第29話 レイカの想い
あの場はリィナと、その傍付きのリアサ、そしてライラに任せることにした。家族水入らずの時間だ、俺がいては邪魔だろう、と言う配慮のつもりだった。
ついて来ようとしたレイカを止めようと思ったが、またひとりでどこかに行かれては困りますから、と言われてしまった。まだ涙で赤くなっていた目元を見て、断る気にはなれなかった。
そんな俺は、何もすることが無く、足の向くままに戦場跡に向かった。
「あ、リネル様っすよ!」
「本当だ!」
「さっきの魔法、恐れ入りました!」
戦場では、武器の手入れをしたり食事をとったりする戦士たちがいたが、俺の顔を見るや否や駆け寄ってきた。いきなりのことに驚いて動揺していると、ひとりの戦士が群集をかき分けて前に出てくる。
どこかで見覚えのある……と思ったら、軍事顧問のリチャードだった。
「リネル様、先程の有志、とくと拝ませてもらいましたぞ! この老骨、年甲斐もなく興奮してしまうとは! 久し振りに血が滾ってしまいましたぞ!」
「そ、うか……それはよかった。軽症患者は?」
「おりましたが、ローラ嬢の助けもあり、今ではみな快調ですな! 我らシンラ・カク防衛軍、1名も欠けることなく苦難を乗り越えられたことに、一同喚起しているところじゃ!」
老骨などと自称していたが、リチャードは健康そのもののようだ。声にも張りがあり、動作の節々から若々しさが伝わってくる。これもエルフだからなのだろうか。
まあ外見からして人間基準では若いと言えるから、老骨と言われても違和感が凄いのだが。
なんて心の中で苦笑いしていると、リチャードが声を潜め、耳元に口を寄せて話してきた。
「して、シンラ・プライドが何か騒がしいようじゃったが……」
敬語が抜け、確かに老人っぽい口調で言われ、少し肩が震えてしまったかもしれない。
しかし流石。年の功と言うやつなのだろうか。リチャードには何かあったと分かっているらしい。
なんと伝えていいのか迷ったが、事なきを得たようだし、大事にしないほうがいいだろう。
「……心配しないでいい。何とかなった」
「左様じゃったか。……無用な詮索、謝罪させていただきます!」
「気にしないでくれ。こっちこそ、気苦労をかけてないといいが」
何て言えば、リチャードは朗らかな笑みを浮かべて敬礼した。
戦士の大半は戦勝ムードで、心から勝利を喜んでいるように見える。そんな中にいた数人の晴れない顔をしていたものが、今のリチャードの発言を受けて顔色を明るくしたのを見れば、リチャード以外にも心配していたものはそれなりにいたらしい。
それだけ、シンラ・プライドは、リーヴァは慕われているということなのだろう。
そう思ってしまえば、また胸が少し傷んだ。
リーヴァは、リィナを庇って傷を負った。本来、そうするべきなのは俺なのに。それをリアサにも任されていたというのに、だ。
リィナの泣きそうな顔を見て、喜ばせてあげたいとか、お礼がしたいとか思ってしまった。それで感情が先走って飛び出し、ニケロイアとの戦闘で熱くなって、守れたはずのものを手放してしまった。あの時の俺は、自分の憎しみだとか悔しさだけで戦っていたような気がしてならない。
そんな自分勝手、許されるはずがない。
「リネル様、そういえばこちらに何か御用があったのだろうか」
俺の意識を現実に引き戻したのは、リチャードのそんな言葉だった。
「あ、ああいや特には。ただ、まだ戦いは終わったわけじゃない。残念ながら、敵の頭に逃げられた。また魔物を連れてくるかもしれないし、今度は本人が直接来るかもしれない。警戒は怠らないようにして欲しい」
「かしこまりました。みなにしっかりと喝を入れておこうではありませんか!」
「ああ、よろしく頼む。じゃあまた」
「はい!」
多くの歓声に包まれ、居心地が悪くなって慌てて立ち去る。
この雰囲気は勇者時代にも味わったが、やっぱり慣れないな。
相変わらずな自分に苦笑いしていると、レイカに声をかけられた。
「もう少し、何かお言葉をかけても良かったのでは? 激励のひとつでもすれば、みな喜んだと思いますよ?」
「あー……俺、そういうの苦手なんだよな」
「王になれば欠かせないことです。今の内から練習しておいてもいいかと」
「そうなるかぁ」
王になる、なんて言葉に思わず振り返れば、レイカは普段通りに戻ったように見えた。俺の嫌そうな反応を見てか浮かべる微笑みに、俺も自然と口元が緩くなる。
気が軽くなるのを感じて、やっぱりエルフは違うのだろうかと考える。
昔、魔物に襲われた村があった。確か2度目の人生の時だ。当時魔術師として名を馳せていた俺はその場に駆け付け、魔物を退治した。ただ待っていたのは賞賛ではなく、叱咤だったのだ。
死者は誰ひとりとしていなかったが、負傷者が多かった。中には大怪我を負ったものもいて、お前が遅かったせいだ、何が大魔術師だ、と怒鳴られた。
それからだろうか、俺が一層自分を責めるようになったのは。これまでも、時々思い出すことがったし、今でも鮮明に浮かんでくる。
でもここじゃ、自分を責めたくても責められない。誰も、俺のせいとは言ってくれないから。もちろん、言われないに越したことはないのだけれど、忘れそうになってしまう。
俺が、役目を果たせなかったんだってことを。
きっと俺が王になってどんなことをしでかしても、笑って許されてしまうんだろうことを考えれば、やっぱりエルフは異質だよな。
「リネル様、少しいいでしょうか」
「いいけど、どうした?」
やることが無くなって部屋に戻ろうとしたところ、レイカに呼び止められた。
シンラ・カクの外側、シンラ・プライドに連なる道。今は緊急時ということがあって他にエルフはいない。みんな、シンラ・カクの真ん中の方に集まっているらしい。
そんなこともあって静かだったその場所でレイカを振り返ると、両手を胸の前で重ね、心を落ち着けるように深呼吸していた。
何か、言い出しにくいことなのだろうか。
焦る用事もないので待っていると、1分くらい経ってからレイカが口を開いた。
「私から言うことではないかもしれませんが、先程リィナ殿下のために行動してくれたこと、感謝します。それに、戦士たちの手助けをしてくれたことも」
突然の感謝に動揺して何も言えないでいると、レイカが続けた。
「あの場所は、リィナ殿下にとって本当に大切な場所だったはずです。おかげで、リィナ殿下は居場所を失わずにすみました」
「……でも俺は、リーヴァ殿下に、あんな傷を負わせてしまった……リィナを守るのは、俺のはずだったのに」
「それは……」
レイカは一瞬驚いたような顔をした後、戸惑い気味に俯き、やがて覚悟を決めた様に頷いて、顔を上げた。真剣な目で、聞いてきた。
「リネル様にとって、それは後悔でしょうか」
「……え?」
レイカが浮かべている表情に、俺は見覚えがなかった。いつもの明るく、楽しそうな笑顔はどこかに行き、真剣な目つきで、真っ直ぐな眼差しで俺を見つめていた。その瞳が、俺の心をととらえて離さないような感覚がした。
「それが後悔だとしたら、それは無用なことですよ。リーヴァ殿下は無事目を覚まされましたし、誰もリネル様を責めたりしません。リーヴァ殿下かリィナ殿下の居場所かなんて、決められることではない。それどころか、リィナ殿下が狙われるだなんて、私は思いもしていませんでした」
「けど、俺は――」
「すべてを背負う必要はないんです。ただ、背負えるものだけ背負ってください。重くて仕方ないと思ったら、誰かを頼ってください」
レイカはそう言って、1度目を閉じる。それから普段よりも一層明るい笑みを浮かべ、少し恥ずかしそうに頬を染めた後、目を開いて俺を真っ直ぐに見つめた。そして両腕を伸ばし、俺の手を掴んで思わずと言った風に零す。
「その時に頼る相手が私だったら、嬉しいです。……それが、私の願いです」
その両腕に包まれたかのような温もりが、俺の中を満たしていった。整然としていた場所に暖かい風が吹き、優しく木々が揺れた気がした。そしてその小さなざわめきは、俺がここにいることを、はっきりと意識させた。
どこか他人事だった今と、しっかりと向き合えたような気がした。
「な、なんて、リネル様には私ではなく、リィナ殿下がいらっしゃいますもんね。出過ぎた真似で、すみません」
慌てて腕を引き戻し、恥ずかしそうにはにかみながらそう続けたレイカに、気付けば俺は笑みを返していた。
「レイカ、ありがとな。……その時が来たら、頼らせてもらう」
「っ……! はい!」
レイカの声が、大きく弾んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます