第8話 選んだ道

 華菜かな鏡介きょうすけに手渡したのは、大きくもないカバン。


「荷物はこれで全部ですか?」

「……はい」


 華菜かなが『天雷あまらい家に行く』と告げてからさほど時間は経っていない。

 鏡介きょうすけが、『華菜かなさんがいいのなら、すぐにでも行きましょうか』と言い出したからである。


 今日のうちに天雷あまらい家に行ける、ということは華菜かなにとって非常にありがたかった。


――舞希まきがこのことを知ったらなんて言われるか。


 だが、華菜かなの表情は暗い。

 付き合いの長い鏡介きょうすけは、彼女の様子が普段と違うと気がついた。


華菜かなさん、心残りがあるのなら今のうちですよ」


 鏡介きょうすけの言う通り、華菜かなには心残りがあった。


 少し思案して、華菜かなは決めた。


「……はい。私、行ってきます。長くなってしまったら、すみません」

「いえ、全然構いませんよ」

鏡介きょうすけさん、本当にありがとうございます」


 頭を下げてから、華菜かなは駆け出した。

 向かうのはもちろん、地下室だ。





 時を同じく地下室には、檻の中のシオンと、昨日同様上機嫌の舞希まきの姿があった。


「待たせてごめんなさいね。……いや、あたしが謝る必要はない、そうでしょう」

「……はい、もちろん」


 感情のこもっていないシオンの返事に、舞希まきはやや不満そうだが、すぐに機嫌を直した。


「一晩待ってあげたんだから、もう決心ついたでしょう?あたしに、この家に仕えなさい」


 シオンは、何も答えなかった。そのかわりに、魔術を使った。

 作り出されたのは、西洋風の長剣。


 そして、シオンは舞希まきに向けた。


「何よ、何がそんなに不満なのよ!それにそんなことしたって、あんたの剣があたしに届くことはないのよ!」


 狼狽えながらも怒鳴る舞希まき


 しかし、シオンが剣を舞希まきに向けたことには何の意図もなかった。


 くるりと、長剣の向きを変える。


「ちょっと、なにして、」


 舞希まきが焦って止めようと叫ぶが、シオンは無視した。


――もう、これでいいんだ。


 生きていても救いがないのなら、いっそ自死してもいいのではないか、と舞希まきの提案を聞いてからずっと考えていた。


 だって、この提案を受け入れたところで扱いは良くないというのは華菜かなを見ればわかる。

 だからといって断れば、華菜かながどうなるかわからない。


 ならば、自分だけが犠牲になればいい。

 これなら、自分を気にかけてくれた華菜かなだけはこれから、今よりも幸せになれる。


――ありがと、華菜かなちゃん。



「シオンさんっ!!」



 華菜かなが地下室の扉を開け叫んだのは、奇しくもシオンが剣を自らの胸元に刺す、その寸前。


華菜かな、ちゃん。どうして、」

「私には無理です、シオンを見捨てるなんて」


 呆けて、シオンは剣を取り落とした。


「私、鏡介きょうすけさんに断って、」

「その必要はありませんよ」



 凛と響いたその声の主は、鏡介きょうすけだった。


「なるほど、こういうことでしたか。華菜かなさんも言ってくれればよかったのに」

「ちょっと、このことはあんたに関係な、」


 あわてて止めようとする舞希まき鏡介きょうすけが発した声は普段よりも明らかに低く、威圧感があった。


「当主を呼んできてください。今すぐに」


 舞希まきは舌打ちして、走り去った。


――優しいから忘れてたけど鏡介きょうすけさん、舞希まきよりずっと強いんだった。


「さて、今のうちにこちらも済ませておきますか。お二人に何があったのか、聞かせてくれませんか?」


 シオンはそっと華菜かなを窺い、安心されるように頷いたのを見て、話し出した。






 その後の大まかな顛末だが、蝶間ちょうま家は制裁を受けることとなった。

 悪魔に人、それも当主が自身の娘を喰わせようと仕向けた罪は重い。


 華菜かなとシオンはというと、鏡介きょうすけの采配で天雷あまらい家にいた。


 だが、使用人としてではない。

 ふたりが天雷あまらい家に着いて早々、鏡介きょうすけが真意を明かしたからだ。


『これからよろしくお願いします、華菜かなさん。、ね』


 華菜かなが引き抜かれたのは、才能を見出されていたからだった。

 華菜かなは、治癒師になるため治癒の修練の途中。

 シオンはというと、華菜かなからの嘆願もあり有事の際の戦力として天雷あまらい家に仕えることとなった。今は、魔術と剣術の修練中だ。



 互いの存在に救われたふたりは少し前まで考えられなかった平穏を手に入れた。


 これからはふたりとも、幸せを掴んでいく。

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捕らわれ悪魔の世話係にされました 月宮紅葉 @Tukimiya-Momiji96

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