見世物語

みそぎ ことのは

見世物語

「なぁ、緑ヶ丘の奥のボロ小屋の噂知ってるか?昼間は真っ暗で扉も開かないけど夜になると明かりがついて、横木がうちつけられた窓の隙間から中が見れるんだってさ。」


「ほんで、俺のにーちゃんの友達が肝試しで18時くらいに行くことにしたんだ。ぼんやり薄暗いランプの灯りに照らされた小屋に行ってみると、ガサガサ何かが動き回る音が聞こえたんだって。」


「恐る恐る中をのぞいてみたら口を縄で括られた足を切り取られた3本足の犬が胴から血を流しながら走り回ってたんだと。怖くなって走って家まで帰ったんだけど、誰にも小屋に行ったこと言えないだろ?学校で禁止されてる森だしさ。で、次の日小屋に戻ってみたら、そこには犬どころか血の跡すら残ってなかったんだとさ。」


「まぁ、まてまて。この話の一番怖いところはそこじゃないんだよ。3人で行ったんだけど走って帰ったのは2人だけだったんだ。

もう1人はどうしてたって?

笑ってずっっと見てたんだとさ。」


自分の兄の武勇伝をあたかも自分の話のように自慢げに話すもんだから、大声で教室中に響き渡っていた。怪談なんて交えるもんだから一度も学校のルールを破ったことのない僕でさえ興味を持ち、噂の真偽を確かめてやろうと言う気になった。その日はあたりが暗くなるまで図書館で時間を潰し、街灯がつくのを待った。誰かに見られていないかあたりをキョロキョロと見回し、いつもの帰り道とは逆の門から学校を出る。校区の境界、まさに神のいがきを越えるように交差点を渡り、街灯のない一際暗い路地の先にある緑ヶ丘公園に続くあぜ道へと大きな一歩を踏み出した。


伸ばした指先さえ消してしまいそうな暗闇に包まれ、静寂が浸みわたる森林公園ではこの胸の高鳴りとかろうじて明瞭な足元から鳴る草木を踏みつける音が僕の心細さをを打ち砕く応援歌だった。やった、やってやった、僕だってできるんだ。校区を越えるだけじゃない、1人で行ってはいけない森林公園に行けたんだ、しかも暗い暗いこの夜に。まずは登竜門を過ぎたが、次の関門は公園の道の突き当たりにある、立ち入り禁止の柵を越えること。学校、公園、ひいては自治体のルールを破りに破ることに不思議と自分が歳を重ねたかのような錯覚が付き纏う。二つ目の関門は壁ではなく、大人になる通過儀礼のようだった。赤文字で仰々しく書かれた"立ち入り禁止"を掲げる看板を悪びれるどころかむしろ堂々と横切り、チェーンの柵は大股で乗り越える。目的の小屋まではあと少し。噂に聞いた亀毛兎角の光景の真偽を確かめる生き証人になれることに躍る僕の胸に


「誰だ!」


と針を突き刺すような人の叫び声。

得体の知れない誰かに見られたことの恐怖に足が凍りつき微動だに出来ずにいると、ただでさえよく効かない目を潰すような人工の白、白。


「なんだ、お前も来てたのか。」


錆びついた思考の歯車がぎしぎしと動き始め、照らされてるいることに気づく前に、聞き慣れたクラスメイト2人の声が耳に飛び込んできた。安堵したものの中々緊張した筋肉は緩んではくれない。心強い同士とら合流できた喜びと、小屋の真実を独り占めできないことへの落胆が入り混じり少し複雑な気持ちだ。


「なぁ、ほんとに行くのか?」


どうやら2人は小屋を前にして怖気付いて膠着していたようだった。これはチャンスだ。3人で戻るフリをして、小便だかなんだか理由をつけてまた戻ってくればいいさ。


「やっぱりやめて帰らない?」


「なんだ、お前ビビってんのか?」


「君たちだってここで立ち止まってたなら同じことだろ?そんなに言うなら、僕は行くからライト貸してよ。」


自尊心が戦略の邪魔をする。臆病だと思われるのは癪だ。


「はぁ、なんだ俺らのことビビリって言いたいのかよ。ライトは俺らの持ちもんだから欲しけりゃついてこい。」


どんな風が吹いたのか3人は恐怖よりも相手に低く見られることを嫌ったようだ。決起を済ませ、3人で一揆小屋へ歩みを進める。


「お、おいおい!ほんとに明かりついてるぞ。」


「ライト、ライト消せ!!」


暗黒に佇む薄灯りを帯びたボロ小屋はやはり異様な怪しさを醸し出している。それは、光に群がる魚をを今か今かと待ち侘びる鮟鱇のような狡猾なにやけ面に見えた。

夏虫のように吸い寄せられた僕たちにはもう言葉を発せるような余裕はなく、ただただ行き過ぎた好奇心に突き動かされる傀儡にまで成り下がってしまっている。キーンとしたかん高い音が鳴り出しそうなうるさい静寂の中にカサカサと生き物の音が聞こえる。まずは指先が小屋の木に触れ、何故か人が来たことを悟られないように指伝いの感覚を頼りに例の窓の下まで擦り寄った。


女だ!衣を身に纏わず動く女がいる!


顔にタオルが巻かれ誰かわからないようになっているが、大きく膨らんだ乳房から女性であることは確かだ。それに股間が明らかに男性のそれとは異なり、ぷっくりと張り出た丘に縮れた陰毛がへばりつき、絡み合っている。初めて見る女性器に釘付けになる。肌色の恥丘の中に一際色が黒くなった部分の周りの陰毛がじんわり水分を得て黒光している様子があまりに下品で両の手に刺さる木端さえ気にならない。自分の股間部がもぞもぞと疼くのを感じ、性的興奮の羞恥からか他の2人の様子が気になり、チラリと目線を送ると2人共口を半開きにして凝視しており、こちらの目線に気付かない。僕らの目線が彼女の体を這いずり周り見られてることに気付いたのだろうか、女は先端を削った竹槍のようなものを2本立て、一方は性器をもう一方は背面部に向けた。そして、CDプレイヤーを僕らの死角から取り出し、微かな音量でハイテンポでリズミカルな曲を流し、腰を落とし蹲踞の姿勢で両の手は頭の後ろで組んでいる。そして、音に合わせて腰を前後に振り始めた。性器を窓に見つめるように突き出し、それが竹に刺さるとと"んごおぉ"とガマガエルのような汚ったない矯正をあげる。反対に、腰を引き臀部を突き出すようにすると竹が肛門を突いたのかまたもや汚声が小屋に響いた。へこへことこちらに一定のリズムで見せつけられる性器と響き渡る汚声。珍獣を見たような物珍しさと下品さが与える性的興奮から誰も窓から目を離せないでいた。痛みからか快楽からか足を震わせた女は四股を踏むように大股で一歩一歩踏みしめながら前後を反転させ、今度は臀部、かっぴらいた肛門に竹が刺さる無様な様を見せつけるように腰を大きく前後に突き出し、ある時は腰を引く雄に媚びるような羞恥運動を繰り返し始めた。慣れというのは恐ろしいもので今ではもう恐怖が薄れ、女性が恥辱を受けていることで頭がいっぱいになっていた。


「ハハッ」


自分が笑っていることに気づいたのは、2人がこちらを見た時だった。初めは何か恥態を見られたような気がして冷汗が出たが、沸々と2人に怒りが湧いてきた。明らかに自分たちよりも歳のいった女性が惨めな格好で汚声をあげ、下品な様子を晒して尊厳を自ら踏みにじっている様子がどうしておかしくないだろうか。物事は平時よりも差異があればあるほど面白いはずなんだ。幸いなことに、突然音楽が止み彼らの関心が僕から彼女の次の行動へと移っていった。女はまたもや死角から生きた蛇を取り出した。そして、蛇を自分の体に絡ませ始めた。蛇は下乳や首筋、脇腹など目の付く所に構わずかぶりついた。かぶりつく度に女は何度も何度も矯声をあげた。挙句の果てには女は蛇の首根っこを掴み蛇の頭の下、首元にかぶりつき返した。


「ハハハッ」



蛇の首からは血が吹き出し、彼女の口周りを赤く染める。人間を辞めたあまりに動物的な姿に思わず、笑い声が出てしまった。他の2人は僕の事を見つめているのだろうが、僕には女がする次の芸した頭になかった。丁度嚙みつかれた蛇が動かなくなり、女は小道具としての価値がなくなった死骸を投げ捨て次の演目に移ろうとしていたとこだろうか、表の開かないはずの扉のほうからギイという音が鳴った。まさかの出来事にお慌ててライトをつけて音のする方へ全員が駆け寄った。もしかして、あの女が姿を見せてくれるかもしれない。4分の1ほど開かれた扉から光が漏れ出ている。


「さあさあ、いらっしゃい。」


怪しいしわがれた声がこちらを誘うように呼びかける。まるで人影がないので、光が啖呵を切っているのかと聞きまがうほどだ。


「ぎゃああああああ!!でたああああ!!」


恐怖に立ち尽くす僕とは裏腹に2人は全力失踪で帰っていった。


「あんた、笑っていたね。」


「ほら、これチケット。ぜひぜひ、またきんしゃい。」


扉の奥から手が伸び、一枚の真っ黒い紙切れが握られていた。それを手に取った刹那、手は扉の奥に勢いよく戻り、


「また、おいでなすって。」


声とともにバタンと力強く閉められ、電気も同時に消されてしまった。暗闇に取り残された僕は孤独に耐えられず、常に後ろを機にかけながら逃げるように走り帰った。家に帰ると両親からの質問にも生返事、そのまま自室に入り呆然と例の紙切れを眺めていた。よく見たらきれいな五角形になっているその紙は確かにチケットと言っていた。なくさないようにそっと筆箱の中でも特に奥に押込み隠してしまった。


次の日の朝、昨日のことが夢なんじゃないかと意識と存在の狭間で揺れている。僕の意識は確かにあの光景を見たのだが、その時僕の体はどこにあったのだろうか暗闇に溶けていたのだろうか。ただ一つ確かなのは今も横を歩き去っていく女性の中にあの女がいるということだ。目に入る全ての女性が例の女のような痴態を晒すのかと思うと急に空恐ろしくなり、コンクリートのひび割れだけを目で追って登校することにした。


登校すると早速昨日の2人が昨日の夜の武勇伝を語っていた、


「それでな、あの小屋は確かに明かりがついとった。そんで中を見てみるとそこには...」


「首のない蛇が血を吹き出しながら転がりまわっていたんだ。」


ん?女の話をしないことにしたのか?あの蛇の首を嚙み切った女を話から外すなどありえないはず。


「あーそうそう、こいつもいたんだよ。な?」


「なぁ、女の話したか?」


「は?女?なんのことだ?」


本気なのか?とぼけているのか?


「わりい、夢の話。トイレ行ってくるわ。」


「お、なんだなんだ。チンチン勃っちまったか?お?」


女なんて言ったもんだから、後ろで囃し立てられる。まさか、あの女のことは夢うつつなのか?

でも、あの黒いチケットは今も筆箱の中にあるはず。まさか、それも消えているのか?


「なぁ、みんな。あいつトイレ行ったよな?」


「あいつ、小屋の中見て笑ってたぜ...。」

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