第7話 これでいいなんて

 鏡介きょうすけが訪れた翌日。

 今日も、華菜かなは地下へと向かう。


「シオンさん、お話があります」


 いつになく真剣な眼差しの華菜かなは正座し、背筋を伸ばした。


「……何?」


 昨日の舞希まきからの提案のせいで内心不安なシオンの声は、小さかった。


「実は、昨日……」





「……という話をされたんです」


 昨日の鏡介きょうすけからの提案を話し終えると、ひとまず息を吐いた。

 だが、まだ話は終わっていない。


「私は、正直言うと天雷あまらい家に行きたいです。それで、」


 この上で華菜かなが本当に話したかったのは、自身の望み。



「シオンさん、一緒に行きませんか?」



 そもそも、華菜かな鏡介きょうすけからの誘いに躊躇ったのは、シオンのことを考えて。


「どうにかして、方法を探しましょう?」


 二人が出会ったきっかけは、体の良い厄介払い。

 本当は二人共もう、ここに存在していないはずだった。


 だが予想に反して二人は今、他愛のない話をするようにまでなっている。


 それでも、この状況がいつまでも続くわけではない。

 華菜かなはもう、そうなってもいいとは思えない。


「どう、ですか?」


 あとはシオンの意思次第なのだが、


「……華菜かなちゃん、もうここに来なくていいよ」


 彼は静かに拒絶した。


「俺のこと、そんなに気にしなくていいよ」


 華菜かなは表情を見ようとしたが、シオンは俯いて背を向ける。


「だから、行きなよ。華菜かなちゃん」


 華菜かなが何を言っても、シオンはもう、何も答えなかった。


 しばらくしてようやく、華菜かなは地下を後にした。





華菜かなさん、どうかしましたか?」


 翌日、忘れ物をしたと再び蝶間ちょうま家を訪れた鏡介きょうすけに、華菜かなは声をかけた。


鏡介きょうすけさん、私……」





 華菜かながいない間、いつもぼんやりと過ごすシオン。


「……これで、良かったんだ」


 華菜かなに話さなかった、舞希まきからのとある


 あまり考えたくもなかったが華菜かなのことを考えているとどうしても、思い出してしまった。



 その時の舞希まきは、珍しく機嫌が良かった。


 舞希まきがまず話したのは、華菜かなが告げられた、鏡介きょうすけの提案。


『あれがいなくなったら、あんたはもう用済み。だけどあんた、私に仕えなさいよ』


『……どうして』


 純粋な疑問は、思わず口から漏れていた。


 舞希まきは平然と答えた。


『だってあんた、以外と魔力持ってるし。私くらいになると、よく狙われるから、護ってもらえないと困るし』


 シオンには、これが舞希まきの真意なのかわからない。


 わかるのは、頷いてもこの先に明るい未来は無いということだけ。


 だからといって、拒否なんてすればどうなるかわからない。


 何も答えられないシオンに、舞希まきは舌打ちした。


『……ああ、でもごめんなさい。まだこのことは、お父様に話していないの。だから、それまで待ってなさい』


 有無を言わせない口調。いや、拒否されるなんて有り得ないと思っているのだろう。


 舞希まきは背を向け、去っていった。




——どうするべきだったんだろ。


 唯一自分を気にかけてくれた華菜かなが幸せになれるのなら、それでいい。


——だけど、本当は……。


 この願いは、どうすることもできないシオンには叶わないとわかっていた。


——なら、もういっそ。


 華菜かなのおかげですっかり回復した魔力を何に使うか。


 シオンはもう、決めていた。

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