たけよ さん

@SBTmoya

たけよ さん






「『たけよ』さんがお前を助けてくれるからな」


おじいちゃんの顔を思い出すと、いつもこの言葉が思い浮かびます。







私の母方のおじいちゃんは、私が小学校高学年の時には既に認知症を患ってました。


何度も同じ内容がループする会話。会話している母親が本気で苛立つ様。お風呂の中で糞尿をしてしまう様。

優しくて、陽気だったおじいちゃんが、あんな風に変化していくのは、幼心に、恐怖を感じたものでした。


中でも周りの大人たちが決まって苛立つのは、おじいちゃんが「『たけよ』さん」の話をする時なのでよく覚えてます。


「『たけよ』さんが下まで来てる」


「『たけよ』さんは元気だろうか」


「寒くなってきたから『たけよ』さんを早く迎えに行かないと」


とにかく『たけよ』さんというワードが出ると、お母さんと、おばあちゃんの機嫌が悪くなるので、


(一体『たけよ』さんとは誰なのだろう?)と、疑問に思ったのを覚えてます。


私は、子供ながらの無邪気さ故に、


「『たけよ』さんて誰?」と、おばあちゃんに聞きました。


すると、1秒前まで笑顔だったおばあちゃんの顔が無表情になりました。


例えるなら、失望、虚無、あるいは『無、そのもの』。おばあちゃんのあの時の顔は今でも忘れられません。


私が覚えている限りで、最期におじいちゃんが私に語りかけてくれた言葉も、『たけよ』さんのことでした。




「お前を助けてくれるように、頼んでおいたからな。

 『たけよ』さんがお前を助けてくれるからな」



結局、『たけよ』さんなる人物が誰なのかわからないまま、おじいちゃんは逝ってしまいました。




おじいちゃんが亡くなった後からだと思います。私は旅行先で、全く同じ人を見かけるようになりました。


確実にそうだと言い切れるのは、その人の格好があまりに特徴的すぎるからです。


その人は、いつでも、どこでも、濃い紫のはんてんを着てました。


ただ着てた訳ではありません。その人は、夏でも、暑い場所でも、


何枚も着込んで着膨れしているのか、元からそのような体型なのか、


ぱっと見、お相撲さんのような恰幅のいいおばあちゃんが、濃い紫のはんてんを着ているのです。





例えば、家族で旅行した北海道の宿。福岡県の宿。長野県の宿。


友達のご両親に連れて行ってもらった、新潟県のお宿。


修学旅行で行った広島県。


その全てに、彼女はいました。




今にして思えば不思議なのですが、


彼女をどこで見かけても恐怖心はなく、「お、また居るな」と、まるでそこに居るのが自然なことのように認識している自分がいました。




私が、彼女の正体を知ったかもしれないのは、高校生の時でした。


沖縄に修学旅行に行った時、私はあろうことか、初日で財布をどこかに落としてしまったのです。


やらかした、と落ち込んでいると、


同じクラスの友達が、「これ、お前のだよな?」と、私の財布を返してくれたのです。


安堵感と、拾ってくれた友達への感謝の気持ちでいっぱいだった私に比べ、


肝心な拾ってくれた友達の方は、どこか合点がいってない顔をしてました。


「本当にお前のだよな?」


と、何度も私に確認します。


彼とは、何度も一緒に買い物にもいく仲でしたので、彼は私の財布を知っているはずでした。なのに、


「いや、ちゃんと確認して? 本当の本当にお前のだよな?」


「なんでそんなこと聞くんだよ?」


すると、彼は……


「いや、な。さっきそこで、変な格好のおばあさんにコレ(財布)渡されて……

 お前じゃない奴の名前出したんだよな。

 『このお財布は、セイジさんのだから、ちゃんとセイジさんに返してあげて』って……」


唖然としました。


なんでって、『セイジさん』というのは、おじいちゃんの名前だからです。


『たけよ』さんが助けてくれたのでしょうか?







当時、『たけよ』さんの名前が出てくるだけで、母方の家族は皆不機嫌になりました。


おじいちゃんと『たけよ』さんの間に何があったのか。


おばあちゃんも亡くなり、母親も認知症になった今、確認する術は無くなってしまいました。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たけよ さん @SBTmoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画