第5話 彼となら

「それって、つまり君……」


 表情の変わらない華菜かなに、彼は確かめるように言う。

 予想と違う返答であってくれと祈りながら。


「はい、私当主の娘です。一応ね」

「……なるほど」


 彼には、それ以上を聞く必要がなかった。


「落ちこぼれなんていらない。だけど、体裁は気になる。でも、俺に喰われればその辺誤魔化せるってことか」


「そういうことです。その内捨てられるだろうとは思ってたので、そこまで何も感じなかったですけど」


 淡々とした口調の華菜かな

 ある程度割り切っているのだろう。


「だから本当は、あの日喰われてもいいと思ってました。でも、あなたは私を喰おうとしないし。それに、嬉しかったんです。あんな風に言ってもらえたの、初めてだったので」


「俺もさ、あのまま死んでもよかったけど、君が置いていった食事が美味しそうで……」


 しばしの沈黙の後、驚いたように彼が言う。


「なんだ、君笑えるんだ」


「えっ……?私、今笑えてました?」

「うん、そう、だけど」


 華菜かなは自分の頬を軽くつまんだ。


「私、いつも表情筋死んでるって言われるのに……」


 明確に感情のこもった華菜かなの声。



「……そういえば、名前教えてください。なんて呼べばいいかわからないので」


「なんで、今……?」


 唐突な質問に、彼は戸惑う。


「私たちが、こうしていられるのがいつまでかわかりません。それに、話し相手がほしくて……」


 華菜かなには、友人と呼べるような存在がいたことがない。



——だから、同じような境遇の彼となら。



 これが全て演技で、この後喰われてしまっても別に良い。


 華菜かなに生きることへの執着は無い。


「シオン、俺の名前だよ」

「……なんというか、思ったよりも普通の名前ですね」


 華菜かなは、もっと悪魔らしい名前を想像していた。


「聞いておいて何なの。ま、いいけど。それで、君の名前は?」

華菜かな、です。あと私、治癒魔法なら少し使えるので、その火傷治しましょうか?」

「ありがとう。お願い」


 彼の頬に手をかざすと、淡い光が放たれる。

 完治するまで数秒もかからなかった。


 それから二人が打ち解けるまで、時間はかからなかった。




「ねえ、なんでわざわざ地下ここに持ってきて食べるの?」


 互いに名前を教えた日から、華菜かなは地下の檻の中で食事をするようになった。


「当主と舞希まきになるべく会いたくなくて。私がいるときは、ここに来ないので。ずっとここに居たいですが、怪しまれるのは嫌なので食べたら戻ります」

「そっか」


 他愛のない会話。


「シオンさんって、どんな魔法が得意ですか?」

「……剣とかつくるの、かな。華菜かなちゃんは?」


 自信なさげに、華菜かなは答える。


「……治癒、ですかね」

「あー、確かに華菜かなちゃんの治癒魔法、なんというか、上手いもん」

「そうですか?嬉しい、です」


 だが、二人にとって一番幸せな時間。




 地下室の檻の前には、華菜かなではない女性が一人。


 金に染めた長髪。華菜かなと同じ茶色の瞳。蝶の柄の入った豪奢な着物。


 そう、彼女が蝶間ちょうま家の次期当主の舞希まきだ。


「なんで、なんでさっさとを喰わないのよ!」


 その手には魔法で出した、手のひらほどの大きさの火球。

 檻の中へ投げつけるが、シオンが避け、火球は消えた。


「まあまあ、もう少し待って。まだ丸々喰えるほどの体力も魔力も戻ってないの」


 時折地下に来ては、早く華菜かなを喰えと催促する舞希まき


 その度シオンはなんとか虚勢を張ってやり過ごしていた。

 火傷は、食事を持ってきた華菜かなに治してもらった。

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