武藤
21:00
S市、成都病院のデスク。
キーボードを叩く音のみが響く。
机の上に、誰が買ったのかわからない観葉植物が置かれており、装飾と呼べそうなものはそれだけである。
成都病院の内科医、江崎はM東高校で起きている事象の解明を迫られていた。
最初の仕事は事象の命名であった。
さすがに「M東校だぶだぶ病」だと倫理的にどうだろうという話になったのだ。
それでこの事象につけられた名前は、
『IDS』、
正確にはIdiopathic Dyspnea Syndrome 突発性呼吸困難症候群となったが、院内で使う人間はまずいない。
皆口を揃えて、「M東校病」「だぶだぶ病」などと呼んでいる。
現在、発症者は2名。
情報収集フェーズの段階でわかっていることは、
青木美樹、櫻井美穂 の共通点は、女性であること。M東校に通っていること。血液型がA0型であることである。
校内の環境調査、特に発症者が触れたものの調査は、机から流しから、手洗い場まで入念に調査されたが、特異点として挙げられるものはなかった。
目撃者は数多くいるが、聴取を行なっても要領を得ない解答ばかりで、決め手となる手がかりはなかった。
仮説立証フェーズにおいては、
ウイルス、細菌が病理解剖で発見されなかったために、
心理的伝播、集団ヒステリーに近い現象、
中枢神経に異常が発生した現象、
または、神経毒、何かしらの化学物質が影響したとされる現象が挙げられる。
いずれにしても過去に例を見ない事象で感染系統も不明瞭な部分が多いため、未知の事象に挑むことになる。
櫻井の遺族から合意を得て、2週間、遺体を病院側で所持することが許された。
現在、江崎を筆頭とした特別チームが組まれ、脳、神経系等を中心に精密検査が行われているが、
ウイルスの発見は愚か、櫻井は完璧なまでの健常者で、虫歯の一本すら見つけられていない。
チームは追加分析として、特殊染色の調査、免疫染色の調査、
細胞一つ一つの微細構造の精密検査を行う予定である。
同刻……
「私は反対です」
モニター上に、六人分の顔がある。
女性と男性の比率は5:1で皆、M東高校の生徒である。
学級閉鎖によって学校で会うことができなくなり、
M東高校、オカルト部が集まれるのは
Zoomによる会議の上となった。
「今、この事件を取り上げるなんて不謹慎すぎます」
M東高校オカルト部副部長、城戸は目の曇りの一切なく、画面に向けて意思を伝えた。
「真実を知りたくないか?」
オカルト部部長、武藤直義は、視線をどこに向けるでもなく一点を見つめ、アルカイックスマイルを浮かべている。
「知りたいです。でもこれは倫理の問題です。
人が二人、亡くなってるんですよ?それもそのうちの一人は武藤先輩のクラスメイトじゃないですか」
「倫理の問題だからこその話をしてるんだ僕は。
今頃医者どもは必死になって『アレ』の原因を探っているだろうが、何も見つからないだろう。時間の無駄だ」
「先輩は、超常現象だと確信してるわけですか」
オカルト部部員の根元が口を開いた。メガネの奥の視線は泳いでいる。
「……僕がこの高校に入ったのは、ここでオカルト部を設立するためだ。
僕には、いつかこんな日が来ることをわかっていた」
「わかっていた?」
「この学校の過去を辿ってみたことはあるか?」
武藤以外の五人は黙って下を向いた。
「この学校は、学校になる前は何だったか、知ってる者はいるか?
刑務所だ。
警官の中にイカれた奴がいたらしくてな。これが囚人を痛ぶることが趣味だったそうだ。
新入りが入ってくると、まず3時間、硬い床に正座をさせる。もちろんそんな規則はない。そいつが作ったルールだ。
正座をしている間は常に笑ってないといけなかったそうだ。もし、笑顔を崩したら、硬いブーツで腹を蹴られる。
そして3時間後に待っているのは、何の突拍子もなく理不尽に、ブーツで顔面を蹴られるんだそうだな。そして鼻を折られる。
その警官は、人の曲がった鼻を見るのが何よりも好きだったそうだ。
刑務所ができる前は、戦時中で、収容所だったって話だ。これは有名な話だな。
戦争の末期で、余裕も資源もない日本に管理された囚人が数百といた。
当然医者もいないから、床から便所からうじ虫が湧き放題で、飯もろくに食わせてもらえないで、
やつれて赤痢で死んでいくやつが山ほどいたそうだ」
武藤のエンジンがかかると、他の女子たちは不快感を露骨に顔に出した。
それでも武藤は止まらなかった。
「さらにその前は建物ですらなかった。ここは、『関』と呼ばれていた場所で、相州の方に向かう行商人の検問所みたいな場所だったらしい。
噂だとこの辺りでは犯罪が多発していたために、一人でくる女、見窄らしい格好の男などが通ろうとしたときは理由もなく縛り上げて、
打首にしたそうなんだ。学校の近くに流れている川まで首が転がっていったって話もある。
どうだい。自分がどれだけ曰く付きの学校に通っていたかよくわかったかい。」
「つまり先輩は、この間の事件は祟りによるものだったと考えてるわけですか。」
これまで黙っていた、内藤というオカルト部員が落ち着いた口調で語りかけた。その言葉にはどことなく、武藤を崇拝している雰囲気すら感じる。
「じゃあ、じゃあ、『ダブ・ダブ・ダブ……』って、あの言葉は何なんですか?」
怖さのあまり、クッションを抱えている、大倉というオカルト部員が話に食いついてきた。
「……大倉には『ダブ・ダブ……』って聞こえたのか?」
武藤は、まるで用意してきた言葉のように言い放った。
「違うんですか?」
「俺には、『陀仏・陀仏』って言ってるように感じたけどな」
「それ、私も思いました」
内藤は目を輝かせた。
「とは言え、嫌がる人間を無理やり参加させる趣味はないよ。
城戸君が不謹慎だというなら、『僕達』は強制しない。」
「じゃあ、本当にやるんですか?」
「うん。オカルト部は、超常現象の観点から、この事件を調査したいと思う」
M東高校の悲劇 @SBTmoya
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