第11話 本間間 5

『大丈夫?』




『うん、かなり痛いけど、ありがとうトイシ、わざわざ』




『わざわざって電話したのやっちゃんだろ、それに同級生だからほっとけねーしな、でさ、もし怖くなかったらだけど、襲われた話を聞かせてくれないかな。』




『うん、大丈夫だよ』




種田珈琲の店主、種田靖子から連絡を受けた建山が早朝から靖子のアパートに立ち寄ったのだった。天涯孤独な靖子は小学校、中学校と同級生で仲の良かった建山に、何かと頼ってしまっていたのだった。




『そうなんだ、で?犯人は見た?』




『影だから顔は見えなかったけど、坊主頭で170cmくらいかな、細身だったよ』




『オールバックではなかった?丸坊主だと言う確信はある?』




『うん、坊主特有の毛先が透ける感じがあったもん、シャシャシャーみたいな』




『いい答えだ』




『あと、私、右手に引き小手当てたから右手に怪我してるはずよ』




『防具なしでやっちゃんの必殺の引き小手喰らったなら一週間は痛くて痣が残るだろう、勝負はその痣が消えるまでの一週間…ってところか。。』




『この街に犯人が居るってこと?』




『やっちゃんに警告しに来たんだ、見張ってるさ。もしかするとやっちゃんだけじゃなく俺たちも見張られてる可能性だってある。そう言えばそいつ、三浦邸に関わるなって言ったんだよね』




『うん、確かにそう言ったよ。』




『三浦夫婦の話をしたのが昨日が初めてだよね』




『うん』




『襲いに来たタイミングがビッタシ過ぎない?調べたいことがあるんだけど、やっちゃんお店の鍵借りてイイかな』




『あ、うん、いいよ、もしかして…』




『うん、思っているモノを探してみるよ。後で返しに来るね、店の物には触らないからさ…で…あれ?やっちゃ…』




昨日のショックと痛み止めが効いたのか、靖子はスースーと気持ちよさそうにベッドに沈んでいた。




ゆっくりと靖子に近づき顔を覗き込む建山。




寝息を立てて眠る靖子を数秒、確認するように見つめる。







建山は静かに唇を重ねた。




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午前8時30分




種田珈琲の前に一台のタクシーが止まった。


降りて来たのは礒志田だった。




『礒志田さん!待ってましたよ!』




『いや建山さん車じゃないですか!迎えに来て下しゃいよ!』




『うるせぇよ』




『え?なんて?』




『いえ、急ぎましょう、ここからは静かに』




タクシーの運転手にお礼を言うと礒志田が建山に近づいた。




『どうしたんです?』




『礒志田さん、盗聴器の調査なんかしたことあります?』




『ええ、しょっちゅうですよ、あまりお金にならないけど、見つけたら見つけたで浮気調査に依頼がステップアップしたりするので美味しい事もあるんですよ。』




『機材無しで経験から探し出したりできますか?』




『ええ、大概の仕掛け場所はわかりますよ、特殊過ぎない限り大丈夫だと思います、あ、え?まさかこのお店に?』




『しっ!入りますよ…』




『はい』




建山は靖子から預かった鍵で珈琲ショップ「種田珈琲」の入り口を開けた。


こんなに鍵をゆっくり回すことが今まで生きてきた中であっただろうか。


それでも鳴って欲しくない音は最低限の音を立て、建山をイラッとさせた。




建山は靴を脱ぎ、後ろの礒志田に指で自分の脱いだ靴を指差してから礒志田の顔を2回、トントンと指差しした。「俺と同じようにお前も靴をここで脱げ」と言う意味のジェスチャーだった、それはまるで特殊部隊が無言で仲間に手を握って見せると止まれ、開くと動け…と言う指示のようなもの…のつもりなのだが、礒志田は建山の靴を揃えて、そのまま上がり込もうとした。




『礒志田さん、鈍感すぎますよ、脱いでください、音が鳴ります。』建山が小声で注意する。『あ、そう言う事ね』『しっ!』大声で応える礒志田に割って入る建山。『まったく…本当に探偵ですか?』『ええ、一応』




裸足になって忍者のようになって注意深く盗聴器を探した。




建山は基本的に礒志田の指示で動くようにした。『礒志田さん、ご指示を、余計な動きであまり物音を立てたくないので』『そうですね、オーナーの種田さんと仲が良い方の仕業であればコンセント周りやプラグに仕込まれている事が考えられますが、仮にお客さんの振りして来たとしたら、せいぜいテーブルの下や椅子の裏でしょうね。』『なるほど、ではテーブルの下や椅子の下あたりから見る事にしましょうか。』




床に這うようにして椅子の下、テーブルの下を静かに覗き込みながら移動する2人。『礒志田さん、どんな形なんですか?』『椅子やテーブルの下に付けるとすれば、一般的に売られていて感度の良いモノなら2cm程度の四角いモノに短いアンテナがチョンと飛び出していると思います、まぁ素人がそう簡単に見つけられるとは思いませんけどね、ははは』『ありましたよ』『そうでしょうね、そう簡単には…え?』『向こうのテーブルの下です、あれ違いますか?』低い四つん這いの体制のまま指を差した先を見る礒志田。5秒ほど見つめ、眉間に皺を寄せると礒志田は右手でOKサインをし、指を2回トントンと差してから、四つん這いのままゆっくり静かに盗聴器に向かって移動した。目標地点に辿り着くと、礒志田は盗聴器を剥ぎ取り、建山に渡した。建山は盗聴器に向かって『勝負はこれからだ』そう言うと盗聴器の横に付いてある小さなスイッチを切った。


『礒志田さん、このタイプの盗聴器は電波はどれくらい届くんです?』『デジタル式なら極端に言えば電波さえ届けばどこでも届きますけど、これはアナログ式ですから障害物などを考えれば50mがいいとこじゃないですかねぇ…フラットな環境なら200mは行けると思いますけど。しかもこれはボタン電池ですね、いつからつけられてるかにもよりますけど電池の残量でも変わってくると思います。』『なるほど、って事は単純にこの街に居る何者かがちょいちょい様子を伺いに来ていたって事になりますね。』『確かに…。でも、もしかすると最近付けられた事も考えられますね。』『あの家に関わって欲しくない人間が街に居る、だが売りに出した、関わって欲しくないのなら売らなきゃいい、全くつじつまが合いませんね』『ますますあの部屋が気持ち悪いですね建山さん。』『ええ、まずはあの家の管理会社に行ってみましょう。』『そうですね、行きましょう』




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【工藤不動産】




小さな街にある割と大き目な不動産会会社。不動産は何件かあるが、この工藤不動産が物件を抱えている量は一番多い。街唯一の繁華街に会社を構えるこの会社のオーナーはどこか掴みどころのないのらりくらりとした男だが、元々は施設管理系の仕事をしていたので、メンテナンスの技術の高さと丁寧さには定評がある。それもあって「借りるなら工藤だ」と言われるほど街の人からの信頼度は高い。だが自分の事はどうでも良いらしく、会社はちょっと薄汚い。




ガン・・・




ドアを開けようとした建山は途中で止まったそのドアに顔を打った。『いたたたた、工藤さんはほんと自分の事は適当だよなぁ』『大丈夫ですか建山さん』




そこに工藤が現れた、その風貌は眼鏡を鼻まで下げて、覗き込むように顎を引き、裸足にサンダル、薄汚いジーンズをダボッと履いて、首の伸びたTシャツにはレバーと書いていた。頭をボリボリ搔きむしりながら『あれ?建山さんでねえの、久しぶりだねぇ』どこの国の訛りかわからない独特な話し口調も工藤の特徴なのだ。




『そっちの人は三浦邸を買った礒志田さんだっけさぁ、住み心地どーだの?』




『それがちょっと聞きたいことがありましてね、その旧三浦邸について』


少しトーンが低くなった建山の空気を察した工藤は、2人を応接室へと案内した。


『これでいいべか?』


そう言いながら工藤は2人の前に栄養ドリンクを置いた。


『ありがとうございます』『ありがとうございます』




『で?話って?』




『ええ、実は…』


建山が話を切り出し、ゆっくりと仮説や憶測も織り交ぜて説明した。




『なるほどねぇ~、まず納戸の作りに関しては三浦さんの旦那さんからはなんも説明無がったんだけどさぁ、俺も見た時はアレ?とは思ったんだけど、んーそのうち壁破って直さねぇばねぇなとは考えてたのね、そしたら直ぐに礒志田さんが買うって言うもんだからさぁ、嬉しくて説明すんの忘れでしまったっけさ、あはははごめんねぇ。でも電気代かかってんなら困るべさ、それは俺にも責任あるから半年分の電気代は俺払うわぁ。』




『いえいえそんな』


明らかにニヤニヤした礒志田はもう一度「いやいや払うから」と言う言葉を期待しているのがまるわかりだった。




『いやいや払うから。で?なんだっけ?』


礒志田の期待通りの工藤の答えだった。




『三浦さんの情報が何かあれば知りたいのですが』




『あぁ、んとね、売りに来た時は旦那さんだけだったから、夫婦関係や家族関係はよくわかんねぇんだけど、売りに出したい、早く売りたいって急いでる感じだったんだよねぇ。売れたらお金はどうするのかとか話したかったんだけどさぁ、とにかく全部任せるからって、この街の郵便局に口座を作ったからここに入れてくれたらいいってさ、口座とか書いたメモを置いていったんだっよね。かかる費用はこの口座から勝手に出して使ってくれとか、そんなの絶対おかしいっけさ、まぁうちとしても楽でいいっちゃいいんだけどさぁ、面倒が無くて、なははは』




『で?その三浦さんは今どこに』




『暫く街を離れなくちゃいけないからって、それっきりなんだよねぇ、あ、個人情報だから話せないんだけどねぇ』




『全部今話しましたよね?』


軽くツッコミを入れる礒志田の足を建山は「やめろ」と言わんばかりにトンと膝で弾いた。




『もう一度聞きますが、姿を見たのは三浦さんの旦那さんのみだったんですね?』




『うんだねぇ、奥さんは見てないわぁ』




『わかりました、ありがとうございます。また何かありましたら話を聞きに来ますので、その時はお願いします』




ガン!




『工藤さん、ドア直しておいてくださいよ、人の所のドアなら必死で直すのに』




『いやぁ~…色見えて移ろふものは世の中の人の心の花にぞ有りける…ってね色褪せてゆくのを見れるのが現実だべさ、目に見えずに変わっていく人の心が一番おっかねぇんだぁ~』




工藤不動産を出た礒志田が呟いた。『電気代約12万程返って来るならこの件はもういいかなぁ…』




『何言ってるんですか、事件の臭いがしてきましたよ礒志田さん、これから納戸の壁を壊しましょう、費用はうちが持ちますので、お昼ご飯も持ちますよ。』




『ならオッケーです』




『礒志田さん、金の亡者ですね、では喫茶ひろみでランチセットにしましょう。』

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