第30話 先で待つもの
部屋に戻り、レイカと束の間の平穏を共に過ごしていると、ライラがやって来た。
「リネル様、リーヴァ殿下がお呼びです」
特に変わった様子はなかったが、思わず身構えてしまった。
やはり怒られたり、断罪されたりするのだろうか。ここがそういう場所ではないと分かりつつも、今までの経験が足を引っ張って不安ばかりが募ってしまう。勇者時代、任務を失敗して殺されそうになったことがあったな。依頼主の不祥事の証拠を事前に掴んでおいたから事なきを得たけど。
少し足が重い気がしつつも、ライラの後に続いて最上階へ。レイカも連れて、普段のリーヴァの部屋へと入る。
「リネル君、来てくれて嬉しいわ。心配かけてごめんね」
リーヴァは、元気そうだった。
部屋の中でリーヴァが定位置に、リィナがその隣で少しリーヴァと距離を取って座っていた。リアサはふたりの後ろに控えている。
特段変わった様子の無いリーヴァに促されて対面に座ると、リアサが紅茶を注いでくれた。お礼を言ってから口を付け、少し間を開けてからリーヴァが話し出す。
「まずは、お礼を言わせて。リネル君が危険を知らせてくれたおかげで、窮地を脱することが出来た。ローラから、誰も犠牲にならなくて済んだと聞いたわ。全部、リネル君のおかげ」
「……」
この言葉を、素直に受け止めてもいいのか、悩んでしまった。
だって、リーヴァが最も大きな傷を負ったはずなのだ。それも、俺のせいで。
ローラの治癒魔法の実力が高かったからこそ事なきを得たが、そうでなければ、あるいは……。
そんな考えが頭をよぎり、答えを迷っていると、それを見かねてかリーヴァが話題を変えた。
「ところで話は変わるけど、また、攻めて来ると思う?」
「……たぶん、攻めてきます。実はあのフードを被ったやつ、ニケロイアと名乗っていたのですが、魔王復活を望んでいる、と言っていました」
「魔王復活……」
「なるほどね」
リィナが唖然とした様子で呟き、リーヴァが納得したように頷く。
リーヴァももう少し驚くと思っていたのだが、落ち着いた様子だった。
「私も詳しくないんだけど、魔族は不毛の大地に住む種族で、強い魔力と高い戦闘能力を持ち、好戦的な性格と聞いているわ。それもあって他地域への侵略を目論んでいて、その象徴が魔王、なんでしょ? 数百年に1度くらいの頻度で誕生しては、魔族たちの士気を高めて侵略を促す、って」
「はい。……その魔王の復活が、近いんだと思います。それで魔族が、不毛の大地から1番近い集落ともいえる、ここを狙っているのかと。あとは、魔王討伐の切り札と言われる神器、神林弓の破壊が目的だと考えられます。そうなると、引き続き攻撃を仕掛けてくる可能性は高いかと」
「壊さなければいけないものがあるから、と言うわけね。……ねえ、リネル君、神林弓って、そんなに大切なものなの? この前神林弓について記された資料を読んでいたんだけど、どれもあいまいで」
「そうですね……それを説明にするには、神器の役割から話さないといけないかもしれません」
俺もノエル伝いで聞いただけではあるが、ノエルがこの世界を監視する神である以上、間違っているなんてことはまずないだろう。
「神器は想いに反応する武器です。特定の人物の、特定の想いに反応し、共鳴することで力を発揮します。それは魔族の持つ強い闘争心とぶつかり合い、力量によっては凌駕することが可能になります。生物は本来生まれながらに持つ力に上限が少なからずありますが、想いの強さには際限がないと考えられている。それを力に変換できる神器は、種族としての格が高い魔族に対抗しうる有効な武器と言えるわけです」
「……ねえ、なんでそんなに詳しいの? 戦ってる時から気にはなってたけど、リネルって本当に私と同い年?」
至極真面目に説明していると、リィナからジト目を向けられた。
そのもっともすぎる指摘を受け、やりすぎたかと思っていると、リーヴァからフォローが入った。
「リネル君は外の世界を旅していたんだもの。私たちの知らないことを知っていても不思議はないでしょ?」
「それはそうですけど……だからって、いくら何でも」
リーヴァの言葉に負けじと食い下がるリィナ。どうしようかと頭を悩ませていると、リーヴァから更なるフォローが入った。
「あと、そうね。誰にだって秘密にしたいことはある、でしょ?」
ウインクをしながらこちらを見てきた、リーヴァに、俺は頷くことしか出来なかった。けど、その瞳の奥に茶化すとか冗談ではない何かがあったように見える。リーヴァは、何かを知っているのだろうか。
そんなことを考えていると、リィナは分かる部分があるのか、しぶしぶと言った様子で頷いた。
「まあそういうことなら、分からないでもないわね」
リィナはそう言うと、納得しがたそうな顔ながらも口を閉じた。
俺の疑問は解消されなかったが、とりあえず一安心だ。もし俺が転生者だってバレたらノエルに怒られるし、たぶん年齢の問題でリィナとの婚約が取り消されたりして面倒なことになっていた可能性もある。これからは気を付けないとな。
そんなことを考えながら、まだ何かあるだろうとリーヴァを見ると、リーヴァは思案気に俯いていた。
何か考え事だろうか。急かすこともないし、せっかくの落ち着いた時間なので紅茶でも飲みながら待つことに……え、これもう4杯目? 俺ってやっぱり緊張すると喉が渇きやすいのだろうか。でも、そもそもエルフに転生してから紅茶を飲む量が明らかに多い。体質だったりするのか?
レイカがお代わりを継いでくれるのを待っていると、リーヴァが顔を上げた。どうやら考えがまとまったらしい。カップに残った紅茶をゆっくりと飲み干し、立ち上がった。
「いきなりで悪いんだけど、みんなついて来てもらってもいい? 行かなきゃいけないところがあるの」
俺は、慌てて5杯目の紅茶を飲みほした。
それからリーヴァが案内したのは、リーヴァの部屋を出て廊下を進み、突き当りにあった扉の前。
「ここに何があるんですか?」
「そうえいば、ここの部屋に何があるのか、私も知らないわね」
それはエルフの住むには珍しい、扉と言う存在。みんな知らないわけではないらしく、そこまで驚愕した様子はない。いや、別に隠されていたわけでもないし、シンラ・プライドにいる人ならばみんなこの扉を知っていてもおかしくないだろう。
ただ、明確にこの先に何があるのかを知っている様子なのは、リーヴァだけだった。
「見てからのお楽しみ、かな。普段は入らないでって言ってるから、何があるのか知っている人はいないと思うけど、驚いても言いふらしたりしちゃ駄目よ?」
茶目っ気を込めてそう言ったリーヴァは、すっかり元気そうだった。あれだって直撃したらやばそうな魔法を受けた直後とは思えない。
それからリーヴァは間を開けずに扉を開いた。その先には暗闇が広がっていて、よく見えない。決して入り口が広くなく、俺がリーヴァ、リィナに続いて3番目にいるということも見にくさの原因だろう。だが、リーヴァが自然と足を踏み入れ、リィナも臆せず続いたことで何があったのか分かった。
「階段?」
それはらせん状に続く階段だった。足元を照らすのはほんの少しだけ生えた発光性の植物だけ。不明瞭だが、手すりもあるし1段1段の幅も広いので踏み外すことはあまりなさそうだ。
「みんなついてきて。ちょっと上ることになるけど、すぐ着くから」
上から聞こえたリーヴァの声は、木霊して響いていた。思わず見上げたがすでにリーヴァの姿は見えない。すぐ前にいたはずのリィナの姿も見えず、俺は自分がだいぶゆっくり歩いていたことに気付く。もしかしたら、緊張しているのかもしれない。
ペースを上げながら階段の壁を見る。木目が濃く、木の中心部分であることが分かった。
木の中心部分、隠された最上階。この先には間違いなく何かがある。それだけは分かった。いや、きっとこの場の誰もが察しているのだろう。誰ともなく息を飲んだ。
そして、俺たちはわずかな明かりと手すりを頼りにらせん階段を上った。
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