第2話 史上初のダンジョン配信

「問題は人が来てくれるかだけど……」


 生配信で同時接続数ゼロなんて当たり前にある世界で、誰にも見て貰えなければ配信をする意味もない。

 しかし、その心配は杞憂に終わった。

 一人二人と数字が増え、十人にまで増える。


「よかった、人が来てくれて」


 十人も来てくれた。


『ダンジョンから配信してるってマジ? 壁しか映ってないが』


 打ち込まれたコメントが、動画サイトにデフォルトで付いている読み上げ機能によって音声になる。


「あぁ、そうだ」

『証拠は?』

「証拠……証拠になるかはわからないけど」


 スマホを壁に立て掛け、自分の姿すべてを画角に納める。


『は?』

『おい、首どこ行った』

『ちょっと待て、なんだお前』

『え、なに? どういうこと?』

「俺が証拠だよ」


 首から上しか移らない画角から全身に移行したことで、言葉ではなく視覚で説明ができる。


「俺はハンターの道本蓮どうもとれん。ついさっきか、ちょっと前に魔物に首を刎ねられたんだ。で、気がついたらこうなってた……デュラハンになってたんだ」

『デュラハンってあの首無しアンデッドの?』

『ダンジョンで死んだらゾンビになるってマジだったのか』

『いやいやいや、そういう設定だろ』

『そういうコンセプトの配信にしてはクオリティーが高すぎないか?』

『背景も本物っぽい』

『なぁ、ちょっと動いてもらえんか?』

「あぁ、指示してくれればその通りに動くよ」

『じゃあ――』


 スマホから流れてくる音声に従って動く。

 ジャンプしてみたり、左右に反復運動してみたり、逆立ちしたり、いろいろと。


『え、マジでデュラハンなの? 本物?』

『この人の居場所がダンジョンかどっかの洞窟なのはマジ。すくなくともグリーンバックって訳じゃなさそう』

『作り物って感じが全然しないのはヤバいな。こういう企画物ってだいたい騙す気あんのかってくらいチープな作りになってるのに』

『たださっき見せてもらった首の断面が黒く靄ってたのは嘘っぽいけどな』

『デュラハンが配信する時代か』

『そもそもなんで配信なんてしようと思ったの?』

「それなんだけど」


 今いるリスナーたちに事情を説明する。

 同時接続数はいつの間にか五十人にまで増えていた。


「当然リスクはある。この配信で冒険者に俺の居場所が割れるかも知れない。それまでになんとか自分が無害だって証明しないといけないんだ」

『まぁ冒険者に襲われたくないわな。生きてた時の自我はあるんだし』

『具体的にはどう無害アピールすんの?』

「……えーっと」

『そこノープランなのかよ!』

『いくら何でも見切り発車が過ぎる』

『まぁこうやって意思疎通ができるって時点で話し合いの余地があるってことだし』

『とりあえず知性があるって認知されれば無闇に襲われたりはしないだろ、多分』

『そんなの関係ねぇ! って冒険者に襲われたらそれまでだけどな』

『これからどうすんの?』

「そうだな……とりあえず、配信は続けるとして。善行を積むとか?」

『ダンジョンでやる善行ってなんだよ』

「落とし物を拾って目立つ場所に置いとく、とか?」

『話のスケールが小学生なんよ』

「そういう積み重ねが後になって効いてくるんだよ、たぶん。あぁ、あと取られた頭を取り返さないとか」

『頭か。そういやデュラハンって自分の頭を小脇に抱えてるもんだけど、ないな』

『どこに行ったかわかる?』

「いや、それがまったく」

『自分の頭なのにわからないのか……』

「なんて言えば良いんだろうな。こう……無線接続が切れちまった感じって言うか」

『というか頭がどっか行ったのに意思は体のほうにあるの謎じゃね?』

『肉体の比率が大きい方に残ってるとか?』

『心臓に魂があるんじゃろ』

『じゃあ頭のほうには何があんだよ。人格の全部が肉体のほうにあるように見えてるけど』

『脳がなけりゃ思考もできないはずだけど、まぁそこはデュラハンだし』

『一説によれば臓器も記憶を保持してるらしい。本当かどうかは知らんが』

「そういう存在だからって言うしか説明つかないな。現状、目も見えてるし、音も聞こえるし、言葉も話せる」

『じゃあもういらないんじゃない? 顔』

「いる!」


 正直なことを言えば無くても困らないのが本当のところだけど、それでも俺の顔だ。一部だ。奪われたままにはしておけない。絶対に耳長から取り返してやる。


『ならその耳長って奴を倒さなきゃだけど、勝てんの? 手も足も出なかったんだろ?』

『デュラハンになってパワーアップでもした?』

「疲れ知らずにはなったけど、正直今のままじゃ勝てる気はしないな。どーしたもんか。一番現実的なのはこっそり盗むことだけど……隠し場所がわかりゃ苦労はしないしなぁ」


 耳長は刈り取った首をコレクションしているらしい。

 その隠し場所さえわかれば忍び込んで取り返す選択肢も生まれるけど、現状この広大なダンジョンで耳長の秘密基地を探し出すのは困難を極める。

 干し草の中の針だ。


『耳長って魔物を尾行するのは?』

「いいね、戦闘も避けられる。でも、尾行がバレたら終わりだ。やるなら万全を期さないと。鎧も脱いだほうが――」


 俺の言葉を遮るように、再び魔物の雄叫びが響く。

 音が大きい。今度はより近い場所から発生している。


「ここを離れたほうが良さそうだな」

『魔物がいるなら見せてくれ』

『見たい見たい』

「だけど、相手がなんなのかさえ」

『魔物見たら全面的にお前のことを信用してやる』

「……わかった」


 耳長に首を刎ねられ、死ねずにアンデッドになり、配信までしている。

 とても戦いに専念出来るような心境じゃあないがしようがない。

 リスナーの要望にもある程度答えなければ離れていってしまう。

 今の同時接続数は三桁が見えている。

 この戦闘が起爆剤になるかも知れない。


「あ、でもアカBANにならないか? 魔物を殺したら」

『あー、どうだろ』

『大丈夫だろ。猪とか鹿の狩猟動画とか山ほどあんべ』

『魚の解体動画とかな』

『あれモザイク掛けるかカットしないと収益剥がされるぞ』

『倫理的な問題があったりなかったりしそうだけど、配信してるのがデュラハンだし今更か』

『収益化なんかしないだろ?』

「まぁ、金が入っても使い道ないしな」

『つーか。この場合、銀行口座とかどうなんてんの? 凍結されるのか?』

「さぁ?」


 戸籍上は死亡扱いになりそうだけど。

 そんな風に考えていると、通路の奥の暗がりで一つの明かりが灯る。

 すこしずつ大きくなるそれの正体は、炎の毛皮を靡かせ、火の息を吐く魔物。

 その姿はまるで狼の形をした火炎だった。


「ヘルハルか」


 通常は群れで狩りをする魔物なんだが、奴は一体だけみたいだ。

 群れから運悪くはぐれたか、オス同士の競争に負けて追い出された個体か。

 一人で狩りをしなければならない都合上、そうした孤立した個体は死にやすい。

 だが逆を言えば、それでもなお生き残っているのは自然淘汰を乗り越えた強個体とも言える。

 この場合は群れで遭遇した時よりも危険度が高くて厄介だ。


『こいつが魔物か』

『ヘルハルっつーのか』

『おお、初めてみた』

『マジでファンタジーやってんな』

『こんなのがマジでいる世界か』

『勝てんのか?』

「このくらいなら楽勝」

『ヒュー!』

『負けたら格好悪いぞ』


 囃し立てられる中、ヘルハルが一歩こちらに近づいた。

 仕切りに壁に立て掛けてあるスマホを気にしている様子だったが、どうやら音が鳴るだけだと理解したようで、意識が完全にこちらだけに向く。

 本当は隙があるうちに攻め込みたかったけど、そうしたらスマホの画角から外れそうでやむなく留まった。

 けど、今なら問題なく攻め込める。


「よく見とけよ」


 ヘルハルから漏れ出る吐息に火炎が混じり、口に含んだそれが勢いよく吐き出された。瞬間的に視界が真っ赤に燃え上がり、先行した熱波が黒の鎧を撫でて過ぎる。

 その火炎を受け止めるのは先ほど若い冒険者に襲われた時に無意識化で使っていたデュラハンの能力。

 それを行使しようとした瞬間、首の断面からまるで向かい火みたいに蒼白い炎が漏れる。

 首だけじゃない、鎧の隙間からもだ。

 それがなんなのか理解する暇もないまま、左手で握り締めて構えるのは出現させた大盾。押し寄せる火炎をそれで受け止め、そのまま突貫する。

 至近距離にまで肉薄すると、赤熱した盾で顔面を殴りつけた。

 がんっと鈍い音がして吹き飛んだヘルハルは、しかし着地と同時にバネのように跳ね返り、燃え盛る毛皮を揺らして牙を剥く。

 だが、それは想定内。

 来ると予想していれば対処は簡単だ。

 即座に腰の剣を抜き、迎え撃つように一閃を描く。

 その一撃はヘルハルの燃え盛る毛皮を越えて首を捕らえ、そのまま頸椎ごと断ち切って過ぎる。

 それはかつての俺のように、ヘルハルの頭部が宙を舞う。

 頭部と胴体、その両方に宿っていた火炎が鎮火し、ヘルハルの死が確定する。


「ざっとこんなもんよ」


 それと同時に俺の全身から漏れ出ていた蒼白い炎も掻き消えた。

 なんだったんだ? 今のは。

 まぁいいか。

 考えても無駄だと、剣を鞘に納めた。


『おおおおおおお!』

『すっげー!』

『滅茶苦茶強いじゃん、あんた』

「だろ?」

『まぁ、耳長にコテンパンにされたんですけどね、この人』

「い、いつかリベンジするから」


 その時が来たら、必ず。


『首ちょんぱされた奴が首ちょんぱするとはな』

『よかったな、新しい顔だぞ』

『ちょっと被って見てよ。以外と似合うかもだぞ』

「デュラハンハラスメントやめろ」

『デュラハラ』

「ヴァルハラみたいに言うな」


 ちょっと格好良くするんじゃない。


「まったく」


 頭がないからってヘルハルの頭で代用しようだなんて、思いついてもよく口に出来たもんだ。まぁ、口じゃなくて文字なんだが、ともかくデリカシーってもんがなさすぎる。

 そりゃ代わりになるなら喜んで被るが、そんなこともないしな。

 と、思っていた矢先のことだった。


『ん?』

『あ』

『あれ?』

「なんだよ? 急に……」


 振り返ってみると、刎ねて地面を転がったヘルハルの生首が宙に浮いていた。

 見たことも聞いたこともない得体の知れない現象を目の当たりにして、咄嗟に腰の剣に手を掛けたが、その必要はどうやらなさそうだった。

 ヘルハルの生首が光を放つと、次の瞬間には別物に変貌する。

 それは鋼で出来た頭蓋。狼の意匠が施された鎧兜だった。

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