首を刎ねられてデュラハンに転生したハンター、ダンジョン配信の第一人者になって大バズリする ~アカBANに怯えながら魔物の頭蓋でパワーアップ~

黒井カラス

第1話 デュラハン

 耳長。そう耳長だ。

 奴の噂を聞いたのは、たしか半月前くらいの夜だった。

 やっと酒が飲める年になって、以前からの付き合いで色々と面倒を見てくれた先輩ハンターに居酒屋だのバーだのに連れ回されていた時のことだ。

 首狩りの魔物、耳長について半ば脅かされるみたいに聞かされたのは。

 耳の長い鎧兜と装備一式を身につけた人型の魔物。だから耳長。

 その剣捌きはさながら騎士のように流麗で鋭くて、たちまちに首を刎ねられてしまうんだとか。それだけならまだいい。よくはないが、とにかく耳長は刎ねた首を持ち帰るらしい。

 首を狩り、持ち帰り、コレクションする。

 最初は酔っ払いの妄言かとも思った。新人ハンターを脅かすための戯れ言。

 だが違った。

 大きな間違いだ。

 奴は、耳長は、たしかにいるのだと思い知らされたのは、なんてことのない何時もの日常だった。

 いつも通りにハンターとしての役目を果たすため、ダンジョンに潜ったすぐのこと。奴は俺の目の前に現れた。


「あ」


 数合と打ち合うこと敵わず、その剣技は俺の首を捕らえて過ぎる。

 視界は回転し、喉元が熱くなり、血飛沫が舞う。

 たった今、俺は首を刎ねられた。

 他でもない耳長に。


§


 気がつくと体が酷く重く感じて立ち上がるのにやたらと時間が掛かってしまった。

 前後の記憶が曖昧だ。なにしてたんだっけ?

 ぼーっとした頭で考えていると、ようやく視界に何が映っているのかを頭が理解し始める。

 凸凹とした岩肌の洞窟。それが宙に浮いた燭台の明かりで照らし出されている。


「そうだ。ダンジョンに来てて、それで……」


 それで? どうなったんだっけ?

 俺はこんなところで何してる?

 いや、決まってる。

 ダンジョンに来てるんだ、目的は未発見の魔導具とか眠ってる資源の回収、そして魔物退治だ。

 問題はなんでこんなところで無防備に寝てたかってこと。目覚める前に魔物に見付かっていたら今頃腹の中だ。そんなバカな真似を正常な判断でするわけないんだが。

 働かない頭で現状を飲み込もうとしていると、ふと爪先で何かを軽く蹴飛ばした。


「やべ、スマホ。割れてないだろうな」


 いつの間にか落としていたスマホに慌てて手を伸ばし、それをすぐに止める。

 自分の右手が、身につけた憶えのない黒い手甲を装備していたからだ。


「あ? 俺、いつの間にこんなもん」


 傷一つない真新しい新品で、しかも上等なものだ。しかもこの手甲だけじゃない。見れば足の先から全身に至るまで、黒い西洋鎧一式を着込んでいた。

 自分で装備した記憶は当然ない。

 何者かが意識のない俺に着せたとしか考えられないが、そんな酔狂なことをするハンターに心当たりが全くない。それ以前になんのためにこんなことを?

 その疑問の答えは、水底から泡が浮上するように蘇った記憶の中にあった。

 そうだ。

 俺は耳長と遭遇して、それで手も足も出せないまま首を。


「嘘……だろ?」


 背筋が凍る思いがした。

 まさかそんな訳はないと、誰かに否定して欲しかったが、この場には誰もいない。

 自分の顔に触れようと恐る恐る震える指を伸ばす。

 その指先はそこにあるべきものに触れることが出来ずに素通りした。

 今の俺には顔がない。


「なんだよ、これ……俺、どうなっちまったんだッ!?」


 ない喉を震わせて吐き出した言葉でも、ダンジョンから答えが返ってくるはずない。

 そうとはわかっていても、胸の内から込み上げる感情の爆発を、声にしないわけにはいかなかった。


「まさか……俺は……」


 首のない西洋鎧。

 心当たりが一つだけある。


「デュラハンに」


 首無し騎士。

 アンデッド。


「はっ、ははっ。冗談じゃないぞ」


 聞いたことがある。

 幾つか条件が揃うとダンジョンで死んだ人間はアンデッドになると。

 今までにも死んだハンターがゾンビになったりマミーになったりって話は聞いたことがある。だが、死体のアンデッド化が確認されたのはダンジョンが日本に現れてからこの五十年でたったの五件しかない。

 俺が六件目だって言うのか。


「どうする……どうするどうする」


 口を突いて出る独り言がダンジョンの暗がりに吸い込まれて消えて行く。

 かと思えば、それに返事をするように、魔物の雄叫びが帰ってくる。


「そうだ。身を守らないと」


 ここが危険極まりないダンジョンだということを、すっかりと忘れていた。

 魔物同士の共食いなんて当たり前にある弱肉強食の世界なんだ。

 俺も、アンデッドだからと言って捕食対象にならないとは限らない。


「武器……武器は」


 改めて身に纏う鎧に目を落とすと、鞭と剣が装備されていた。


「これがあるなら、とりあえずは大丈夫か」


 この辺りの魔物は俺でも――生前の俺でも楽に勝てる相手ばかり。

 体の動かし方に違和感はないし、鎧を装備している分いつも通りとは行かないが、問題なく動けるはず。

 ほっと安堵して、それから湧き出てくるのは自嘲の感情だった。


「もう死んでるのにな」


 それでも意識があって、肉体があって、動いているうちは生きなきゃならない。


「あれ、そう言えば俺の頭は……」


 周囲をよく見渡してみても、俺の頭らしきものがどこにも見当たらない。


「いや、そうか。あいつって狩った首を持ち帰るんだっけか」


 耳長に刎ねられた首を持って行かれた。

 あいつもまさか俺がデュラハンになって復活してるとは思わないだろうな。


「どうにかして取り返さないと――」


 不意に視界が光に包まれ、顔がないにも関わらず、咄嗟に手で影を作った。

 瞬間、浴びせられる光から身を守るように、空だった右手に身を覆うような大盾が出現する。デュラハンとしての能力が防御本能によって引き出されたのか? とにかく、その事実に驚いていると、盾の向こうから声が飛ぶ。


「デュ、デュラハン!」


 光の正体は同業者――ハンターの魔法だった。

 頭上に浮かぶ燭台の心許ない明かりではなく、自前の魔法で生み出した光球。

 周囲を照らすその側に、四人ほどのハンターがいた。

 かなり若い。

 装備も真新しいし、身構えるまでの動作も硬いように見える。

 まだハンターになって日が浅いみたいだ。


「お、おい。どうすんだ、デュラハンだぞ!」

「デュラハンは強いって聞くよ!」

「に、逃げたほうがいいんじゃ」

「弱気になるな! 俺たちはもうハンターなんだ! デュラハンの一体や二体勝てるに決まってる!」


 ハンターたちの中でも、恐らくはリーダー格の少年が剣を構える。

 それに釣られるようにしてほかの三人もそれぞれ己の得物を手に取った。

 このままじゃ彼らに攻撃される。


「ま、待った」


 そう声を掛けると、怯んだように四人は戸惑う仕草を見せた。


「い、いましゃべったか? あのデュラハン」

「わ、私も聞いた。待ったって」

「デュラハンがしゃべるなんてことあるか? 口はどこだよ!」

「わ、わかんないよ!」


 それは俺にもわからん。


「と、とにかくアンデッドに自我があるわけないんだ。これは俺たちを惑わせる罠だ!」

「そ、そう言えば襲った人の言葉を真似する魔物もいたっけ」

「じゃあ、こいつも僕たちを油断させるために!」


 彼の言葉で緊張が高まり、いつ襲い掛かってくるかわからなくなる。

 ダメだ。逃げよう。

 人間と殺し合いなんてまっぴら御免だ。


「追ってくるな」


 そう言葉を投げて、その場から全速力で逃げる。


「逃げたぞ! 追え!」


 だが、やはりと言うべきか、追い掛けられてしまう。

 魔物退治はハンターの使命。彼らは忠実にハンターの責務を果たそうとしている。

 責められはしないし、それが正しい行いなのはたしかだが、今だけは不真面目になってほしかった。


「待て!」


 後方から飛んでくる魔法の数々を躱しながらダンジョンの通路を滅茶苦茶に駆ける。右へ左へ。分かれ道が現れるたびに、その場の咄嗟な判断で進行方向を決める。

 それが功を奏したのか、繰り出される魔法は次第に少なくなり、ついには飛んで来なくなった。


「なんとか逃げ切れたか」


 数分だか、十数分だか、いつの間にか大盾もどこかに消えたまま走り続け、なんとか無傷で逃げ切りに成功する。

 息は切れていないし、汗も掻かず、疲労感もない。アンデッドの体はどうやら疲れ知らずらしかった。


「はぁ……そうか、ハンターからも」


 ダンジョンから魔物が溢れ出さないよう、ハンターは積極的に魔物を狩る。

 今では俺も狩りの対象だ。

 ハンターと遭遇したら、問答無用で攻撃されてしまう。


「人とは戦いたくない。でも、どうすれば……」


 言葉を投げても攻撃で帰ってくる。

 魔物と対話しようとするハンターなんていない。

 言葉を発しても、その場ではそれが罠だと認識されてしまう。

 でも、ハンター以外の人なら?


「そうだ。配信」


 何ヶ月か前に気まぐれで作ったっきり放置しっぱなしだった動画サイトのアカウントがある。それを使って配信すれば、そのリスナーたちは俺の話を聞いてくれるかも知れない。

 意思疎通が出来るとわかれば、自分が人にとって無害であると訴えられる。

 上手く行けばハンターから狙われずに済むようになるかも知れない。

 配信はスマホ一つで簡単にできるし、バッテリーはハンター仕様で魔力が電気の変わりになってる。なんとかなるはず。


「よし、準備はこれでいい。……やろう」


 一縷の望みを掛けて、配信を開始した。



――――――――――


 

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