プラタナスの葉の下から
プラタナスの落ち葉が舞い散る秋、校舎裏で僕は竹ぼうきを片手に目の前の落ち葉の山に絶望していた。
秋は昔から嫌いな季節だった。それは他でもなく、掃除が面倒という理由によっていた。
家の前の大通りには銀杏の並木があるのだが、何の恨みがあってか我が家の前の1本だけが雌の木なので銀杏が秋になると山のように落ちてくる。周辺が雄株である中に1本だけ雌株などまるでオタサーの姫ではないか。一定のソーシャルディスタンスから動くことのできない雄どもからの情熱の花粉を一身に受ける雌株は、愛の結晶をぼろぼろと我が家の前にまき散らして主張してくるのである。ああ臭い。
家が中華料理屋であることもあって強烈な匂いで相殺することもできるのだが、どうにも腐乱した愛の結晶で滑る人々が続出するので店の前を朝のうちに掃除しておかなければならない。
小学校の頃から野球をやっていた自分は朝起きるのが早いので、いつしか銀杏処理班の班長に抜擢されていた。家だけならまだいいのだが、野球部でも朝にグラウンドに舞い散った落ち葉をどうにかするための清掃班として、しかも名誉班長として抜擢されていた。いつしか野球が嫌いになり、中学を卒業すると同時にグラウンド清掃班名誉班長も返上した。それでも家の銀杏処理班の立場は変わらないので、とにかく秋の多忙さが嫌いなのである。
帰宅部となった今では清掃班から解放されたと清々していたのだが、この秋、清掃登板が校舎裏となったことで事態は一変した。校舎裏には数本プラタナスが植えてあるのである。
このプラタナス、葉が大きいので少し葉が落ちただけで一面が埋め尽くされるという極悪さを持つためどれだけ掃除をしても即刻埋め尽くされるのである。放り出して敵前逃亡したいけど、後で担任や同じ班の女子に文句言われると厄介なのでこの賽の河原から離れることはできないのである。クラスの班内でも、僕は清掃班長だった。
今日も渋々プラタナスの葉の掃除を始めたわけだけど、今日は運動部の良心的な人物が朝練の時にこのエリアの分を山にしといてくれたこともあり少し作業が楽だった。
山になった落ち葉をゴミ袋に詰めていると、中から白いものが出てきた。
手紙だ。それは実際には白ではなく薄いピンク色だった。
裏を見ると、宛先がかいてあった。名前はうちのクラスの同じ班の男子だった。
これは…世に言うラァヴレタァというやつではないだろうか。創作の中でしか見たことがなかったのだが、まさか実在するとは…。しかし、初めて見たそれは自分に宛てられたものではなかった。
しげしげと手紙を眺めていると、背後から視線を感じた。振り向くと、そこには物陰に隠れた女子の姿があった。よく見ると、隣のクラスの陸上部の女子ではないか。
ぼんやりその女子を見ていると、向こうからつかつかとこちらに早足で歩いてきた。
「…見た!?」
「何が!?」僕は素っ頓狂な声を上げた。
「中身!!」
「No!!」あまりの気迫に僕の中の英国紳士が悲鳴を上げたようである。
「君…その…同じ班でしょ?その…」女子は目をそらしながらもじもじと言った。
「いや、まぁ、そうだけど…」僕はしどろもどろだった。
女子曰く、このエリアは普段は僕と同じ班の男子が掃除していたので、その人に手紙を見つけてもらうために、あえて朝に落ち葉の山を作りその中に手紙を隠していたそうなのである。かなりリスキーな行動である。なんだかやっていることがタヌキじみているように感じてしまった。
しかし、思惑は外れて今日に限って僕のようなぼんくらがやってきたことに憤慨してものかげから飛び出してきたようである。
その女子はしばらく一人でごにょごにょつぶやいていたが、突然こちらをキッと睨み言ってきた。
「お願い!その手紙を、こっそり渡してきて!報酬は弾むから…」女子はポケットから財布を出し始めたので、僕は慌てて静止した。
じゃあ頼んだとそのまま女子は逃げるように、去り際に「バラしたら一族郎党晒し首」と言い放ち走り去った。
こういう時、渡す相手がそこまで仲がいいわけでもないというのが逆に気楽なもので、かくかくしかじかでと伝えただけでかの男子は受け取ってくれた。僕の一族が人質になっていることは別に伝えなかったが、僕の仕事はここまでだ。恋が成就することを心の中で一言祈り、忘れることにした。
次の日の放課後の掃除の時間、直前にかの男子から「校舎裏の掃除を代わってくれ」と言われた。理由は言いよどんでいたが、とりあえず行きづらいとのことだった。僕はそれ以上何も聞かず代わることにした。
校舎裏、落ち葉はうんざりするほど積もっていた。
今までと少し違うのは、プラタナスの木の下にしゃがんで泣いている女子がいることである。それは、手紙を押し付けてきた女子だった。
僕は声をかけるのも違うと思って、目を合わせず黙々と清掃を開始した。
目を伏せていた女子が、独り言を、しかし、こちらにわざと聞こえるような声でぽつりぽつりと語り始めた。
中学時代から知り合いであり、思いを寄せていたこと。同じ高校に入れたことを運命のように感じていたこと。陸上部で練習をしていたときや昼休みの移動の時に目で自然と追っていたこと…。
僕は何も言わず、たまに相槌をうちながら掃除を続けた。気づいたら掃除の時間は終わっていたが、ただ黙々とそのエリアだけを掃除していたせいで、逆に目立つほど綺麗になってしまいやりすぎた感はあった。
長いこと独り言をつぶやき続けた女子はおもむろに立ち上がり、こちらに近づいてきて、目の前で立ち止まって言った。
「いろいろ聞いてくれてありがとう」女子は僕の目を見ながら言った。
「…別に」僕は返す言葉も思いつかなかったので、そう言った。
もともと会ったときに結構整った顔で可愛いなと思ってはいたが、こっちをじっと見ている潤んだ目には割とドキッとさせられた。
「また…話聞いてもらえないかな、ここで」女子は言った。
「いいよ。どうせしばらくここの掃除班だし」僕は言った。
「うん、じゃあ約束ね」女子はフッと笑顔になりそう言って振り返って、教室方面へと軽い足取りで歩いて行った。
秋は昔から嫌いな季節だった。
だけど、今日からは少し、好きになれたかな。
【短編集】秋の夕日に 泡沫 河童 @kappa_utakata
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