




『ローストビーフサンドにウィンナーまでつけてくれるなんて豪華ですね』




『きっとそう言うと思てましたよ』


建山は店内にある飾り本棚へと歩を進めながらウィンナーコーヒーの説明を始めた。




『日本ではウィンナー・コーヒーと表記される事が多いので、礒志田さんのような勘違いをする方は多いんですよ、 オーストリアのウィーン発祥とされるコーヒーの飲み方の一つを表すんですけど、そもそもウィンナとは「ウィーン風の」と言う意味なんです。因みにドイツ語では「ウィーン風コーヒー」という意味でしかなく、特定の飲み方を具体的に表記することはないんです。』




『で?』




『だからね、ウィンナー・ソーセージはつかないんです。とは言えウィーンの人々が日常的に多く飲んでいるのはエスプレッソと温かいミルクを加えた上に、ミルクの泡を載せた…まぁいいか、珈琲に生クリームが乗っかってるのがウィンナ・コーヒーなんですよ』




『なるほどですね、建山さん珈琲に詳しいんですね。』




『珈琲なら種田さんの方が詳しいですよ、珈琲の事が知りた過ぎて海外で豆の栽培で生計を立てている家に飛び込みでホームステイを願い出て、一緒に豆づくりを5年やってきた人ですからね…』




『へぇ!彼女凄いですね』




『え…ええ…そう…ですね…』




『建山さん?どうしました?』


礒志田の呼びかけが一切聞こえない様子で、建山は手に取った1冊の本を見入っていた。いや、魅入られていたと言うべきか、表現のしようがない顔をしていた。




『お待たせしましたー』


ひろみがランチセットを2つ、カートに乗せてやってきた。




『どうしました?注文から随分時間かかりましたね、ひろみさんらしくないですよ、何かありましたか?』




『いえいえ、ちょっと考え事してしまったもので、ごめんなさい』




『あ、すみませんね私の方こそ余計なお世話でしたね、あ、そうだ、ひろみさんって、小野小町好きなんですね』




『え?』




『あ、ほら、棚に古今和歌集と万葉集があるじゃないですか、その隣にあるの小町集でしょう。』




『あ、あぁ、そうね、うん、好きよ』




『私も好きなんですよ、ではひろみさん、英 一蝶(はなぶさ いっちょう)はご存知ですか?私あの人の絵が凄く好きなんですよね』




『ええ、知ってますよ』




『英 一蝶が描いたとされる小野小町はご存知ですか?』




『あ、い…いえ…』




『そうでしたか、機会があれば是非。』




『そうしますね』




笑顔を残して立ち去ったひろみ、その左右に艶めかしく揺れるお尻を見ながら礒志田が話し出す『建山さん、色々と詳しいんですねぇオノノコマネチ?中学生の頃聞いたような気がしますよ、ははは』




『あぁ、まぁ興味を持てば知りたがるクセがあるんですよ、興味の数だけ知識があるってだけですよ。取り敢えず食べちゃって、外出ましょう。』




『そんな、急がなくてもいいじゃないですか』




『話があるから早く食えっつってんだろ、空気読めよ』


言葉はキツイが声は低く、しかし顔は鬼のように礒志田を睨みつけながら思いっきり威圧した。礒志田はその顔を見て全てを察し、カタカタと震えながら左手でパン、右手で珈琲を持って交互に食べて飲んだ。こんなに慌ただしい昼食は通常なら食べた気がしないだろうが、礒志田は探偵と言う職業上慣れていた、いや、むしろ得意であり、その食べるスピードは威嚇した建山を遥かに凌駕した。




『ひろみさん、ごちそうさま』


建山がそう言うと店の扉を開け、その後を礒志田が付いて外に出た。


建山の車に乗り込むと、車を出して少しだけ離れた場所に移動して停車した。ギッとサイドブレーキを引くとエンジンを切り、助手席に居る礒志田の目を見る建山が5秒後に話し始めた。




『ちょっと気が付いた事があるんですよ』




『ええ、なんですか?』




マルボロメンソールに火をつけてフーッと気持ち良く煙を吐き出すと、座り直すようにお尻の位置を直して建山がもう一度煙草を吸った。




『仮説と言うか、不審な点…なんですけどね、ひろみさんの言動なのですが、彼女はオーダーを受けるといつもは右手をあげるんですよ、左手だったんです、今日は。で、ですね、いつもは物凄く早いんですよ、オーダーしてから出てくるまでが。今日はとても遅かったんです。』




『建山さんがローストビーフを刻めなんて言うからでしょう?それに左手をあげることだってあるのでは?』




『遠目ですけど、右手首にファンデーションを濃い目に塗ってたように見えたんです。』




『え、じゃぁ建山さんは、ひろみさんが左手をあげた一瞬で全部見抜いたと言う事ですか?』




『あ、いえいえ、何となく気になっていたから店に入って直ぐに監視していたんです。左手をあげた時点で種田さんを襲った者の存在を思い出しましてね、それでローストビーフを刻ませたんですよ、右手に問題があるのなら大変な作業でしょう』




『建山さん探偵になれる観察眼ですね、でもなぜ右手に問題があっちゃいけないのですか?』




『あっちゃいけないと言うよりは、種田さんの一撃が右手に当たっているんですよ、彼女の小手でできた痣は一週間は消えない、猛烈な打撃なんです。』




『でも、打撃を受けたのがひろみとは限らないじゃないですか』




『そう、その通りです、この話はここまでなんですけどね』




『なんですか、探偵になれるって話しは撤回しましゅよ!』




『でもここからが面白いんですよ、小野小町が好きと言っていたじゃないですか、それには明確に好きだと言いましたよね、問題は英 一蝶(はなぶさ いっちょう)を知っているのに、その人が描いた小野小町は知らないと言った。しかも、知っているけど知らないと答えたかのような、きわめて曖昧な、違和感を感じる返答でした。』




『それが何か?』




『礒志田さん、種田さんの証言の中で三浦夫婦の旦那さんが電話で言った言葉を覚えていますか?』




『えっと・・・』


礒志田は小さな手帳をポケットに忍ばせて、小さな鉛筆でポケットの中で感覚でメモを取るのだ、相手に悟られないように。その手帳をパラパラと開いた。




『ク・ソウ・ズ』ですね。




『そう、英 一蝶(はなぶさ いっちょう)が描いたとされる小野小町とは、そのクソウズなんです、漢字にすると漢数字の九に相談の相、そして図形の図』




『それはどんな絵なんです?』




『簡単に言うと、外に放置した死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描いた仏教絵画と言われていましてね、死んでまもないものに始まり、徐々に腐っていき、血や体液が流れ出し、獣や鳥に食い散らかされ、九つ目にはばらばらの白骨または埋葬された様子が描かれるんです。九つの死体図の前に、生前の姿を加えて十の場面を描くものもあるんですけどね。』




『穏やかじゃないですね』




『つまり、小野小町が好き、英 一蝶(はなぶさ いっちょう)の描く小野小町に対しては違和感の残る反応、そして種田さんの言っていた九相図』




『なんか繋がった様な繋がっていない様な』




『でもね、種田さんを襲ったのは間違いなく坊主頭なんですよ、そこがわからないですね』




『建山さん、まずは私の家に何があるのか?ですね』




『礒志田さん、良い事言うじゃないですか。』


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