13 ヘクトール






「……ヘクトール?」


 ドメーニカは肩をビクッと震わす。


 ヘクトール——この六年間、ファウスティとドメーニカの魔物退治に付き添っていた人物だ。


 そして、ドメーニカが本能で『怖い』と感じている人物——。


 警戒する様子を見せるドメーニカに、ヘクトールは優しい笑顔を浮かべ語りかけてきた。


「その人形は確か、サーバトだったかな?」


「……うん。今日は土曜日だからサーバト。覚えててくれたんだね」


 彼女はファウスティから貰った人形に名前をつけていた。それはイタリア語で月曜日から土曜日の名前。


 その人形をドメーニカは、曜日に合わせて一緒に連れ歩くようになっていた。


「もちろんだとも。君たちとは何年も、一緒にいるからね」


 ヘクトールは人形を眺める。その顔に笑顔を浮かべて。


 ドメーニカは息を吐き、手すりにもたれかかった。


「ありがと。それで、なんのご用?」


「いや、君が何か悩み事を抱えているようだったからね」


 相変わらず笑顔を浮かべて話すヘクトールを見て、ドメーニカは内心、ため息をついた。


(……ヘクトールには気づかれてたんだ。ファウスにはバレないようにしなきゃ)


「……ううん、なんでもないよ。悩み事なんて——」


「——その身体のことかな?」


 ドメーニカの言葉を遮り放たれるヘクトールの言葉。


 その核心をつく言葉に、ドメーニカは動揺してしまった。


「か、身体がなに?」


「……ドメーニカ、君は歳をとらない。それに——」


 ヘクトールは顔を寄せ、小声で囁いた。



「——君は怪我をしても、すぐに治ってしまう。そうなんだろ?」



「……っ!……なんで……」


 あからさまに狼狽えるドメーニカ。ヘクトールは屈んで、少女の目を覗き込む。


「なに、六年も付き添っていたんだ。君はファウスティにバレないよう隠していたみたいだが、そのおかげで私には見えていたのさ」


 そうだ。魔物退治中、怪我や火傷を負ったことは一度や二度ではない。


 その度にドメーニカは、ファウスティにバレないよう彼に背を向けたのだが——ヘクトールに見られていたとは。


「……お願い、ファウスには内緒に……!」


「ああ、もちろんだとも。その代わりといってはなんだが——」


 ヘクトールはとびきりの優しい笑顔をその顔に浮かべ、続けた。


「——君の悩み、聞かせてくれないか? もしかしたら、力になれるかも知れないぞ?」




 ——やがてドメーニカはポツリポツリと語り始める。その身に起きた異変を、涙を零しながら。


 やがて全てを聞き終えたヘクトールは、感心したように頷いた。


「なるほど。眠くならない、お腹が空かない、歳をとらない、身体が再生する——」


 ヘクトールは口端を上げ、言い放った。



「——まるで化け物だな」



「……!!」


 ドメーニカの顔が、ショックで青ざめる。ヘクトールは少女の様子など気にすることなく、容赦なく続けた。


「お前の持っている人形と同じだ。このことを知ったら、ファウスティはお前のことを嫌いになるだろうな」


「……そんな……そんなあっ……!」


 ファウスティの顔が頭に浮かび、ぽろぽろと涙が溢れ出す。もはやドメーニカは立って居られず、その場にしゃがみ込んでしまった。



「——ただし、だ」



 先ほどまでとは一転して、ヘクトールは優しい口調で語りかけた。ドメーニカは嗚咽を漏らしながらも、顔を上げる。


 ヘクトールは目を細めて少女を見た。


「ドメーニカ。私なら君を、元の身体に戻せる」


 その言葉を聞き、ドメーニカは目を見開いた。


「……ほんと?」


「ああ、もちろんだとも。そうすれば君は、ファウスティとずっと一緒にいられる。何年かすれば、大人にだってなれるぞ?」


「……うそ……ほんとに……?」


「当たり前じゃないか。さあ、ドメーニカ、立ち上がるんだ。ついて来なさい。明日には君は、普通の身体に戻れる」


 ドメーニカはすがるような目で、フラフラと立ち上がる。



 ——もし……もしも元の身体に戻れたら……ファウスとずっと一緒に……結婚だって……。



「さあ、こっちだ。来なさい」


 ヘクトールは少女を促し、歩き出す。彼はドメーニカがついて来ているのを確認し、前を向いた。




 テラスから、二人の人影が消えた。


 二人は歩き出す、それぞれの思惑を抱えて。





 そして少女を先導するその男は——堪えきれずに、ほくそ笑むのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る