託し託されて

 らせん階段は、1分と経たずに上りきれた。それでも1分かかっただけあってそれなりの高さがあるのだろうと予想できる。


 上った先は、暗闇だった。

 足音の反響具合からかなりの広さがあることが分かる。シンラ・プライドの最下層、フロントに当たる部分と同等か、それ以上だろう。

 らせん階段の中と同様にわずかに発光性の植物があるだけで視界が悪く、先に上ったリーヴァたちがどこにいるのかも分からなかった。


「わ、真っ暗ですね」

「レイカ? そうだな。何も見えない」


 俺の後ろにいたレイカも到着したらしい。後ろから声が聞こえて振り返れば、すぐそこにいた。続いてライラ、リアサと姿を見せた。


「リアサ先輩、何か見えますか?」

「……あっち」


 レイカが聞くと、リアサが正面を指さした。

 そういえばリアサはそもそも見えていないのだった。暗さなんて関係ないのだろう。魔力の流れは明るさとは何ら関係が無いからな。

 そんなリアサだが、あっち、だけでは何が言いたいのか分からない。


「何があるんだ?」

「リーヴァ殿下と、リィナ殿下がおられます」

「なるほど。とりあえず行ってみるか」

「そうですね」


 レイカが返事したのを聞いて歩き出す。そうは言ってもそこまでの距離はないだろう。

 その予想は当たりで、少し経てば薄っすらとふたりの後ろ姿が見えてきた。


「あ、やっと来たわね。遅いわよ。みんなが来るまで駄目ってお母様が言うから、何があるのか分からなかったじゃない」

「暗くて見えなかったんだから、しょうがないだろ?」

「そんなの魔力の痕跡を頼りに来ればいいじゃない。しっかり残ってたでしょ?」

「……目に見えるもので判断したいんだよ、俺は」


 分からない、とは言わない。実際薄っすらと見えていたから。でも、リィナのように手掛かりになりえるほどには見えていない。これくらい巨大な木だったら魔力を多少吸収して、自分のものにしていてもおかしくない。そこに魔力があったとして、それが道とは限らない。少なくとも、俺は見分けられない。

 やはり、リィナの魔力を見る力は、リアサのそれに匹敵するもののようだ。リーヴァはどうなんだろうか。リーヴァもかなり速かったようだけど。


 そう思ってリーヴァの背中を見ると、何やら魔力を練っている様子。あそこまで練られていれば流石の俺でも分かるもので、その魔力は、リーヴァの正面に向けられていた。

 ここからではまだ暗がりで見えないそれを覗き込むと、何かの装置があるようだった。


「ちょっと、お母様の邪魔しないで。何かしてるのが見えないの?」

「邪魔のつもりはなかったんだけど……この魔力、もしかしてここ全体に広がってるのか?」

「そうみたいね。この装置が増幅してる、のかしら」


 リィナの文句を適当にいなし、疑問を零すとリィナが頷いた。特段根に持ったりはしないタイプらしい。


 それで魔力の話だが、リーヴァの目の前には、リーヴァの腰程度の高さがある円柱状の何かがあった。暗くてよく分からないが、鉱石類に見える。わずかな光の反射で輝いていた。

 それも、よく魔力を通す鉱石のようだった。その鉱石を伝播して、この広い空間すべてを満たすように魔力が巡っている。

 にしても、この装置も装置だが、ここ全体に魔力を伝えられるほどリーヴァが魔力の扱いに長けていたとは。純粋な魔力量も多いことだろう。


 魔力量は生まれつき個人差があると言われている。

 実際、俺も転生を繰り返すたびに魔力量が変化していた。最初の人生では人並み程度だったのが、2度目では他の追随を許さないほどになった。逆に3度目ではほとんどなくなり、4度目は少し多いかなくらい。

 5度目にあたるこの体の魔力は大分多く、2度目の人生の時に迫ろうとしているほどだった。


 そんな俺の魔力でも、ここ全体に魔力を行き渡させるのは難しいかもしれない。

 やっぱりリーヴァは凄いな。王族の威厳とも言える。


 そんなことを考えているうちに、作業が終わったらしい。集中を解いたリーヴァがひと息つき、こちらを振り返る。そこに少し、悪戯っぽい微笑みが浮かんでいるような気がした。


「それじゃあお待たせ。これが、みんなに見せたいものだよ……《ライト》!」

 

 リーヴァが叫んだ言葉に反応するように、光が灯り始めた。

 それは床付近から始まり、やがてどんどん上へと昇っていく。夜明けのような光の広がり方は幻想的で、どこを見ても木の色だけだというのに、晴れやかな空の下にいるようだった。その光に温もりがあることに気付くと同時、後ろからリィナの声が響いた。


「これが神林弓ね! なんか、凄い魔力を感じるわ!」


 神林弓、と言う言葉を聞いて俺は思わず振り返る。

 すると、リィナの目の前に木製の飾り棚があった。そして数々の貴重品が並ぶ中、ひと際目立つ弓が俺の目をくぎ付けにした。いや、たぶん俺だけではない。この場のみんながそこに注目した。

 リィナの言う通り強い魔力を発しており、神器だとすぐに分かった。でも、こんな魔力さっきまで感じなかったぞ?


「ここはね、エルフの王族に伝わる保管庫なの。特別な魔法陣に正しく魔力を注がないと、強い隠蔽魔法によってこの棚が現れないようになっててね。また今度、リィナとリネル君にも教えてあげるからね」

「お願いします……というか、もしかしてこれを見せてくれるために?」

「ええ。……どうせ壊されるなら、ここが襲われないように、とも思ったんだけど」


 襲われないように、の後に続く言葉が、自分で壊してしまおう、と言うのは予想がついた。一瞬暗くなったリーヴァの顔を見れば、それが悩んだ末だったのだろうと分かる。

 ただ、そこに否定が続いた。


「もしかしたら、とも思ったの」

「何がですか?」

「……リネル君なら、使えるんじゃないかな、これ」

「え?」


 リーヴァは優しく包み込むように神林弓を持ち上げる。


 弧を描く持ち手は淡い白色の木製。ぴんと張られるのはつるのようで、青々としていた。上部に装飾された葉がとさかのようにとがっている。

 とてもシンプルな造りをしていて、それが逆に、神林弓の自然な神聖さを表しているような気がした。


 リーヴァは、静かにそれを手渡してきた。


 思わず受け取る。

 見た目以上に軽かった。触った感触は柔らかく、とても頼りにはならなそう。弦だって植物だ、まともに矢を打てるとは思えない。ただ、暖かさがあった。内側からぽかぽかとしてくるような、自然の温もり。強く握れば、それが一層広がる気がした。

 一瞬気がするみ、はっとする。


 慌ててもう1度手元を見る。神林弓が、そこにはあった。


「俺が、貰ってもいいんですか?」

「んー、どうしよっかな。貸すって形にしてもいいけど、リネル君なら、使えるんでしょ? それ」

「それは……」


 使えない、と言うことも出来た。

 でも、リーヴァは何かを察しているようだったし、リィナとリアサには、きっと見えているはずだ。俺に共鳴する、神林弓の姿が。


 俺は、ノエルの力によってすべての神器を扱えるようになっている。その全力を出すことは出来なくとも、十分に効力を発揮できる、と。

 実際、最初の人生はともかくとして、2度目、3度目、4度目のすべてで神器を手にし、それを扱ってきたし、それで戦ってきた。


 そして今も、神器が応えてくれている感触がある。

 誤魔化す必要も、無い気がする。


「たぶん、使えます」

「やっぱり。だったら、リネル君に持っていてもらった方がいいわね。こういうものは、使える人が持っていてこそ価値があると思うの」


 両手を合わせて、リーヴァは微笑みを浮かべた。

 

 俺としては、神林弓を予想外にあっさり手に入れてしまったことで唖然としているところだ。それに、エルフが何百年も大切にしてきたこれを預けられるのは、少し気が重かった。

 今までの神器は全部、俺が自ら手に入れて来たものだ。そうじゃなく、今回は託された。任されたのだ。俺はそれに、相応しいのだろうか。

 エルフが何百年と積み上げてきたものを、その間に生まれ、死んでいった何千何万って命の重さを、俺は抱えきれるのだろうか。


 そう考えそうになって、弓を握る俺の手を、上から包み込む温かさに気付いた。

 顔を上げると、リーヴァがいた。


「リネル君なら出来るよ」


 神林弓に伝えられたのよりずっと、暖かく、優しいような気がした。そんな温度が、伝わってきた。


 愛されるのに価値も理由も必要ない。

 ならきっと、託されることにも、大した理由はいらないのだろう。それを託したいと思った、それだけでいいのだろう。


 俺は今、そんな風に思うことが出来ていた。

 そう思える暖かさに包まれていた。


「はい、必ずやり遂げて見せます」


 何を、とは聞かない。言われなくても分かっている。


 俺は、守るべきものを守るために、戦うのだ。

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4度目の転生は流石に慣れっこなので新鮮味がないかと思ったらそもそも種族が変わってたのでエルフとして楽しく生きて行こうと思います シファニクス @sihulanikusu

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