15 悪
「何をだと? 私はただ、こいつの望みを叶えてやろうとしているだけだが?」
「今すぐ止めろっ!」
ファウスティはヘクトールに殴りかからんと、駆け出した。だが。
彼は見えない壁にぶつかり、倒れ込む。アルフレードは近づき、その壁に手を当てた。
「……結界……か」
アルフレードは強く歯を噛みしめる。早く、早くヘクトールを止めないと——。
ファウスティは結界を打ちつけ、大声で叫んだ。
「ドメーニカ! 今、助けるからな!」
その時、ピクリと少女は反応し、唇を震わせた。
「…………ァ……ゥ…………ス……」
「……っ! そうだ、俺だ。くそ、壊れろよっ!」
拳から血を流しながらも、ファウスティは構わず結界を殴り続ける。
ヘクトールはそんなファウスティを、つまらなさそうに眺めた。
「静かにしていろ、ファウスティ。しかし……驚いたな。まだ理性が残っているとは」
そう言って彼は、メスのようなものを彼女の脳の一点に差し込んだ。ビクンと身体を跳ねさせるドメーニカ。
アルフレードは顔を歪め、ファウスティに叫ぶ。
「ファウス! 君の力で、ドメーニカを守る結界を!」
「……やっている、やっているんだよ、アルフ……」
ファウスティは膝をつき、力なく結界を叩いた。
「……俺の結界は、範囲に広がってしまう……ドメーニカだけを守ることが出来ないんだ……クソ……お願いだ……やめてくれ……」
「フン。先ほども言ったが、こいつが望んだことなんだぞ? 普通の身体に戻してやる、と言ったら喜んでついてきたのさ」
「……普通の……身体……だと?」
確かに最近のドメーニカは、『早く大きくなりたい』と口にしていた。ファウスティのお嫁さんになるために。
「……もしかして……お前なら彼女を成長させてやることが出来るのか……?」
ファウスティは縋る。万に一つの可能性に賭けて。
その姿を見て、ヘクトールは——ほくそ笑んだ。
「お前はなんにも知らないんだな、ファウスティ」
「……な……に?」
「普通の人間がここまで頭を弄られて、死なない訳がないだろう? こいつは腹も減らない、眠くもならない、加えて、不死身ときたもんだ」
目の前の男の語る言葉に、ファウスティは愕然とする。なんだ? この男は、何を言っている?
「その様子だと、気づいていないようだな。保護者失格だぞ、ファウスティ。この化け物は涙を流しながら言っていたぞ。『普通の人間に戻りたい』ってね」
「……ヘクトール、きさまあっ!」
やはりこいつは『悪』だ。ドメーニカを『化け物』呼ばわりなんて、絶対に許せない。ファウスティは再び立ち上がり、結界を殴りつける。
ヘクトールはその様子をチラと見て、作業に戻った。
「そう怒るな、ファウスティ。元はといえば、アルフレード、君のせいだ」
「……どういうことかな?」
アルフレードはヘクトールを睨み付ける。彼は無表情で淡々と作業を続ける。
「この力を使えば世界なんて簡単に掌握出来るのに、君は全く耳を貸さなかった。なら、どうすればいいか。簡単だ。こいつの力を解明し、私がその力を使えばいいだけの話だ」
「……ヘクトール……君の考えはよく分かった。君はこの世にいてはならない人物だ」
「私を排除する気か? やってみろ。こいつの力を手に入れた私を、排除出来るものならな」
そう言ってヘクトールは、ドメーニカの脳から何かを一つ摘み上げ、皿の上に乗せた。
ファウスティは呻く。
「……おい、きさま、何をやっている……」
「これか。種みたいに見えるが、なんだろうな。まあ、『他の人間の脳』にはないものだ。これがきっと、こいつの力の源なのだろう……おっと、また一つ発見」
再び皿の上に乗せられていく種のようなもの。ヘクトールの言葉を理解したアルフレードの顔が、青ざめる。
「……待て、ヘクトール。『他の人間の脳』とは、いったい……」
「ああ、君のおかげでこの国は大きくなり、人の出入りも激しくなった。おかげで——」
ヘクトールは肩を揺らし、邪悪な笑みを浮かべた。
「——『実験材料』には困らなかったよ。ただ、普通の人間は脆くてね、すぐに使い物にならなくなってしまう。だが、その経験は今、こうして生きている。彼らに感謝しないとな」
「……ヘクトール、君は……なんてことをっ!」
アルフレードは堪らず結界を殴りつけた。その横ではファウスティも、最早砕けてしまっている拳を打ち付けていた。
そんな二人を嘲笑うかのように、ヘクトールは続けた。
「まあ、安心しろ。結果的にこいつの力を取り除けば、ドメーニカは普通の人間の身体に戻れるかもしれないぞ? いや、ああ、そうか——」
ヘクトールは更に種を取り出し、ほくそ笑んだ。
「——全部取り出したらこいつの力は消え、この状態じゃ生きてはいられないだろうなあ。いやあ、すまないね、ドメーニカ。最善は尽くしたんだけどなあ」
「……いい加減黙れよ、ヘクトールッ!!」
脳を弄られる度、少女の身体は痙攣する。口を開き、液体を垂らし続けるドメーニカ。それを見続けるファウスティの目から、赤い涙が溢れ出す。
その様子をヘクトールは全く気にすることなく、作業を続けながらため息をつく。
「——まったく、再生し続けるから厄介だったが、これで六個目か。思ったより多いが……未だに死なないということは、まだ何かあるんだろうな……ん?」
ヘクトールの手が、止まった。無力な二人は結界を殴りながら、その様子を睨みつける。
ヘクトールは目を見張る。ドメーニカの脳——その中心に、輝く小さな箱みたいなものが現れた。
「……おお……おお、美しい! これか……これがこいつの、『滅び』の力の源か……!」
興奮した様子のヘクトール。その時、『転移者』二人の本能が警鐘を鳴らした。
——アレに触れては、いけない——。
「やめろおおぉぉっっ!! ヘクトオォルゥッ!!」
ファウスティの叫びを意に介することなく、ヘクトールは震える手で、ピンセットを箱に近づけていく。
そして、ピンセットが、箱に触れた瞬間——。
カチ。
音が聞こえたような気がした。
——『転移者』には、その者の持つ力の行き着く先、理を超越した力、
いわゆる『チートスキル』というものが存在している。
ドメーニカが持つのは『滅び』の力——。
それに無理矢理触れられた彼女は——
——その名を、口にした。
「…………『
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