18 森







(……僕はなんで、逃げているんだろうな)



 あれから一か月——。



 アルフレードは、あてもなく歩いていた。



 あのまま殺されてもよかった。多くの人々の信頼を、命を失ってしまい、なにより大切な仲間まで失った。


 だが、あの勝ち誇ったヘクトールの顔を見たら、『今は逃げて、生き延びなくては』、そう思ってしまった。



 アルフレードは歩く、荒涼とした大地を。



 ドメーニカの力は凄まじかった。


 ファウスティの力で守られた街の内側はともかく、それ以外、この広大な土地の、どこまで被害が広がっているのか検討もつかなかった。


(……ドメーニカ……ファウスティ……僕は……)



 アルフレードは歩く、唇を強く噛みながら。



 死にたいが、生きなくてはならない。


(……何のために?)


 魔法国へはもう、戻れない。戻る気力もない。


 だが、真実を知っているのは、アルフレードだけなのだから。



 やがて歩き続けたアルフレードの前に、枯れかけた森が現れた。


(……こんなところまで……)


 もう、魔法国からだいぶ歩いたはずだ。遠く離れたこの場所まで、『滅びの女神』の力は届いていたのか——。


 沈痛な表情を浮かべアルフレードが目を伏せた、その時。


 森から小さな男の子が出てきた。


「お兄さん、人間?」


 その子供は、不思議そうな顔で尋ねる。アルフレードは子供を見る。耳が長い。もしかして——。


「ああ、そうだ。君は、エルフかい?」


「うん、そうだよ」


「君はこの森に……住んでいるのかな?」


「うん。でも一か月前に『大厄災』が起こって、森が死に始めちゃったんだ」


 子供の言葉を聞き、アルフレードの胸に痛みが走る。僕たちのせいだ。



 でも——それでもここには、生きている者がいる。



「そうか。君の他にも、生き延びた者はいるのかい?」


「僕たちの仲間は大丈夫。だけど、妖精さんたちがいなくなっちゃったんだ。このままじゃ森が滅んじゃう」


 そう、この世界の植物の生態系は、妖精の存在ありきで成り立っているのだ。少年は続ける。


「だから僕、妖精さんを探す旅に出るんだ。お兄さん、妖精さんのいる場所知らない?」


「……妖精がいれば、森は元に戻るのかい?」


「うん。たくさんの妖精さんがいれば森は元に戻るって、長老が言ってた」


「……わかった」


 彼は決意する。せめてもの贖罪として、この森の力になろうと。


 アルフレードは両手を広げた。妖精は概念的存在だ。僕の力で、『作り』だせる。



「……わあ!」



 広げた両手から次々に飛び立つ妖精たち。



 妖精は羽ばたき、舞い上がり、空を踊る。



 その光景を見たエルフの少年は、目を輝かせた。


「……すごい! お兄さん、もしかして妖精の王様!?」


「……はは、僕はそんなんじゃない。僕はアルフレード。罪を償うだけの存在だ」


 自嘲気味に発せられた彼の言葉に首を傾げる少年だったが、やがて少年はアルフレードの手をとった。


「僕はダイズ! ねえ、妖精の王様。森を助けて! この森、とっても広いんだ!」


「……ああ、わかった。僕にできることなら、手伝わせてくれ——」





 こうしてこの森——西の森は、アルフレードの手によって救われることになる。


 そして彼はその後、千年もの間、再び物語が動き出すまで『妖精王アルフレード』として生きるのだった。


 そう、その千年の間、罪の意識に苛まれ続けたまま——。





 これは千年前のとても悲しい物語。





 そしてその千年間、ヘクトールの野望も潰えなかったのだ——。








 ——Continued to "The Story of Lila and 'I'"



—————————————————————————



お読みいただきありがとうございます。


こうして、彼女の物語は幕を閉じました。


そして物語はここから千年後を舞台にした、

「ライラと『私』の物語」へと続きます。


長い物語ですが、日本からの『転移者』たちがこの物語に終止符を打つ物語となっております。


ドメーニカが最後に迎える運命とは。お付き合いいただけると、嬉しいです。

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ドメーニカの物語 GiGi @GiGi-kaku

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