〚カクヨムコン10〛 夢でもしあえたら

木山喬鳥

第1夜 夢だけしらない

 十年の間、同じ夢を見ている。


 同じ夢といっても、同じ出来事を夢の中で繰り返しているという意味ではない。

 夢の中で、ボクは好きな女性と暮らしている。

 彼女との暮らしが十年間、続いているんだ。


 彼女は姉と二人で暮らしていた。

 現実で眠ると夢の中で起きる。

 そして、彼女の家で過ごす。

 現実のボクが目覚めたら、夢の中の一日が終わる。

 ただそれだけの毎日だった。


 だけど満ち足りていた。

 夢の中の彼女との生活こそが、ボクの望む暮らしだった。

 彼女との暮らしは、ただの夢だ。

 彼女も出来事もボクが頭の中で自分に都合つごうよく作ったものなのだろう。


 夢は現実ではないから意味がない。

 世間の多くの人は、そう考えるはずだ。

 夢には現実の生活と比べる値打ちはないのだろう。

 しかし意味も値打ちも、自分が決めるものだ。違いなどない。むしろ、ボクにとっては夢のほうが大切だ。


 現実のボクは共に過ごす人もいない。

 目が覚めて送る孤独で味気あじけない毎日は、夢の中で彼女に会うまでの待ち時間。

 それだけの意味しかない。

 なのに夢の中での記憶は、目覚めているボクにはない。

 不思議な事に、現実のボクはまったく夢を覚えていないのだ。


 夢の中で目覚めると、ここで過ごしていた記憶のすべてを思い出す。

 夢の中のボクには、目覚めているときの記憶もある。

 だから、夢の中こそ本来のボクの居場所なのだと思う。

 夢の中にいるときにだけ、ボクの記憶と人生はととのうのだから。



 



 最近、眠れない。

 なんとか眠ろうとあせるうちに気がつくと朝になっている。

 いままでは、夢も見ずに眠れていたのに。

 困った事になった。

 朝、疲れが残ったままの身体を車に押しこめて出勤するのはつらい。





 

 夢の中で彼女と会えない。

 これまでは、毎日会えていたのに。

 それがいまでは三日に一度しか会えなくなった。

 彼女に会えるまでの間隔がびているんだ。

 このまま時間がつと、やがては彼女と会えなくなるのかもしれない。


 そんなボクの心配を聞いた彼女は、悲しそうにうなずいた。

 なぜだかその瞬間に、ボクら二人は、やがて夢の中で会えなくなるのだと確信した。

 いつか来る、望まない別れを思っておびえた。

 彼女は言葉を続ける。

 あなたとは、もう夢の中で会えなくなる。

 それはけられないのだと。


 どうして彼女が二人の行くすえを知っているのか不思議にも思わずに、ボクはその言葉を信じた。


 ボクたちは泣いた。

 ただ。子供のように抱き合って泣いた。

 このまま目など覚めなければ良いと、心の底から願った。


 夢の中でこんなに苦しんでいるのに、起きているときのボクは眠れないと不満を言うだけだ。

 その無神経さには、われながら腹が立つ。

 目覚めているボクの方が消え失せれば良いとさえ思う。

 現実に、自分の望まない場所にいる事に、何の意味があるのだろう。


 ボクはついに解決策を思いついた。

 夢の中にいる時に現実のボクが死ねば、夢の中のボクは現実の身体から切り離される。

 そして彼女の夢の中に残れるのではないだろうか。

 彼女の夢の中で、ボクらはずっと一緒にいられるのではないだろうか。


 その考えを彼女に話した。

 たとえ夢の中に残れなくても、君とともに消えるのなら本望だとも言った。

 現実のボクを始末する計画を考えるべきだ。

 そう話すと、彼女は悲しそうに首を振った。

 決して危ない事は、しないで欲しい。

 目覚めているときのボクも夢の中にいるボクと同じように元気でいて欲しい。そう言った。

 初めて見る彼女の厳しい顔と言葉で、その時は計画の実行を思い留まった。


 ボクに彼女の願いをこばめるはずはない。

 でも同時に彼女の願いをかなえられるとも思えなかった。

 ボクは社会と縁の薄い生活を繰り返すだけの人間だ。

 いてもいなくても変わらない。日々の慰めは趣味で文章を書く事くらい。そんな人間だ。

 だから彼女がいない世界に生きている意味はない。

 ボクは彼女が告げた最後の別れとなる日を思い、夢の中で悩み続けた。





 眠れなくなった。

 奇妙な事だけど、自分の体が眠りをこばんでいるように思える。

 しかし寝不足なんかで会社を休むわけにもいかない。

 ムリをおして出社した。

 だけど一日働くと、身体はもう限界だ。

 ボンヤリした頭と重い体で会社を出て車に乗る。

 ベッドでは来ない眠気が、いまは嫌になるほど大量にのしかかっている。

 意識が飛びそうだ。帰宅を急ごう。





 夢の中で目覚めた。

 きっと彼女に会える最後の時が始まったのだ。

 ボクは心を決めた。

 現実のボクには死んでもらう。





 遠くで僕の名前を呼ぶ声が聴こえた。

 ドン。

 体が跳ねた。


 目を開けた直後にヘッドライトが切り取った視界に、女性が見える。

 叫びながらハンドルを強く握り、そのまま切った。

 路肩の空き地に突っ込んで、車は止まった。


 おそらく、僕は居眠り運転をしたんだ。

 そして女性をくところだった。

 幸いな事に、彼女は無事のようだ。


 一瞬でも意識が戻って良かった。

 事故になる直前に進路を変えられて助かった。

 でも、どうして気がつけたのだろう?

 誰かに名前を呼ばれて、手を引かれた。

 そんな気がする。

 夢なのだろうけれど、思い出せない。

 なのに、どうしてなんだろう?


 〝失敗した。残念だ〟


 そんな気持ちが、頭から離れない。

 動悸どうきと混乱がまだおさまらない。ほおから首元に、濡れた感覚がある。


 血か? いや、涙だ。

 なぜ、僕は泣くんだ。

 涙があふれていた。

 胸が締めつけられる。


 それは忘れたくない人を、忘れるはずもない人を、忘れた気がするからだ。

 だけど僕にそんな心当たりはない。

 思いがめぐるうちに、意識が薄れてくる。

 前方にいた女性の安全を確かめに行かなければならない。

 なのに身体が動かない。


〝夢がなくなってしまった〟


 この考えはなんだ? どういう事だ?

 思ってもいない考えが、入ってきている? 


〝ボクがバカな事をしようとしたせいで彼女とサヨナラも言えずに別れてしまった〟


 なんだ、この思いは?

 気が動転しているだけなのか?

 不幸中の幸いな事に、人身事故を避けられたのに。

 安堵あんどしているはずなのに。

 ハンドルを堅く握る手は、まだ震えている。

 涙と嗚咽おえつが止まらない。

 なにが悲しいのだ。

 こんなに、悲しいはずがない。


 なんだか、とても。

 とても大切なものを失った気がした。

 涙を流しながら、僕は眠りに落ちた。


 やはり夢は見なかった。


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2024年12月20日 16:00
2024年12月21日 16:00

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