第10話 雷電
『やばいやばいやばい!』
『電気ビリビリ』
『ケルフィラの能力じゃ絶対勝てないじゃん』
『感電死するぅ!』
『逃げとけ逃げとけ!』
『なんでこんなところで現れるんだよ、こいつ』
「……スマホが原因かもな」
サンダルバは電波に敏感だと先輩ハンターが言っていた。
スマホから発生する電波をサンダルバがキャッチしてしまったと考えるのが妥当なとこかも知れないな。遠ければ大丈夫だろうが、近ければこうして寄ってくるってわけだ。
なんて原因を考えている間に、その体表を駆ける稲妻の明滅が激しさを増す。
それが攻撃動作だと理解した刹那、その標的が新人ハンターたちだと気がつく。
「――」
間に合うか、間に合わないか。
そんな思考の余地もなく、咄嗟に新人ハンターたちを庇おうと体が動く。無意識に鎧兜をレーシェルのものに挿げ替え、伸ばした手の平の先で若葉を芽吹かせる。
それは急速に成長して立派な木々となり、サンダルバの視界から彼らを隠した。
その直後、目も眩むような閃光と共に雷撃が放たれる。
砕け散る木片、風穴の空いた木々、燃える木の葉が吹雪きのように舞う只中で、新人ハンターたちは一人を残して意識を刈り取られていた。
木々の盾では衝撃のすべてを防げなかった。それに彼ら自身も魔法で防御を試みたはず。その上でまだ意識のある一人すらもすでに満身創痍。
たった一撃でこの被害だ。
まともに食らえば、三つの鎧兜で強化された俺でも原形すら残らない。
『マジかよ』
『ヤバくねーかこれ』
『どーすんだよ、無理だろこれ』
実際、かなり勝つのは難しい。
サンダルバとは相性が悪すぎる。
奴の雷撃を完璧に防ぎ切る手段もない。
本当なら今頃はもうクロに乗って一目散に逃げ出しているところだ。
そうしないのは、出来ないのは、彼らを見捨てられないから。
「世話の焼ける!」
レーシェルの能力が及ぶ範囲のあらゆる方角から若葉を芽吹かせ、強固な槍の木とし、サンダルバに向けて放つ。その悉くは細かな雷撃によって打ち砕かれるものの、構わず攻撃を仕掛け続ける。
この間に新人ハンターたちの元に急いだ。
「無事か!?」
そう声を掛けると、信じられないようなものでも見るような目を、彼はしていた。
「なぜ……僕たちを助けたんだ? デュラハンなのに、命を狙ったのに」
「そいつはこれにでも聞いてくれ」
スマホを投げ渡し、背を向けてサンダルバを見据える。
「あいつは俺がなんとかしてやる。魔法なり魔導具なりで寝てるのを起こしてさっさと逃げろ」
一人で残りの三人を抱えて逃げるのはとてもじゃないが無理だ。
クロなら運べるだろうが、その場合はサンダルバの追撃を躱し続けながらになる。それは現実的じゃない。彼らは各自、自分の足で逃げることでしか自分を救えない状況だ。
各自が目を覚ますまで。
それまでの時間くらいは稼いでやれるはずだ。
「あぁ、そうだ。逃げる時スマホは置いてってくれな」
「まっ――」
制止の言葉も聞かず、サンダルバに向かって駆ける。
「どうするの? 勝てる?」
「まぁ、考えはある。色々試して、それで勝てるならよし」
「勝てそうになかったら?」
「その時は時間だけ稼いであとは逃げる。得意だろ?」
「任せて」
「はっは! いいね」
鎧兜をレーシェルからヘルハルに挿げ替える。燃え盛る火炎を身に纏っても、デュラハンの相棒たるコシュタ・バワーは火傷しない。
手を翳し、標的を定め、解き放つのは火炎放射。
一点に束ねたその一撃は、木の枝の槍のように砕けばそれで終わりという訳じゃない。この一撃には迎撃ではなく、防御か回避が必要になる。
まずはサンダルバの手数がみたいが、これが通るならそれはそれで儲けもの。
燃え盛る火炎がサンダルバに迫る。
それに対する対抗策は。
「おおっと……マジか」
壁から天井から地面から、ごっそりと引き抜いた岩石が組み合わさって盾となり、火炎放射を遮った。
サンダルバは雷のほかに岩を操る能力を持っている。
いや、違う。あれは二つ目の能力じゃない。
「地場まで操作できんのか、あいつ」
雷によって磁界を発生させ、電磁力で岩を操っている。含まれているのは鉄か、それともそれによく似た未知の物質か。とにかく磁場に操られたその岩が盾としての役割を負え、今度は攻撃に用いられる。
岩石同士がぶつかり合い、粉々になり、数多の礫となって振り注ぐ。
それは原始的で、今の時代まで通用する破壊力を持つ。
「クロ!」
「しっかり捕まってて。振り落とされないように」
岩石の雨霰をクロはその脚ですべてを躱しながら疾風の如く駆け、掠りもせずに俺をサンダルバの懐まで運んでくれる。
その間、生きた心地はしなかったが、クロを信用して身を預けてよかった。
そこからは俺の仕事だ。
両手を広げて火球を作り、圧縮した火炎のすべてを一気に放出。
通常の倍以上の火力を持った火炎放射が天を衝き、咄嗟に回避行動を取ったサンダルバを、それでもその左半身まで焼き尽くす。
「倒し――」
サンダルバの半身は確かに消失した。
羽根も肉も骨すらも灰になり、この世から消え失せている。
にも関わらず、体表を駆ける稲妻は弱まるどころか激しさを増し、呼応するように焼け残った肉体が発光し始めた。
「なにが起きてんだ」
明らかに異様な現象に距離を取り、防御のために鎧兜をヘルハルからレーシェルのものに挿げ替えると、サンダルバの焼失した肉体を補うように稲妻が集う。それは元の形を忠実に再現し、骨から肉、羽根に至るまでの過程を経て、肉体を再構築する。
「再生……だと」
サンダルバは焼失したはずの肉体を稲妻によって蘇らせた。
「蓮。不味いかも知れない」
「あぁ、俺もいまそう思ったところ」
格好付けて彼らの前で俺がなんとかしてやるとは言ったものの、どうにもならないかも知れない。
「あいつらは」
視線の先に捉えた新人ハンターたちは、まだ目を覚ましていない様子。
「やるしかないか。付き合わせて悪いな、クロ」
「私たちはもう一蓮托生。どこまでも付いていくから」
「そうか……なら、頑張らないとな。ここで終わりにならないように」
クロの首筋を撫でて、意を決した。
サンダルバは粉々にして放った岩石の群れを再び電磁力で空中に浮かび上がらせる。また雨のように振り注ぐのかと身構えたが、そうではなかった。
なにを思ったのか、サンダルバはすでに粉々の岩石たちを更にぶつけ合わせる。
何度も何度も互いに削り合わせ、そのすべてを砂にする。
砂。砂鉄。
「これは、まさか」
予想は的中する。
サンダルバは岩石のすべてを削り切って砂に変え、そのすべてを操って自身の周囲を周回させる。それは徐々に勢い付き、風を起こし、ただの砂すらも巻き上げる。
その砂の粒子は帯電し、至るところから稲妻が発生する。
だが、脅威なのはそれじゃない。
「くそッ! 鎧にッ!」
砂塵嵐の中に大量に混じった砂鉄が、吸い寄せられるように鎧に張り付く。
それも尋常じゃない量がだ。塵も積もれば山となる。
このままではたちまちに覆い尽くされて、身動きが封じられるのも時間の問題だ。
砂塵嵐はすでに広範囲に及び、クロの脚でもこれからは逃れられない。
「どう……する」
砂鉄が付着するたびに体重は重くなり、クロの動きが鈍る。
取り返しが付かなくなる前にクロだけでも逃がすか?
いや、たぶんクロは逃げない。
さっきそう言ったばかりだ。
「なんとか……しないと」
今までの知識を総動員しろ。
先輩ハンターから聞いたことも全部思い出せ。
その中にこの状況を覆すなにかがあるはず。
「蓮!」
思考は巡る。ぐるぐるぐるぐる。
そして、思い至った。
「――炎だ」
レーシェルの鎧兜をヘルハルに挿げ替える。
同時に全身に火炎を纏い、鎧に付着した砂鉄のすべてを焼く。
赤熱するまで鉄を熱すれば磁性を失い、鎧に付着した砂鉄のすべては剥がれ落ちる。そうして冷えた鉄は磁石になるらしいが、今はそんなことはどうだっていい。
俺の予想は当たり、砂鉄の拘束は解けた。
「今度はこっちの番だ」
反撃開始と行こう。
クロと一緒に。
――――――――――
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