16 『ピリオド』





 ドメーニカがそうつぶやくと、彼女を中心に突き抜ける光の柱が立ち昇った。


 反射的に『守りの結界』を最大限に広げるファウスティ。


 その光は天井を突き破り、城を消し飛ばし、空へと向かう一本の線になり——。


 やがてその光は、巨大な女性の姿を形取った。




 ——ファウスティやアルフレードからは、近すぎて全体像を見ることは出来ない。


 だが、その姿は見れなくとも、感じ取れていた。


 この像はまるで、『女神』のようだと——。




「……ドメーニカ!」


 女神像の現れた衝撃で、ヘクトールの張った結界は壊れたようだ。ファウスティは堪らず少女に駆け寄る。


 ドメーニカは変わらず、虚ろな瞳で身体を痙攣させていた。そんな少女を、ファウスティは力強く抱きしめた。


「ドメーニカ、ごめんな……ごめんなあ……」


「…………ァ……ゥ…………ス……」


 見ると、ドメーニカの開かれた頭は、緩やかに閉じていっていた。


 これなら——ファウスティが淡い希望を抱いた、その時だ。




 ——女神が、微笑みを浮かべた。




 直後、炎が、砂が、氷が、土が、風が、闇が、光が、嵐となってこのトロア地方を吹き抜けた。


 そのトロアを駆け巡った『厄災』は、この魔法国アルフレードを中心に、一瞬にしてトロア地方を死の大地へと変貌させてしまった。




 全容は把握出来ないが、守りの結界を張っているファウスティには、女神が——ドメーニカが何をしてしまったのかが、分かってしまった。


 ファウスティは懸命にドメーニカに呼びかける。


「ドメーニカ! やめろ、やめるんだ!」


「…………ァ……ゥ…………ス……、……ァ……ゥ…………ス……」


「無駄だよ」


 その声に振り返ると——その声の主、ヘクトールは女神像を見上げながらほくそ笑んでいた。


「……ヘクトール!!」


「くくっ。どうやら破壊し尽くした脳の、『理性』の部分までは再生できないみたいだな。いい勉強になったよ」


 ヘクトールは一歩踏み出し、女神像に語りかけた。


「さあ、『滅びの女神』よ! その力、もっと見せてくれ!」


 そのヘクトールの呼びかけに応えたのかは定かではないが——



 ——女神は再び、微笑んだ。



「やめろ! やめるんだ、ドメーニカ!」



 天井に空いた穴からも朧げながら見える。



 未曾有の『厄災』が、この地に渦巻いているのが。



 そして感じ取れる。



 この大地の命が、失われていくのが——。



「……お願いだ……やめてくれ……君の手は、汚れて欲しくないんだ……」


「…………メ………ネ………ァ……ゥ…………ス……」


 虚ろに何かをつぶやくドメーニカ。その少女の虚ろな目からは、涙がこぼれ落ちていた。必死に抱きしめ、彼女に呼びかけ続けるファウスティ。


 その二人の様子を震えながら見ていたアルフレードは我に返り、拳を握りしめヘクトールに殴りかかった。


「……ヘクトール! 君は、君はっ……!」


 ヘクトールの頬を殴りつける拳。だが、その拳は——ヘクトールにただ、当たっただけだった。


「……っ!……『身を守る魔法』か!」


「おや、アルフレード。気をつけてくれたまえ」


 そう言ってヘクトールは右手を掲げた。


「——今、この手の中にはこいつから取り出した『種』が握られている。うっかり、握り潰してしまうかもしれないなあ」


「……くっ!」


 種を戻したところで、ドメーニカが元に戻る保障はない。


 しかし——あれは紛れもなくドメーニカの一部だ。アルフレードは一歩引き、ヘクトールを睨み付ける。




 ——そして三度、滅びの女神は微笑む。




 揺れる部屋。この世のものとは思えない空。


 もう、どのくらいの被害が出ているのか想像も出来ない。


 かろうじて、ファウスティの結界内は被害を免れているが——もはやこのトロア地方は、終わりだろう。


 ファウスティはドメーニカに、優しく語りかける。


「……ごめんなあ、ドメーニカ。俺が君の抱えてるものに、気づいてやれればなあ……」


「…………ァ……ゥ…………ス……」


 うわ言のように、ファウスティの名前らしき言葉を繰り返すドメーニカ。ファウスティは語り続ける。


「……あの時、俺と出会わなければなあ。全部、俺のせいだ。悪かったなぁ、母親を見つけてあげられなくて」


「………………」


 ドメーニカの瞳から、涙がポロポロとこぼれ落ちる。ファウスティは自身の赤い涙が流れる瞳を、そっと閉じた。


「……でも、これだけは言わせてくれ。君と過ごした時間、俺は幸せだったよ。空虚だった俺の心を、君が癒やしてくれたんだ。ありがとう、ドメーニカ。俺と、一緒にいてくれて」


「…………ァ……ゥ…………ス……」


 ドメーニカの肩が震える。ファウスティは強く、強く、ドメーニカを抱きしめた。



「……ドメーニカ、君を、愛している」



「…………ァ……ゥ…………ス…………ァ…………シ…………」



 ファウスティは血に塗れた手で、そっとドメーニカの頭を撫でた。



「……ドメーニカ。俺たちは、二人で一つだ——」




 カチ



 ファウスティの中で、蓋が開いた。




「——俺たちは、ずっと、一緒だ」



「…………ァ………」



 ファウスティは優しい瞳でドメーニカを見つめ——そして、ゆっくりとつぶやいた。





「『二人だけの世界シード』」





 その瞬間——二人の身体は、光に包まれた。





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