14 捜索






 晩餐会も半ば、アルフレードが一通りの挨拶を終え、ひと息ついている時だった。


 ファウスティが辺りを見回しながら、不安気な表情を浮かべて彼の元に近づいてきた。


「やあ、楽しんでいるかい、ファウス」


 アルフレードはそう声をかけるが、彼は非常に深刻そうな顔をしていた。何かあったのか、と一抹の不安がよぎる。


 ファウスティは声を潜め、アルフレードに耳打ちをした。


「……なあ、アルフ。ドメーニカが見当たらないんだ。どこに行ったか、知らないか?」


「……いや、知らない。いつからだい?」


「……分からない。どうやらテラスに出たらしいが……その後の行方が、さっぱりだ」


 そこまで言って彼は、拳を握りしめる。アルフレードは眉をしかめ、そばにいた給仕の女性に声をかけた。


「君、すまない。トイレにドメーニカが居ないか、確認してきてくれないか」


 女性は了承し、部屋を後にする。それを見送ったアルフレードは、ファウスティの肩を叩いた。


「大丈夫だ、ファウス。それとなく皆に聞いて回ろう。僕も手伝うからさ——」




 二人は平静を装い、参加者に尋ねて回った。


 平静を装い、とは言ってもファウスティの胸の中には言いようのない不安が訪れていた。


(……どこへ行ったんだ、ドメーニカ……)


 思い返せば、最近の彼女は寂しそうな表情を浮かべることが多くなっていた。


 それがドメーニカが姿を消したことに関係あるかどうかは分からないが——その時、ふと気づく。



 なぜ俺は、少しドメーニカがいなくなっただけでここまで焦っているのだろう。


 簡単だ。ドメーニカは今まで、ずっと俺のそばに寄り添っていてくれたからだ。


 以前、ドメーニカを励ます為に、こんなことを言った記憶がある。



 ——『ああ、ドメーニカ。俺たちはずっと、一緒だ』



 今思えば、なんて傲慢な詭弁を口にしていたのだろう。



 なぜなら、彼女にずっと一緒にいて貰っていたのは——




 俺の方だったのだから。





 アルフレードが手招きをする。それを見たファウスティは逸る気持を抑え、彼の元へと向かった。


 彼はファウスティを促し、部屋の外へと出て行く。


 そして声を潜め、こう告げた。


「……ファウス。テラスでドメーニカとヘクトールが、一緒にいたのを見た者がいる」


「……ヘクトール……だって?」


 魔導師ヘクトール。六年間、ファウスティたちの魔物退治に付き添ってくれた人物。ドメーニカが恐れている人物。彼がなぜ——。


 困惑しながらも、知っている人物の名が出て少し安堵するファウスティ。


 だが、その彼とは対象的に——アルフレードは顔を歪めていた。


「……どうしたんだ、アルフ」


「……いや。今、城の者にヘクトールの居そうな場所を捜させている。少し待っていてくれ——」




 ——十分後。


 戻ってきた者たちの報告を聞いたアルフレードは、唇を強く噛んだ。


 その報告を隣で聞いていたファウスティは、呻くようにつぶやいた。


「……どういうことだ。会場にも研究室にも書庫にも彼の部屋にもいない。城の外へ出た様子もないだなんて……ヘクトールはいったい、どこへ行ったんだ?」


「……こうなったら、人の気配のある場所を全てあたるしかないね。今、探ってみる」


 そう言うとアルフレードは床に片手をつき、言の葉を紡ぎ始めた。


『探知魔法』か——ファウスティは直感する。


 確かその魔法は、朧げながら人や魔物のいる場所を感じとれるはずだ。これである程度、目星がつけられれば——。


 やがて言の葉は、紡がれた。


「——『気配を探る魔法』」


 魔法の効果が広がっていくのが感じ取れる。そしてゆっくりと立ち上がったアルフレードは——


 ——茫然とした様子で、震える声を上げた。



「……バカな……なんでこの城に、地下が、ある……?」



「……なんだって?」


 ファウスティの知る限り、この城に地下は無いはずだ。


 アルフレードはもはや焦燥を隠そうともせず、ファウスティを促した。


「嫌な予感がする。急ぐぞ、ファウス。地下に人のいる気配がする、ついて来てくれ!」





 アルフレードのあとをついていくファウスティ。道すがらアルフレードは、ヘクトールという人物について語った。


「ヘクトール……彼は、ドメーニカを戦争の道具に使おうと、度々言っていたんだ」


「馬鹿な!」


 ファウスティの怒声が響く。あの少女を、戦争の道具にだって? そんなこと、許されるはずがない。


「……彼がどこまで本気だったのか、本心は分からない。しかし、もし彼がドメーニカを連れ出したんだとすると……」


 呼吸が苦しくなる。あの少女の手は、絶対に汚させてなるものか。


「アルフ。ドメーニカを彼が連れ出したとして、一体、何が目的なんだ?」


「分からない。分からないけど——」


 アルフレードは思い返す。彼の性格、そして性質を。


「——ドメーニカの力を『実験』したいんだろうね。さあ、着いたぞ。仮に僕がひっそりと地下に降りる場所を作るとしたら、構造上、ここしかない」



 この城は、建築家であるアルフレードが図面を引いた。


 その中で唯一、第三者が手を入れられるとしたらこの場所しかない。


 二人はこの城の一階にある『書庫』の中へと入っていった。



「……恐らくは、この壁だな。ファウス、手伝ってくれ」


 ファウスティはアルフレードと共に壁を調べる。不安に潰されそうな気持ちを必死に押さえつけ、注意深く観察していると——。


「……おい、アルフ。この部分、おかしくないか?」


 それは壁の模様に紛れた不自然な継ぎ目。アルフレードは頷き、その部分を押し込んだ。


 すると——扉ほどの大きさの壁の部分が押し込まれ、その奥には地下へと降りる階段が現れたのだった。


「……急ぐぞ、ファウス」


「……ああ」


 こんな仕掛けを、アルフレードの預かり知らない所で作っているのだ、もはや彼は『危険』な存在だと断定していいだろう。


(……ドメーニカ……無事でいてくれ……)


 ファウスティは祈りながら階段を駆け降りる。


 そして降りた先にその扉は、あった。


 二人は顔を見合わせて、その扉を開ける。


 そこには——。




「おや。よくここが分かったね、アルフレード」


 聞こえてくるのは、ヘクトールの声。


 彼は無表情でこちらを見る。


 その光景を見たファウスティは——



「……何を……何をやっている、ヘクトール……」




 ——頭が沸騰するかのように熱くなる。



   身体が怒りに震える。



   目の前の光景が赤く染まる——。




 彼は、怒りに身を任せ、咆哮した。




「——お前は何をやっているんだぁっ、ヘクトールッ!!」




 目の前には椅子に縛り付けられたドメーニカ。


 彼女は虚ろな目で、身体を痙攣させている。


 身につけた純白のドレスは、ドス黒い血に染まっている。




 そこには、頭部を切り開かれたドメーニカ。


 そして、その彼女の脳を捏ね回している、ヘクトールの姿があったのだった。



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