第5話



 『妖精の山』での一晩のキャンプを終えて、私たちは魔女から魔法薬を受け取った。

 魔法薬は苦くて酸っぱくて甘くて辛くて変な味だったけれど、身体にすうっと染みこんでいって、幼い頃からずっとあった、嫌な感じの脈がすっかり治まった。


「これで彼女は、生きられるのですか……?」

「ええ、病魔は去ったわ。それに、旦那さん、あなたもね」

「僕も?」


 魔女は優しく微笑むと、部屋を飛び回る二羽の青い鳥を指さした。


「つがいの鳥は、片方が死ぬと、もう片方もすぐ後を追うというでしょう? でも、もうその心配はないからね」

「まあ……! そういうことだったのね。良かったわ、ダニエル!」


 童話でシンデレラの父親が死んでしまったのは、愛する人に先立たれてしまった心労からだったのかもしれない。


「おとうさま、おかあさま、もうげんきになった? これからも、エラといっしょにいてくれる?」

「ええ、もちろんよ!」

「エラが大人になるまで、ずっと、ずっと一緒だ」


 私たちは深く抱き合い、これからも人生が続くことを、愛しい家族と過ごせることを、喜び合った。


「ねえ、おばあさん。また、キャンプしにきてもいい? あのね、おともだちがね、なつにもまた、ここにくるっていってたの」

「ああ、もちろんだよ。おばあさんは留守にしていると思うけれど、ここに来ればお友達にはきっと会えるよ。これから毎年ね」

「うん! ありがとう!」



〜*〜



 そうして私は、ダニエルと二人で、エラが大人になるまで、その成長をすぐそばで見守ることができたのだった。


 エラは、心の綺麗な、愛に満ちた優しい少女に育っている。

 年に何回か『妖精の山』へキャンプに訪れては、エラは『秘密のお友達』と仲を深めていった。

 魔女の家までは一本道だったはずなのだが、不思議なことに、あれ以来あの変わった家を見つけることはできず、魔女にも会うことができなかった。


 エラは男爵令嬢として、社交の場にも出るようになった。

 男爵令嬢という身分では、社交の場に出たところで王族と会うことはない。

 エラの『秘密のお友達』が第一王子殿下だったと彼女が知ることになったのは、デビュタントの舞踏会の日だった。


 この国では、デビュタントの衣装は白と限定されていない。

 エラが身につけたのは、その日のために特別に仕立てた青いドレスと、舞踏会の日の朝に届いた、差出人不明の小包に入っていたガラスの靴だ。

 デビュタントのダンスで、エラは王子様から声をかけられ、誰よりも美しく、幸せそうな笑顔を浮かべながら踊っていた。


 十二時ちょうど。

 エラが屋敷に帰ろうとしていたところに、突然大きな鐘の音が鳴った。

 驚いたエラは、その場でつまずき、手の届かない場所にガラスの靴を落としてしまう。

 王子様は後日、自ら男爵家に足を運んでエラにそれを届け、そのまま求婚した。


 男爵令嬢という身分ではあったが、エラは賢く美しく、しかも夢を諦めない努力家だ。

 王子妃教育が始まると、教師の教えをぐんぐん吸収し成長していき、次期王妃としても申し分のない素養を発揮した。

 なにより、幼い頃から相思相愛だった二人を止めることなど、誰にもできなかったのである。



 こうして、私とダニエルは、エラの幸せを最後まで見届けることができた。

 本来の物語とは少し変わってしまったけれど、愛する人との時間を諦めなかったこと――それが私たちを、魔法のような幸せに導いてくれた。


「おめでとう、エラ。お幸せにね」


 盛大な歓声と、舞い散る紙吹雪の中。

 国民全員から祝福を受けるエラの笑顔は、誰よりも幸せに輝いている。

 私は、白髪が交じり始めたダニエルと寄り添い合い、いつまでも、いつまでも、結婚のパレードを眺めていたのだった。



(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したらシンデレラの実母(死ぬ予定)だったので、運命に抗おうと思います 矢口愛留 @ido_yaguchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画