エピローグ 遺書
伊藤 真司様
この手紙をあなたが受け取っていると言うことは私はきちんと死ぬことができたのですね。魂になった私は今この瞬間あなたの後ろできっと笑っていることでしょう。
名前を呼んでこなかったので、この手紙でも「あなた」と呼ばせて下さい。
私はあなたのことがずっと好きでした。いえ、「好き」なんて生優しいものではありませんし、「愛」なんてちゃちなものでもありません。私にとってあなたは魂の伴侶です。あなたがいたから私の人生は三十年もの間続けることができました。
なぜ、そんなことが言えるのか。それはあなたとの出会いにあります。あなたはきっと覚えていないですよね?私が小学校一年生の時、もう少しで冬になろうとしてた頃、あの小さな公園であなたに出会いました。滑り台とブランコしか置いてない小さな公園。あなたはそこでサッカーボールを蹴ってました。私は、ブランコに座って、漕ぐでもなくただ座っていたら、あなたのサッカーボールが私のところにやってきた。あなたは私に声をかけてくれましたね。嬉しかったなぁ。あの時、お母さんが何も言わずに家を出て行ってしまったばかりで、死にたい気持ちでいっぱいだった。その悲しい気持ちを吹き飛ばしてくれたのがあなた。命の大切さを教えてくれたのがあなたなのです。
あの時、ちゃんと名前を聞いておいて本当に良かった。
あなたがSN Sを初めてからずっとあなたのこと追いかけてきた。中学の時のあなたも高校の時のあなたもちゃんとこの目に収めることができた。看護学校に行ったのもあなたが医学部に行ったから。
松本りかさんがどこまで話したのか知らないけれど、私、あなたの精子を受け取って真実を妊娠したの。看護師になって本当に良かったことの一つね。体外受精のことを詳しく学べたから。精子採取後すぐなら性行為がなくてももしかしたら妊娠するかもって閃いた。ダメもとであなたのセフレに声をかけて、あなたの精子を手に入れた。本当に妊娠したんだよ。やっぱりあなたは私の運命の人なんだって思ったわ。
あなたは信じられないかもしれないですね。でも間違いなくあなたの子供なんです。遺伝子検査してもらって、九十九パーセント以上の確率で親子だと判明してます。
もし将来、麻衣子ちゃんと別れる時が来たら、父親だと伝えてあげて欲しいと思っています。そう、麻衣子ちゃんと別れることがあれば、ですよ。
麻衣子ちゃんのことですが、彼女、松本りかさんのこと気付いてますよ。かなり追い詰められていたけど、あなたと松本りかさんは大丈夫ですか?
私はかなり興信所のお世話になってますが、そのうちの一つを紹介しておきました。麻衣子ちゃんは見た目に反して意外と過激です。気をつけて下さいね。
最後に、あなたの大好きなお父さんのことを書いておきます。私は違法な興信所の力を借りてあなたの家とあなたの実家に盗聴器を仕掛けていました。ある日の実家の盗聴器にあなたのお父さんとお母さんの言い争う声が入っていました。二人の揉み合う音と何かが壊れる音。そして、恐ろしい親娘の会話。
その後からあの家でお父さんの声を聞いてません。
あなたは気づいていましたか?お父さんと最後に会ったのはいつですか?お母さんと妹の彗ちゃんはお父さんがいるように振る舞っていることでしょう。でも実際はあの家に生きたお父さんはもう存在していません。
あなたにとって大好きなお父さん。でも、お母さんと彗ちゃんにとってはどうだったんでしょうね。
お父さんにもあなたにとっての松本りかさんのような存在がいました。いえ、その女性との間に子供も。あなたの弟が二人。彼らの前ではだらしない姿を晒していたようです。どちらが本当のお父さんだったのでしょうか。
あなたのお父さんは騙せていると思っていたのでしょう。でも、あなたのお母さんはそんなに馬鹿ではありません。気づいていたようですよ。
麻衣子ちゃんも気づいています。松本りかさんにしか見せない顔を麻衣子ちゃんにも見せてあげて下さい。もし、麻衣子ちゃんとこれからも一緒にいたいなら。
ちなみに、盗聴器は全て外してもらっています。今まで録音した全ても処分しました。安心して下さいね。
とても、とても、大切なことを伝えていなかったですね。
私はあなたのことが大好きです。あなたの記憶の中に少しでも入り込めて幸せです。
これからはずっとあなたのそばであなたのことを見守っています。
魂だけになった私は自由だから。誰にも邪魔されず、あなたを見続けることができる。だから、今この瞬間も私は幸せです。あなたの存在に感謝しています。
木村スイ
狂愛 うらの陽子 @yoko-ok
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