第6話 示された道

 その日、蝶間ちょうま家に客人が来ていた。


 彼は見た目からして、二十代前半だろう。サラサラの黒い短髪。銀縁の丸メガネの奥には、黄水晶の瞳。


 彼は廊下を歩く華菜かなを見つけるとすぐに駆け寄った。


華菜かなさん、お久しぶりですね」

鏡介きょうすけさん、お久しぶりです」


 彼は、蝶間ちょうま家とも仲の良い魔法使いの家系、天雷あまらい家の次期当主、鏡介きょうすけだ。


 鏡介きょうすけは、舞希まき以上の実力があり、なにより落ちこぼれの華菜かなに対しても優しいので、華菜かなが唯一尊敬している魔法使いでもある。


「今日は、華菜かなさんに用があって」

「……何でしょうか?」


 当主の代替わりが近く、忙しいはずの鏡介きょうすけがわざわざ訪れるほどだ。

 何だろうかと身構える華菜かな鏡介きょうすけが告げたのは、彼女にとって意外なことで。


華菜かなさん、うちで働きません?」


「えっ……?」


——うちって、天雷あまらい家ってことですよね?


華菜かなさんの仕事ぶり、来るたびずっと見てました。うち今、人手が足りなくて困ってるんです」


 魔法使いの家で雇われている使用人は、全員魔力を持っている。魔法の存在を一般人に隠している以上、一般人を雇うことができないからだ。


 血筋に関係なく、魔力を持った人間が生まれることもあるが、あまり多くないので、新しく雇える人材を見つけるのは大変なのだ。


「どうです?華菜かなさん」


 蝶間ちょうま家よりも、天雷あまらい家での扱いの方が絶対に良い。

 だから華菜かなは、本当ならすぐに頷いてしまいたかった。


 そんな彼女が悩んだ理由はただ一つ。



——シオンさんを、この家に残して行きたくない。



「……少し、考えさせてください」




 鏡介きょうすけはやはり忙しいのか、華菜かなに「返事は急がなくていいですよ」とだけ言ってすぐに帰ってしまった。


 部屋に戻った華菜かなはうなだれていた。


「どうしよう」


 天雷あまらい家に行けば、華菜かなは今よりも幸せになれる。


——でも、シオンさんは?


 その時シオンは、もう用済みだと逃がす、いや、捨てられるだろう。それか、消されるかの二択。


 わかっているのに、黙って見過ごすなんてこと、華菜かなにはできない。


——でも、ならどうすればいいんだろう。


「どうすれば、二人で……」


——嫌い、大嫌い。魔法なんて、魔法使いなんて。


 華菜かなは今までずっと、落ちこぼれだと蔑まれて、虐げられて育ってきたのだ。そう思うのは仕方のないことではある。


——だけど、


 シオンのことも、シオンが上手いと褒めてくれた治癒魔法は、嫌いではなかった。


「やっぱり……無理。シオンさんを、蝶間家ここに残して行くなんて」




 その日も舞希まきは、地下に訪れていた。


 だが珍しく、上機嫌だ。


「ねえ、あんた、」


 華菜かな鏡介きょうすけの会話を聞いていた彼女は、楽しそうにを告げた。

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