第3話 炎狼の鎧兜

『なにあれ?』

「知らん。なにあれ、怖」

『お前が知らなきゃ誰もわかんないだろ!?』

『とりあえず兜なんだから被って見ろよ。お前の首から上空き家なんだからよ』

「誰の頭が事故物件だテメェ」

『そこまでは言ってねぇけど!?』

『まぁでも事故物件みたいなもんと言えばそうだが』

『それに買い手がつくなら万々歳だろ。ほら行け』

「えぇ……」


 気が進まない中、リスナーに背中を突き飛ばされるようにして、宙に浮かぶ狼の鎧兜に触れる。職業柄、武器防具には人並み以上に触れて来た。感触は普通の鎧兜と変わらない。重さも通常の範囲内だ。

 施された狼の意匠は、当たり前だがヘルハルを彷彿とさせる。


「ホントに被んなきゃダメか?」

『さっさとしろ』

「はい」


 意を決して狼の鎧兜を被る。

 瞬間、全身が炎に包まれた。

 先ほどのような蒼白い炎じゃない。

 ヘルハルの真っ赤な炎。

 燃え上がり、通路の天井を焦がすほど勢い付く。

 だが、不思議とそれは熱くなく、寧ろ心地よいとすら思えてしまう。

 この不可思議な現象に戸惑っていると、燃え尽きたように火炎が掻き消える。


「なんだったんだ、今の」

『急に燃えるからびっくりした』

『死んだかと思ったよね』

『焼死体にランクアップするところだったな』

「アップなのか? それ」

『あれ? その鎧、そんなデザインだったか?』

「デザイン?」


 視線を自分の鎧に落としてみると、たしかに施された意匠が異なっていた。

 西洋鎧と聞いて誰もが思い浮かぶようなデザインから一転、獣の要素を取り込んだような荒々しいものに変貌している。

 原因は一つしかない。

 ヘルハルの鎧兜を被ったからだ。


『その鎧兜に胴鎧のほうが合わせた感じ?』

「みたいだな。頭に被ったもんにデザインが統一されるのか? デュラハンって」

『ヘルハルの能力が使えるようになってたりして』

「まさかそんな」


 そう思いつつも、試して見たくなって通路の奥へと手を伸ばす。

 もしヘルハルの能力が使えるなら、それは大盾を出した時と同じ要領だろう。

 と、能力の発動を意識した、その瞬間。

 翳した手の平から火炎が噴き出し、ダンジョンの暗がりを消し飛ばした。


「……マジぃ?」

『え、デュラハンってこういう魔物だったの?』

『ホントに火ィ吹くじゃん』

『妖怪骸骨被り』

『冗談だったんだが……』

『頭挿げ替えたらパワーアップすんなら尚更元の顔いらねーじゃん』

「いる!」


 でも、デュラハンにこんな能力があるとは知らなかった。

 魔物の生首を鎧兜に変え、それを被ることによって能力を得られる。

 それにこれを被った時から、すこしだけ力が増したような気さえするくらいだ。


「……もう幾つかこれと同じことをすれば耳長に勝てる、か?」

『行けると思う』

『いいじゃん、パワーアップしまくればいつかは勝てるようになんだろ』

『パワーアップの途中で死ななきゃな』

『もう死んでるんですけどね、ぎゃははは!』

「お前の名前憶えたからな」


 それはともかく。


「うっすらとだが道筋が見えて来たな」


 デュラハンになってしまってどうするべきか迷っていたが、とりあえず今は自分の首を取り返すことに専念しよう。

 その先のことは、その時になってから考えればいいや。


『お、同接一万超えてんぞ! おい!』

「は!? いつの間に!? さっきまで三桁に行くか行かないかだったろ」

『魔物と戦ってる間に爆増してたぞ。今も増えてる』

『そりゃ人類史上初のダンジョン配信だからな』

『みんな魔物とか見たさにこっち来てるな』

『なんと言っても配信してんのがデュラハンだし』

『話題性の塊だわ、ほんと』


 そりゃそうか。

 今までダンジョンで配信しようなんてハンターは当然いなかった。

 一般人は立ち入り禁止だし、その危険性からロケも不可能で公共の電波にすら乗らない。

 出回っているのは精々写真くらいのもの。

 一般人は未だ誰も、動く魔物を見たことがなかった。

 降って湧いた機会に群がるのも頷ける。


「あれ、これ不味くね?」


 同時接続数一万。まだ増え続けている。

 この調子で行けば十万二十万も遠くないかも。

 それだけ話題になれば、当然ハンター組合も俺の存在を知るところとなる。

 一気に俺の居場所が割れることになるし、それに――


「BANされるかも」


 ハンター組合がその気になれば俺のアカウントなんて簡単に利用停止にできる。

 もっとじっくり時間を掛けて自分の無害をアピールする算段だったが、予想外のバズリ方をしたせいで人が集まり過ぎた。

 このままじゃ終わる。

 だが、俺からはどうしようものない。


『BANされたら俺が抗議してやるよ』

『こんだけ同接稼げてるなら、かなりの人が動くだろ』

『応援してるから頑張れ』

『もしそうなったら任せろ、燃やしてやる』

「それはそれでどうなんだって気もするが……なるようになるか」


 タイムリミットがどれぐらいあるのか知らないが、出来る限り配信を続けるしかない。いくら気を揉んだところで今はそれしか出来ることがないしな。


『それよか次のターゲット決めようぜ』

『火が使えるようになったんだから有利取れる相手にするのが賢明だな』

『するとなんだ? 火に弱い魔物って』

「火が弱点の魔物か」

『大抵の生物が火に弱い件について』

『それはそう』

『まぁでも水を使う魔物とかがいれば、そいつは候補から外れるじゃんか』

「そう言えば、レーシェルって魔物がいたな」

『どんなの?』

「ここから少しした先に森林地帯があって、そこに棲んでる魔物だよ。木を操る能力を持ってるから有利取れるかもってな」

『たしかに』

『なら勝てるな、余裕じゃん』

『でも森林だろ? 火事になるんじゃねぇの?』

「その辺はたしか大丈夫だったはずだ。湿度が高くて薪にも火が付かねぇって先輩ハンターが言ってた」

『なら平気か』

『それじゃ有利取れないのでは?』

『引火しにくいってだけで燃えないわけじゃないだろ』

「標的にするにしろしないにしろ、一度森林地帯を下見しに行くか。ダメそうなら止めればいいし」

『だな』

「よーし、じゃあ行こっか」


 話し相手がいるというのは、精神的に随分と楽になるもんで。

 行き先もこれで決まったことだし、そこまでの道筋もなんとなく土地勘で把握できてる。

 それからもリスナーとの他愛のない話を精神安定剤にしつつダンジョンの通路を歩いていると、ふと視線の先にある暗がりから何者か、人間の叫び声が響く。


『なんだ、今の』

『ハンターか? 悲鳴に聞こえたけど』

『助けに行く?』

『いや、それはリスクが高い』

『下手したら助けに行ったせいで死ぬかも』

『どうすんだ? 逃げたほうがいいんじゃ』

『お前いまデュラハンなんだぞ、助けようとした奴に攻撃されるのは嫌だろ』

「……いや、助けにいく」

『なんだ? 好感度稼ぎか?』

「なんとでも言ってろ。こんなになっちまったけど、俺はまだハンターのつもりでいるんだよ」


 止めていた足を動かす。


「俺も駆け出しの頃はよく先輩ハンターに助けられたんだ。なら俺だって何かしなくっちゃな」

『その志は立派だけど、相手には伝わらないぞ』

「それでもいいさ。攻撃されたってな。結局のところ、俺がこうしなきゃ気が済まないってだけの話だ」


 通路を駆け、暗がりを抜け、声がしたほうへ。

 そうして辿り着いたのは通路にぽっかりとあいた広場。

 そこにいたのは――


「耳長!?」


 耳の長い鎧兜を被った人型の魔物。

 その手には先ほど悲鳴を上げたであろう生首の髪が鷲掴みにされていた。

 まだ早い。まだ無理だ。今の俺じゃ絶対に勝てない。

 でも、その手にある名前も知らない誰かの首を見てしまっては逃げるという選択肢も選べなかった。

 助けは間に合わなかったが同じ境遇の者として、せめてあの首だけでも取り返してやりたい。

 あの首を遺族の元に返してやれるのは俺だけだ。

 敵わなくても、そのくらいなら。


「覚悟を決めるか」


 今ここで勝てないとわかっていても耳長と戦う。

 俺だって何かしなくっちゃな。

 

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