17話
スパークと名乗る国家公認ヒーロー。
赤坂寧々にとって、憧れともいえる雲の上の存在であるスパークの実態は粗暴な口調の輩のような男であった。
何だか夢が崩れたような、夢から覚めたような感覚の中帰路についていると、見知った男に出会う。
「あっ」
腕にぬいぐるみのようなものを抱えた少年も寧々に気づいて声を上げる。
寧々も足を止めた。
「久しぶりだな。ケガはもう大丈夫なのか?」
「はい」
気安く声を掛けられる。
見知った顔とはいえ、会った事があるのは一度だけ。
名前も知らないが、命の恩人だという複雑な関係だ。
寧々は他人行儀な様子を隠さず、丁寧な口調で話しかけた。
「先日はありがとうございました。おかげで助かりました」
「ああ、いや気にしなくていいよ。俺もよくわかんないうちにああなってたしな」
男と出会ったのは数日前。
街を、というより寧々を標的にした怪人に襲われて殺されそうになる寸前にこの男に助けられた。
当時は朦朧とした意識の中だったが、後日改めて男と話をする機会を得て男の名前が藤堂遊馬ということ。
同じ学校に通う一つ上の先輩である事を知った。
「藤堂先輩は何をしていたんですか?」
「あぁ。こいつが街を見たいというんで渋々街の案内をしていたんだ」
藤堂が腕の中にいるぬいぐるみを寧々に見せる様に持ち上げる。
不思議な事に、このぬいぐるみは実際には生きているらしく、今も寧々の方を見て小首を傾げていた。
可愛らしいといえなくもないが、口調は偉そうなのだという。
寧々には理解できない言葉を発しているらしい。
「赤坂は何してたんだ?」
今度は藤堂が訪ねてきた。
寧々は少し迷ったが、隠さずに話す事にした。
「実は私たち――私が契約をしている企業さんの方に呼び出されてました」
「契約……あぁ、そういえば企業ヒーローってニュースで見たことがあったな」
「はい。そこでスパークさんと会いました」
スパークの名前を出すと、藤堂はあからさまに驚きをみせる。
それもそのはずだろう。
国家公認ヒーロー・スパーク。
企業に所属しているだけの赤坂とは、格が明らかに異なっている。
寧々は街のヒーローだが、スパークは国のヒーローなのだ。
「スパークって福島を守ってるんじゃないのか?」
「私も詳しくは知らないんですけど、狐面の人を探しているらしいです」
寧々の言葉に、藤堂が少し気まずそうにする。
狐面に関しては、二つの意味で名が知られている。
一つは、この街に深く根差した恐怖の象徴。
誰もが知りながら、誰の話題にならずにひそかに消え行っているとある組織のこと。
もう一つが、この街を守るヒーローの凄惨な死に際に現れた、謎の
前者の事もあるので、狐面というだけで友好的に捉えられているわけではないが、怪人を倒したという事実から魔法少女に代わる新たなヒーローの誕生ともいわれニュースで騒がれている。
つまり、現ヒーローであり魔法少女である寧々にとっては中々話にしにくい話題というわけだ。
「あぁ、藤堂先輩の気にするような事は何もありませんよ。私も狐面の人の事は良く知りませんし」
「そ、そうか」
気まずい話になり、なんとも言えない空気に包まれる。
いたたまれなくなったのか、藤堂はそこで「じゃ、じゃあな」と去っていく。
その後ろ姿を見つめながら、寧々はため息をつく。
「私は何をやってるんだろうか」
魔法少女に代わる新たなヒーローの誕生というのは、この街にとって死活問題でもある。
怪人に勝てないヒーローがいたのでは街の安全は守れないし、それに伴い治安は悪化する。
強盗や殺人など人間が起こす事件の中にも、異能と思わしき力による事件も少なくなく、元々二人で行動していた彼女の力不足を訴える声は多い。
そんな中現れた藤堂もまた、この街を守るヒーローとして担ぎ上げられそうになっている一人でもある。
「強くなるって決めたはずなのに」
「なんだてめェ、強くなりてぇのか」
「っ?!」
独り言に反応され、寧々は咄嗟に振り返る。
そこにいたのは、先ほど会ったばかりの顔に傷のある男がいた。
「すぱー、く?」
「スパーク様だ。強くなりてぇっていうならちょうどいい。ついてこい」
なぜそこにいるのか。
そんな疑問を口にする間もなくスパークは寧々の襟を無造作に掴む。
「わっ!」
瞬間、彼女の視界が入れ替わった。
目の前の光景が先ほどとは全く違う場所になっている。
混乱する寧々だったが、スパークはそんな寧々の様子を構う事無く放り投げる。
「使えねぇ奴らばっかだから仕方ねぇ。てめぇをオレがここにいる間だけは補佐に命じてやる」
「は? はぁ?」
「ぐだぐだしてねぇで働けってことだ」
スパークが椅子に座る。
寧々は混乱する頭を必死に回し、周囲を見渡した。
どこかの建物の中だと思われるこの場所には、机と乱雑に置かれた山のような資料ばかりが目に留まる。
「これは……」
資料の一つを手に取る。
非常に分厚いそれは、
「やみ、びと?」
「やみうどだ。知ってるか?」
寧々は首を横に振る。
「ふん、てめぇ見てねぇな木っ端が知らねぇのも無理はねぇ。そいつらは100年以上前から暗躍してる秘密組織だ」
「……それと私がここにいる理由が繋がらないのですが」
「オレはそいつらを探しにわざわざこの街に来たんだ。このことはてめぇの所の雇い主も許可してるからな。まぁそもそもオレにはてめぇに命令できる権限があるんだが、わざわざ許可取ってやってるんだからありがたく思えよゴラ」
スパークのいう通り、国家公認ヒーローは協会に所属しているヒーローに対し、命令権を持つ。
有事の際に混乱を招かないようにするための措置だ。
「でもそれって有事の際にだけ有効ではないのですか?」
有事、つまり一人もしくは複数のヒーローでも対処できない状況の事だ。
少なくとも、寧々にとっては今はそうではない。
「寝ぼけてんのかてめぇ?」
そんな寧々を、スパークは一喝する。
「ヒーロー殺しの怪人に、この街に蔓延ってた犯罪組織の謎の壊滅、さらに得体の知れねぇ化け物が
「それは、そうですけど……」
「てめぇも相方殺されてんだろうが。それとも強くなりてェってのは嘘か?」
「それは本当です!」
寧々が力強く答える。
「だったら黙ってオレに従え。オレがてめぇを強くしてやるよ」
この男についていくのは、寧々の本能が危険だと判断していた。
だが強くなれるというのなら、と寧々はスパークに渋々従う事にした。
夕日朝日の世界征服 くろまにあ @ao113
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