16話


 天羽鈴は退屈していた。

 怪人として生まれ変わった彼女の生活は、多くの部分でそれ以前と変わりがない。

 生理現象は変わらずあるし、食事から栄養を摂って生活をしている。

 ここ数日は掃除ばかりしていたが、それもそろそろ普段の掃除程度に落ち着きそうだ。


 学生であった彼女は、戸籍上は死亡しているので学校に通う事も出来ない。

 親しい友達や家族にも会えず、一日を夕日家で過ごしている。

 朝日がいないときは掃除をして、休憩時間にテレビを見る。

 食事の時間に合わせて料理を済ませ、買い物はネット注文すれば即日に届くので外に出て買い物に出る必要もない。

 

 端的に言って退屈である。

 だが彼女が憂鬱な気分になっているのは、それだけが理由ではない。


「――寧々」


 第三東京を守る二人のヒーロー――魔法少女ピンク、ブルー。

 鈴の相棒であった彼女は今は一人でこの街を守っている。

 何だか知らないヒーローも現れたようだが、寧々は一人で戦っているのだ。


 手を貸したい。

 力になりたい。

 隣にいたい。


 己の力不足が理由で怪人に殺されたせいで、寧々には多大な負担を強いてしまっている事が彼女の心を苛む。

 だがこのことをマスターと呼んで従う朝日に相談すれば、「行けばいいんじゃないか?」と返ってきた。

 なぜか、朝日は死んだ人間がもう一度姿を見せる事の問題を認識していないらしい。

 

「でも今の私には……」


 彼女の耳には、光を失ったイヤリングが嵌まっている。

 二年前、彼女の元に妖精が現れた。

 の住人である妖精は彼女に手を貸す代わりに、とあるをしてきたのだ。

 そして鈴は魔法少女となった。

 思えば、妖精のお願いというのも中途半端なまま終わってしまった。


『そういえば、妖精の対価とは何だったんですか?』


 隣で鈴と一緒にテレビを見ていたアリスが、疑問を投げかける。

 鈴の力の源であったイヤリングについてはアリスも興味を示し、事情の説明も行っていた。


「えっと、妖精界からこっちに落ちてきた落とし物を探してほしいって。妖精はこっちじゃ実体を保てないからって」

『落とし物、ですか』

「私たちが見つけたのは三つ。あとはどうやら第二東京と東京にあるらしいの。私たちはこの街を守らないといけないからあんまり探しにいけなかったんだけどね」

『妖精の落とし物とは興味深いですね。ただ、今の私ではそのイヤリングすら解明できないのは残念です』


 異界はこの世界とは異なる世界であり、そこは地球とは異なるルールが存在する。

 妖精の落とし物は妖精界という妖精の世界の物質で構成されており、それは鈴の持つイヤリングもそうだ。

 イヤリングはアリスにも解明できない未知の物質で構成されており、アリスはイヤリングを解析できない事を悔しがっていた。


 「わっ」


 その時、大きな雷鳴が轟いき、鈴は驚く。

 外を見れば、いつの間にか暗雲に覆われている。


「今日は雨じゃない予報だったのに」

『おかしいですね。私の予測でも今日は晴れでしたのに』


 現代の気象予報が外れる事は少ない。

 それでも確実に当たるというわけではない。

 

 空を見上げる。

 まだ雨が降っているわけではないが、空を覆う暗雲は不気味な雰囲気だった。










 「てめぇがこの街のヒーローか。ガキじゃねぇか」


 支援してくれている企業からの連絡で、その会社にやってきた赤坂寧々。

 その会社の社長室に案内された寧々を待っていたのは、高級そうなソファーに座って机に脚を乗せ、顔だけを寧々に向ける男だった。

 その男の事を、寧々は知っている。

 今の日本に住む国民で、この男を知らない者はいないだろうに、有名な男だった。


「スパーク?」

「あァ? 気安く呼んでんじゃねぇよ。俺の事はスパーク様と呼べ」


 男――スパークが立ち上がる。

 常人よりも高い身長と、顔にある特徴的な傷跡。

 同年代に比べて低い身長である寧々に、スパークは腰を曲げて威圧的に覗き込んでくる。

 とてもじゃないが、日本を守る超有名なヒーローには見えない。


「えっと、スパーク様がどうして私を呼んだんですか?」


 寧々は怯えながら、この場所に呼ばれた理由を聞いた。

 スパークはつまらなそうにしながら鼻を鳴らす。


「おめぇと青いのがやられた怪人を殺った狐面、あいつについて知ってる事を教えろ」

「狐面……」


 とは言われても、寧々が知っている事はほとんどない。

 出会ったのも一度だけだし、会話という会話をしたわけではない。

 というか、狐面に関して知りたければ情報はいくらでもあるはずだ。


 第三東京を主軸に各地で暴れていた、白狐会。

 その構成員が狐面を被って活動していた事は当時を知らない寧々ですら知っていた事だ。


「えっと、何も分からないです。一度しか会ったことないので」


 寧々は正直に話す。

 

「あいつと会話したのはてめぇだけだ。何かねぇのか? 雰囲気とか、口調とかでもいい」

「どうしてあの人の事を気にするんですか?」


 狐面を気にするスパークが何だか不思議で、寧々は聞き返す。

 スパークは不快そうな表情を隠さなかった。


「あァ、野暮用だよ。俺にも理由があって――って、てめぇには関係ねぇんだよ。こっちの質問にだけ答えやがれ!」

 

 更に威圧感を増すスパーク。

 気のせいでなければ、彼の周囲に火花のようなものが散っていた。


「え、えっと。多分ですけど。私とそんな変わらない年齢だと思います」


 寧々はそこで、一つ思い出した事を言おうとして止めた。

 あの時、狐面は校舎の中から飛び出してきた、ということを。

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