第9話 水馬の鎧兜
「わーい!」
「勝った勝った!」
「おにーさんもおねーさんもかっこいい!」
「わたしたちのお陰!」
「役に立てた!」
湖の淵ではしゃぐアルラウネたち。
俺たちが戦っているのを見て、助けに来てくれたのか。
ありがたい話だ。
アルラウネたちの手助けがなかったら勝つのは難しかった。
「で、だ」
蓮の葉の上をクロに乗って歩き、断ち切った首の元へ。
鋭く尖った枝に貫かれた首がデュラハンの能力で鋼の頭蓋となる。
馬の意匠が施された鎧兜。
それが木の皮の鎧兜と入れ替わると同時に胴鎧のデザインが一新された。
騎士鎧をベースにケルフィラの要素が取り入れられ、鎧兜からは水の鬣が生え、足甲には蹄の意匠が施されている。鎧自体もどこか馬の肉体を現したかのように筋肉質に見えた。
「これがケルフィラの」
ちらりと蓮の葉の隙間にある水面が目に付く。
ケルフィラの能力を得た今ならあの上に立てたりするんだろうか?
とはいえ、予想が外れたら足を踏み外した間抜けになっちまう。
いきなり全体重を掛けたりはせず、そっと蓮の葉から爪先を出して水面に触れてみる。すると、地面に触れたような感触があった。
なんとも不思議な感覚だが、そこからゆっくりと体重を移動させると、見事に水の上に立つことができた。
足踏みをしても、跳ねても、波紋と水飛沫が発生するだけで体が沈まない。
「こりゃいい。クロを怒らせた時は水の上に逃げよう」
「逃げても無駄」
「ん?」
クロから影が伸びる。
それは蓮の葉の上を這い、木の根を登り、ケルフィラの胴体にまで達すると、それを飲み込んだ。すべてを包み込んで取り込み、主の元に帰還した影。
今のは捕食か?
「美味いか?」
「馬、美味い」
「そうか。美味いか」
やっぱり捕食か、今のは。
「ほら。わたしも立てる」
黒い蹄が水面に立つ。
「逃げられないよ?」
「じゃあ怒らせないようにしないとな」
どうやらクロもクロで魔物の能力を獲得できるらしい。
俺みたいに姿が変化するわけじゃないが。
レーシェルの時にそれをやらなかったのは肉体が木だったからか? それとも馬じゃなかったから? 近縁種の魔物の能力のみ獲得できるって考えるのが自然かもな。
「おーい!」
「いま行く」
クロに乗って湖の中心からアルラウネたちがいる淵まで向かう。
近づくにつれてちょうどそこには置いておいたスマホから読み上げ機能の音声が聞こえてくる。
『これで三つ目の能力か。順調だな!』
『クロちゃん格好良かったよ!』
『それが新しい鎧か』
『馬馬してるな』
『馬馬してるってなんだよ』
『アルラウネたちに感謝しとけ』
「してるよ。ありがとな」
「えっへん!」
『かわいい』
お陰でケルフィラの能力を得られた。
「お助け完了!」
「恩返し成功!」
「また来てね!」
「ばいばーい!」
大手を振ったアルラウネたちが地中に潜り、あの遊具のある場所へと戻っていく。
それを見届けたら今度は俺たちが去る番だ。
「この花畑も見納めか」
『また来りゃいいだろ』
「また来られればな」
『またアルラウネたちを見たいから絶対にまた来い』
「わかったよ。善処する。その変わりBANになったら」
『俺たちが燃やす』
「あぁ。復活させてくれよな」
たぶん、どれだけ炎上したところで復活はないだろうが。
『つーか、もう見付かってそうではあるけどな。この配信』
『もう同接も十万超えて二十万が見えてるもんな』
『そういやこの配信の切り抜き動画出てたぞ。割と再生数回ってた』
『俺も見たわ。割と編集凝ってて見やすかった』
『無断切り抜きだけどな、それ』
『切り抜きまで出てるんだったら、ハンター組合に見付かるのも時間の問題だな』
『ハンターの中に配信好きがいたら終わり』
『もう見付かっててアカBANの手続き進めてたりして』
『手続きとかいる? ハンター組合が言えば即BANじゃね?』
『この配信も規模がデカくなってきたから様子見してんのかもよ』
『配信初めてから一切勢いが衰えてないのが凄いよな。夜中は人が減るとは言えそれでも多いしな、同接』
『ハンター組合さんよぉ。見てるならこの配信潰さないでくれ。最近の楽しみこれだけなんだよ』
クロの背中で揺られながら、配信のコメントに目を通しつつ、花畑を歩く。
随分と様変わりした元森林地帯、現花畑を後にして、出入り口である通路に入ると景観が心に風が吹くような絶景から、また気が沈むような洞窟へと変わる。
「蓮。彼女の気配が強くなってる」
「すぐに来るのか?」
「まだ大丈夫。次の能力は手に入れられる。けど、その後は」
「いよいよ決戦か」
ヘルハル。レーシェル。ケルフィラ。
それぞれの鎧兜を手に入れたことで、今の俺は三種の能力を扱える。
基礎能力の向上も三つ分。
強くなったという自覚もある。
だが、それでもあの耳長に勝てるという確信は持てない。
たぶん、次の能力を得たとしても、その認識は大して変わらないだろうな。
一度目は完膚なきまでに負けて、殺されて、首を持って行かれた。
二度目は不意をついて誰かの首を奪うことしかできず、クロがいなければそれも叶わなかったようなもの。
俺は負け続きだ。この敗北感を払拭するのは並大抵のことじゃない。
でも、やってやる。やってやるさ。
三度目の正直だ。次は必ず勝ってやる。
虚勢でもなんでも、そう自分に言い聞かせた。
『んじゃ、次の標的はなんにすんの?』
『水の能力を手に入れたんだから、次は火?』
『またヘルハルなのぉ?』
『どうせなら別の魔物にしたいよな』
『水に弱いのってほかになんかある?』
『土とか砂とか?』
『それはゲームの属性だろ』
「そうだな。じゃあ――」
広く空けた空間に足を踏み入れると、ふと蹄の音が消えてクロの足が止まる。
「どうした? クロ」
「なにかいる」
その一言で気が一気に引き締まるのを感じた。
「耳長か?」
「違う。これは」
奥の暗がりから浮かぶ燭台の明かりに照らされて浮かび上がるのは人間の顔だった。それはきちんと胴体と繋がっていて、真新しい装備も身につけている。後に続く三人も似たようなもので、彼らは俺に気がつくと即座に臨戦態勢を取った。
彼らには見覚えがある。
まだヘルハルと戦う前、配信を始める前に出会っていた新人ハンターたちだ。
「な、なんだあの魔物は」
「馬に乗った、馬の騎士?」
「デュラハンか? もしかして」
「ま、また!?」
こちらを酷く警戒した様子で新人ハンターたちは俺を睨み付けている。
「こ、この前と姿が全然違うし、馬もいる。別個体か?」
「なんだっていい。やるぞ。馬がいるならどうせ逃げられやしない」
「あぁもう最悪」
「さ、サポートは任せて!」
相手方はやる気満々だけど、それに付き合う義理はこっちにない。
『どーすんだ、これ。相手はハンターだぞ』
『ついに恐れていたことが起こったか』
『話し合いは? 話せばわかってくれるだろ』
『いや、無理じゃね? お前、魔物言葉に耳貸すか?』
『貸す……いや、貸さないかも。わからん』
『戦わないよな? 人間相手だし、流石に……』
スマホから流れる読み上げ機能の音声。
それは当然、向こうにも聞こえていて。
「この音声って、あのスマホから?」
「なんでデュラハンがそんなものを」
「誰かから奪ったってこと? それなら元の持ち主は……」
「許せねぇ!」
たしかに持ち主は死んでるけど、俺がそうだと言っても信じてくれそうにない。
ここは一先ず逃げるか。
「クロ。逃げよう」
クロの足なら簡単にあの四人組を振り切れる。
だけど反応がない。
「クロ?」
「なにかくる」
「なにかって、あの四人組じゃ」
「違う。私が言っているのは――」
瞬間、凄まじい轟音と共に目も眩むような閃光が放たれる。
空気を震わせるような衝撃と共に俺たちの前に現れたなにか。
それは稲妻を纏い、飛翔する魔物。
「サンダルバ!?」
雷鳥、サンダルバ。
いま耳長の次に会いたくない魔物だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます