スノードーム

功琉偉つばさ @WGS所属

スノードーム

 純白の雪が降る町から音が消えていった。僕と君だけを包み込むように雪が舞い、音がしない静かな世界に二人で閉じ込められた。


 ここはどこだろうか。いつもの日常からかけ離れた世界のようだ。ああ、ここはスノードームの中なんだな。何も音が聞こえないと思った矢先、君の声が僕に届いた。


◇◆◇


 朝、窓の外を見ると雪が降っていた。空から送られるその白いふわふわのものは一瞬のうちに街を白に染めていった。


 寒くて外に出たくはないが、今日も学校に行くために頑張って準備をする。


 家の外に出ると息が白かった。一歩を踏み出すとジャリッといった雪を踏みしめる音があたりに響いた。


 それだけで冬が来たのだと感じる。毎年見るている同じ景色なはずなのに、この感動が色褪せることはない。


 白に染まっていつもと違う、いつもと同じ道を辿って学校へと向かう。電車から見える景色も変わっていて世界はこんな一晩のうちに変わるものなのだなぁなどと感慨深くなる。


 電車に揺られて三〇分。僕は学校に着いた。


 教室に入ると雪の話題で持ちきりだ。


「ついに雪が降ったね〜」

「今年って例年より降るの早いんじゃない? 」

「そういえば初雪っていつだっけ」


 そんな話が聞こえてくる。


 僕はストーブに近い窓側の一番うしろの席に一人、座ってその光景を眺めていた。朝の教室は活気に満ち溢れている。でも、あと数十分もしたらみんな生気がなくなってくるのだから面白い。

 

 この時期になると金属製のゴツいストーブがカンカンなりながら熱くなっている。間違って触ってしまったら火傷をしそうな熱さだ。でも、ストーブが付いていないと凍えるように寒くなる。


 このストーブの辞書に『適温』という文字はないらしい。


◇◆◇


「ねえねえ、冬期講習終わったあとみんなでご飯でも食べに行かない? 」


 長い一日が終わろうとしているとき、帰りのショートホームルームの前に、クラスの陽キャ部類の女子がみんなに声をかけていた。


「もう、冬期講習なんて言葉出さないでよ」

「おお、いいじゃん! 」

「どこ行く? 」

「そっか〜もうそんな時期か〜」

「気が早くない? まだ十二月にもなってないよ」


 クラスは大盛りあがりになる。僕はといえばさっさと変える準備をしていた。


「だって〜四〇人も入れる店なんかすぐに予約埋まっちゃうもん、今から準備しなきゃね! 」


 そして着々と準備がされていた。なんだかラインで投票なんかも作られ、店が決まっていった。こういうときの高校生のノリと行動力はすごいと思った。


 僕は別にいいかなと思っていたが、参加するかしないかの投票の参加するのところにある人の名前があったから行くことにした。


 ある人とは、僕が片思いを寄せている人だ。このことは誰にも公言していない。それにその子とはあまり話したこともない。でも、いつも眺めているその後姿を僕は好きになってしまっていた。


 夢や理想の類に含められたこの恋は僕の心の奥底にしっかりと隠されていた。


◇◆◇


 何気ない毎日が過ぎさっていき、雪も深く積もってきた。道路には雪山ができ、クリスマスの飾りなんかもどんどんされていた。


 学校も冬休みに入り、学校の冬期講習が始まっていた。


「冬期講習なんて本当にめんどくさいなぁ」

「冬休みのはずなのにね。五日間も・・・・・・普通の五時間授業と変わんないじゃん」


 そんなことを友達とはなす。


「まあ、最終日はみんなでメシ行くんだろ! 楽しみだなぁ」


 僕自身、賑やかなところは少し苦手なのだが、せっかくのイベントだし楽しみにしていた。


「頑張ろう! 」


 意外と、目的とかがあると時間って結構早く過ぎていくものだ。そして、今日も君の後ろ姿を見ながら授業を受けていた。


◇◆◇


 そして冬期講習最終日、この日はクリスマスイブだ。なんでこんな日まで冬期講習があるのか意味不明だが、最終日だということを喜んでおく。


「今日の六時駅前で集合でしょ」

「そうだよ〜」

「楽しみ! 」

「早く授業終わらないかなぁ」

「時間までなんかしない? 」


 などと、冬期講習最終日の今日はいつも以上にみんな元気だ。


 クリスマス。それだけでなんでみんな嬉しくなるのだろうか。楽しいことという元気の薬は本当に大事だ。


 そして長い冬期講習が終わるとみんな急いで家に帰っていった。女子の大半はメイクをしたり、なんかいい洋服を着たりしてくるのだそう。


 僕はわざわざ電車に乗って家に帰る必要もないので待ち合わせ場所の近くでウロウロしていた。


◇◆◇


 約束の一時間前、僕はついにやることがなくなって待ち合わせ場所でスマホを見ていた。


「あ〜あ、あと一時間もあるのか・・・・・・」


 空を見上げて見ると雪が降ってきていた。駅ではクリスマスソングが流れている。周りの騒音に僕の体が溶け込んでいく。真っ白な世界に僕はひとり取り残されていく。


 周りの喧騒が僕を包む中、ふと気がつくと周りから音が消えていた。スマホから顔を上げて見ると君がいた。僕が片思いをしている君がいた。


「海斗君、早いね」

源川みなかわさんだって・・・・・・」


 海斗とは僕のこと、源川さんとは・・・・・・言わなくてもわかるだろうが、僕が好きな人の名前だ。源川雪乃。この人に僕は恋をしている。


「なにしてたの? 」

「いや、早くつきすぎちゃって・・・・・・」

「早くってまだ一時間もあるよ」

「そういう源川さんだって・・・・・・」

「もう、そういう事はいいの。というか、よくこんな寒いところでずっと立っていられるね。寒いから中にはいらない? 」

「中って言ってもどこに? 」

「じゃあ、あそこにスタバがあるから行こう」


 僕は源川さんに連れられてスタバに入った。そして僕はホットティー、源川さんはクリスマスの期間限定のやつを頼んだ。


 温かい飲み物を受け取ると自分がどれだけ冷えていたのかがよくわかった。かじかんできていた手に飲み物の熱が刺さる。じんじんとするこの手がクリスマスのカフェという場違いに思えるような世界に存在感をもたらしてくれる。


 そう、今日はクリスマスイブなんだ。今日が普通の日だったらなんてことはない。


 クリスマスなんかなかったらいつも通り、この気持ちは心の奥底にしまって置けるんだけど。


 今日は聖なる夜だから。世界中に雪の魔法が溢れているから。この気持ちが変に暴れ出してきている。


 眼の前に君がいる。こんな素晴らしい世界に僕はいていいのだろうか。


「どうしたの? 」


 僕は少しぼーっとしていたみたいだ。


「ん? なんでもないよ? 」

「うそだ〜 絶対なんかあったでしょ。ほら、話してご覧」


 眼の前に座ってこちらを覗き込んでくる君の瞳はイルミネーションのように輝いていて思わず目を逸らしてしまった。


「もう、どうしたのさ〜 折角のクリスマスなのに」

「あれ? 今何時? 」


 強引に話題をそらす。今、言ってしまえばよかったのに。でもそんな勇気は持っていなかった。


「今? 五時半だよ。まだあるね」

「あと三十分か〜」

「じゃあイルミネーションでも見に行かない? 」

「いいけど・・・・・・ イルミネーションなんてあったっけ」

「じゃあ付いてきて! 」


 そうして僕は飲みかけのホットティーを持ったまま外に連れて行かれた。このときから何かがおかしかったけどその時の僕はそれに気づいていなかった。


◇◆◇


 外はまだ雪が降っていた。降っている雪がイルミネーションの光を反射して空から星が降ってきているようだった。ここでも周りにカップルのような人たちがいっぱいいて場違いなような気がした。


「きれいだね」

「うん」


 このあまりにも完璧な世界を目の当たりにして僕はただそう答えることしかできなかった。


「ねえ、海斗」

「何? 」


 僕はまだ現実離れした光景に目を奪われていた。するといきなり周りから音が消えていった。隣を見ると君が僕の顔を見ていた。僕と君だけを包み込むように雪が舞い、音がしない静かな世界に二人で閉じ込められた。


 ああ、ここはスノードームの中なんだ。


 スノードームをひっくり返したかのように空を舞う雪たち。その一つ一つがイルミネーションで輝いている。周りにはこの場所に似合ったオブジェがあった。


 何も音が聞こえないと思った矢先、君の声が僕に届いた。


「海斗す・・・・・・」

「待った!! 」

「えっ!? 」

「それは僕に言わせて」

 

 君が言いたいことが僕と同じという確信はなかった。でも、今じゃなきゃいけない気がした。


「雪乃。好きです。ずっと好きでした」

「えっ・・・・・・」


 もういいや。勘違いだったらクリスマスのせいにしよう。聖なる魔法にかけられてしまったって。


「・・・・・・」


 僕と君が閉じ込められたスノードームの中に静寂という騒音がやってきた。君は身につけていたマフラーで自分の顔を隠して黙ったままだった。


「ごめ・・・・・・」

「私も海斗君のこと、前から好きだったよ」

「じゃあ」

「うん」


 するといきなり音がよみがえってきた。一気に現実に引き戻されたような気がして恥ずかしくなってしまった。君の顔も真っ赤になっていた。


「海斗君。顔真っ赤だよ。照れてるの? 」

「これは霜焼けだよ! 」

「源川さんだって真っ赤じゃん」

「だからこれも霜焼けなの! 」


 そうやり取りしていたらなんだかおかしくなってきて二人で笑っていた。


「そうだ! 今何時だ!? 」

「あっもう六時になっちゃう! 行こう! 」


 そう言って二人で待ち合わせの場所へと向かった。手を繋いで二人で。


 さっきまでいたあの世界は飾られたスノードームのようにきらめいていた。

 

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