17 『シード』






「……うっ……!」


 あまりにも眩しい光に、アルフレードは腕で目を覆う。





 それは、ただ、守る力。



 それは、ただ、少女を守るためだけの力。



 それは、ただ、少女を悪意から守り抜くだけの力。



 それは、ただ、少女の手をこれ以上汚させないためだけの力——。






 アルフレードは目を開ける。


 光が収まったその場所には、ただ一つの大きな『種』があった。



 ——それは、ファウスティ自身が殻となり、『滅びの女神』ごとドメーニカを包み込んだ、五メートルほどの大きさの種だったのだ——。



 ファウスティの『守りの結界』が解除されたことにより、この部屋は崩落を始めていた。


 ヘクトールは舌打ちをして、アルフレードに背を向けた。


「……チッ……ファウスティめ、余計なことをしやがって……」


「待て、ヘクトール、どこへ行く!」


 アルフレードの叫ぶ声に答えることなく、ヘクトールは瓦礫の降る中、種へと近づいた。


「……ファウスティの結界が張られているな……何重にも……この種の中に、ドメーニカはいるのか?」


「……ヘクトール、動くな! おとなしくこっちに来い!」


 落ちてくる瓦礫に邪魔をされ、アルフレードは近づけない。


『身を守る魔法』が掛かっているヘクトールは、その身に瓦礫を受けながらも『種』を観察していた。


「……フン、まあいい。ドメーニカ、おまえの輝く箱は、私が絶対に手に入れてみせるからな」


「……ヘクトール!」


 崩落が強まる。ヘクトールはつまらなさそうに天井を見上げ、そして部屋の隅へと歩き始めた。


「ヘクトオォルウゥッ!」


 アルフレードの叫び声が虚しく響く。やがてヘクトールは部屋の隅で、一つの言の葉を紡いだ。


「——『転移の魔法陣』、起動」


「……!!」


 ヘクトールの身体が光に包まれる。


 去り際に彼は、ほくそ笑んだ。


「アルフレード、上で会おう。君が生きていたら、な」


「……クッ、ふざけるな、ヘクトール!」


 そのアルフレードの声は届くことなく、瓦礫の降る中、ヘクトールの姿は消えた。


 アルフレードはしゃがみ込み、『種』をただただ哀しそうな表情で見つめるのだった——。





 一時間後。


 瓦礫をかき分けなんとか地上に出たアルフレードの目に映ったのは、想像以上に凄惨な光景だった。



 ファウスティの『守りの結界』が張られていたとはいえ、崩れた建物、所々から立ち上がる火の手。



 そして——。



 そこには住民たちを助け、導いているヘクトールの姿があったのだ。



「……ヘクトール!」


 アルフレードは怒りの形相でヘクトールに駆け寄る。


 しかし、そのアルフレードを遮るように、街の住民が立ち塞がった。


「……みんな……そこをどいてくれないか……」


 だが、様子がおかしい。彼のことを睨む住民たち。やがて住民の一人が、険しい顔をして答えた。


「……アルフレード様……いや、アルフレード。あなたは……なんてことを……」


「……なに?」


 状況が、まったく理解できない。一転困惑する表情を浮かべるアルフレードに向けて、ヘクトールが一歩、前に出る。


「ああ、残念だよアルフレード。まさか君たちが、こんなことを企んでいたなんて……」


「……なにを……言っている?」


 額に手を当て、仰々しく悲嘆にくれた表情を浮かべるヘクトール。そんな彼を庇うように、住民は前に立つ。


「……ヘクトール様から聞いたよ、アルフレード。こうなったのは全部、『転移者』の仕業だってな」


「お父さんを返してよ!」


 まだ若い女性が、アルフレードに石を投げつける。それをその身に受けたアルフレードは、全てを理解した。



 ——嵌められた。



 その考えを肯定するかのように、ヘクトールはかぶりを振りながら嗚咽混じりの涙を流す。


「……ああ、信じていたのに……私たちが君たちの力を試す、ただの『実験台』だったとは……」


「ヘクトール……よくもベラベラと……。みんな、聞いてくれ! この男のせいで——」


 だが——全てを言い切る前に、住民が言葉を遮った。


「おい、アルフレード。ファウスティとドメーニカはどうした?」


「……!!」


 そうだ。ヘクトールの悪意でこの事態が引き起こされたのは間違いない。だが、この惨状の直接的な原因はドメーニカであること、それも間違いではない。


 言葉を詰まらせるアルフレード。ヘクトールは住民を手で制し、優しく声をかけた。


「まだ聞いていない者もいると思うが、安心してくれ。この国を滅ぼそうとした大罪人、ファウスティとドメーニカは、私が封印した」


「……おおっ!」「……さすがは魔導師ヘクトール様!」


 住民たちから讃美の声が上がる。茫然とアルフレードはその様子を見つめる。


 どんなに取り繕ったとしても、ドメーニカの力がこの事態を引き起こしたという事実は消えない。



 その動かぬ事実を武器に、アルフレードは出し抜かれ、ヘクトールに利用されたのだ——。



 やがて住民たちが、石を投げ始める。



「死ね」



 父を亡くした若い女性が、石を投げる。



「殺せ」



 我が子を失った母親が、石を投げる。



「殺せ」



 大切な者を失った人々が、石を投げる。



「死ね」「殺せ」「殺せ」「死ね」「死ね」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「死ね」「殺せ」「殺せ」「死ね」——。



 唇を噛みながら、投げつけられる石をその身に受け続けるアルフレード。



(……もう、このまま、死んでしまおうか……)



 何もかもがどうでもよくなり、そんな考えが頭をよぎったその時——


 ——アルフレードの目に、ヘクトールのほくそ笑む姿が映った。



「………………」



 アルフレードは、目の前に『壁』を作り上げる。


 住民たちが怒号を上げながら壁の裏側に回り込むと——アルフレードの姿はすでに、崩壊した街中まちなかへと消えていたのだった——。





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