【短編】ウラシマ天使
ほづみエイサク
本編
目を開くと、どこまでも続く青空。
雲はほとんどなくて、まるでキャンバスに青色の絵具を叩きつけたよう。
今日はとっても清々しい陽気です。
本当は静かな草原でお昼寝でもしたい気分。ですが、私には重大な使命があるのです。
申し遅れました。
私は天使と申します。
以後、お見知りおきを。
皆さんは『天使』と聞いて、どういう姿を思い浮かべますか?
可憐な少女で、背中に真っ白い羽を生やしている、とてもうつくしい姿でしょうか。
実際、私はそのイメージ通りです。
いえ、それ以上と言っても過言ではないでしょう。
私の美貌は天界の中でも随一。
天界ミスコンがあったら、連続優勝の上で殿堂入りになってしまうことでしょう。
さて、皆さんは次にこう疑問に思うことでしょう。
そんな私がなぜ、こんな土煙まみれの下界に降りてきたのか、と。
それには聞くも涙、話すも涙のドラマがあるのです。
……ですが、今語るのは止めておきましょう。
ミステリアスな美少女ほどモテるものなのです。
それでは、今日も今日とて善行を積み上げていきましょう。
そこらへんに楽に解決できそうな事件は――っと。
あら? 海岸に人が集まっていますね。
少し悲鳴が聞こえますし、困りごとかもしれません。早速降りてみましょう。
……いえ、ちょっと待ってください。普通に降りるのではつまらなくないですか?
ああ、私のトゥルットゥルッな珠肌が言っています。
地味に降りてはいけません、と。
よし、ちょっとだけ奇跡を使いましょう。
奇跡を使うと神聖さが減ってしまうのですが、これは必要経費です。
よし!
周囲には大量のキラキラエフェクト。
ああ、美しい。
これぞ天使。
これぞ私。
世界の中心 イズ 私……ではなくて、神様ですね。失敬失敬。
今から天使が地上に降りてあげましょう。
「あなた達、何をしているのですか?」
「空から女が落ちてきた!?」
およ?
予想していた反応と違いますね。
もっと見惚れてくださいよ。
崇めて、尊敬の眼差しを向けてくださいよ。
そんな目を開かれても、私の美貌はそんな陳腐な目に入りきれませんよ?
それにしても、随分とガラの悪そうな3人組ですね。
「そんなに驚かないでください。私は――」
「ぎゃあああああああ!!! 妖だああああああ!!! 白い天狗様だああああああ!!!」
なんで逃げ出すの!?
天狗って誰ですか?
私の後ろには誰もいませんよ!?
あ、私が『天狗』と間違われたのか。
『天狗』ってなんだったかしら。
ああ! 鼻が長くて背中から羽が生えている人でしたっけ。
たしかに、私はこの国の人と比べれば鼻が高いですからね。
見間違えられても仕方がないでしょう。
「あの……」
とても細くて小さい声が聞こえたような――
「あら?」
そこにいたのは、小さな亀さんではありませんか。
「いじめられていたのは、あなたですか?」
「はい。たすけてくれて、ありがとうございます」
お辞儀をする子亀、なかなかかわいい。
「いえいえ。私は天使。当然のことをしたまでです」
「てんし?」
「そう。私は天使なんです」
「てんしって、なんですか?」
「まあ! 天使をご存じないのですか?」
それから、私は天使がどれだけ素晴らしい存在なのかを説明しました。
ついでに神様の素晴らしさも伝えておきましょうね。
流石私! よっ、デキる天使!
「へー。つまり、すごいひとなんだね!」
「違います。人じゃなくて天使ですよ」
「すごいてんしなんだね!」
「その通りです!」
純粋に褒められるのって、すごく嬉しいです。
思わず、私の高い鼻もどんどん高くなっていきます。
「そうだ。りゅうぐうじょうにこない?」
「りゅうぐうじょうってなんですか?」
「りゅうぐうじょう、ぼくのいえ! とってもいいところ!」
あら、とっても誇らしい顔をしていますね。
それほど良いところなのでしょう。
「へー。それはいいですね。どこにあるんですか?」
「あっちっ!」
え?
子亀さんが差している方角、海の底なんだけど。
「あの、私は天使なので海の底はちょっと……」
「てんしはすごいのに、およげないの?」
えっと、どう答えましょう。
ただ『泳げないものは泳げない』と教えるのも
「えっと、天使は空を飛べるので、泳ぐのはお魚さんたちに譲ってあげてるんですよ」
「へー。そうなんだー。やさしいねっ!」
ああ、無邪気を笑顔を向けないで!
ちょっと罪悪感を覚えてしまいます。
「じゃあ、ぼくのせなかにのってよ!」
ほー。見た目によらず中々勇猛ですね。
早速乗ってみましょう。
「じゃあ、いくよ!」
「あ、はい」
これ、大丈夫ですか?
明らかにサイズあってませんよね?
あ、すごく頑張ってくれているのに、全く動かない。
ダメですね。このままじゃ。
「ごめんなさい」
「いえいえ。大きくなったら乗っけてくださいね」
子亀さん、何かを考えてるみたいですね?
「ねえ、あしたここにきてっ! パパを呼んでくるから!」
「パパ、ですか?」
「うん! パパはすっごくおおきいから、てんしさんもかんたんにはこんじゃう!」
「でも、いいんですか? パパに怒られないですか?」
「たぶんだいじょうぶっ! まかせて!」
あ、子亀さん、私の返事も聞かずに海へ帰って行っちゃった。
まあ、しょうがないですね。
しばらく待っていましょうか。
せっかく時間が出来たので、化粧でもしておきましょう。
……………………
………………
…………
……
さて、結構日にちが経ちました。
もう化粧もばっちり! 準備万端!
お、ちょうど海から何かがやってきてますね。
「えっと、あなたが子亀の言っていた天使さんですか?」
あら、本当に大きな亀さんですね。
これなら私一人をひょひょいと乗せてしまえそうです。
「ええ。その通りですわ」
「はえー。本当にべっぴんさんですね。羽まで生えて」
「あら、褒めたってなにも出ませんよ? おほほほほほほ!」
「さいですか。では早速、竜宮城に参りましょう」
……なんだか少しそっけないですね。
まあいいでしょう。
これから『竜宮城』に行けるのですから!
海の中に行くなんて初めての体験でワクワクしますっ!
おお!
この亀さん、スイスイ進んでいきますね。すごい力です。
「これから、海に潜ります。大丈夫ですか?」
「はい、多分大丈夫です。一応奇跡の力を使えば呼吸が出来ますので」
「はー。すごいですね」
おお!
海の中の光景はまさに絶景!
様々な魚が泳いでいて、とても幻想的です。
天界以外にこんなに美しい場所があったなんて!
あ、まだ下にもぐっていくんですか……?
数分後。
あれ、結構暗いところまで来ましたね。
しょうがありません。光の奇跡も使ってしまいましょう。
「うわ、いきなり明るくなった」
「私の力です」
「はー。すごいですね」
この亀さん、微妙にリアクションが薄くてやりにくいですね。
ん?
なんかすごく目立つ魚がいますね。
頭に赤い紐みたいのがついていて、体はかなり長い。
「あの魚はなんですか?」
「ああ。彼女はリュウグウノツカイですね。キレイでしょう?」
「リュウグウノ、ツカイ?」
「ええ。とっても踊るのが上手で、みんなのアイドルなんです」
あ、今、私の中でスイッチが入りました。
メラメラ燃えてます。
「私は天使です」
「あ、はい。存じ上げておりますが」
「『天からの使い』と書いて天使です」
「すみません、字には詳しくなくて――」
どうやら、この亀さんは何も理解していないようですね。
「私は今、使命感に燃えています」
「は、はぁ……」
「これは代理戦争なんです。『竜宮城の主』と『我が主』。どちらが上か。これで決まるのです!」
「いや、何勝手に序列を決めようとしてるんですか!?」
「何を言うのですかっ! これは主の思し召し。逃げることは許されないのですっ!」
勝負です!
リュウグウノツカイ!!!!
数分後。
「……えっと、あなたが子亀を助けてくださった天使さんですか?」
「ええ。私が天使です」
目の前にいるのは乙姫。この竜宮城の主だそうです。
とてもキレイな人ですけど、私には叶いませんね。
まあ、着ている服はとてもきれいですし、その服が一番似合うのは乙姫さんでしょうね。
そこは認めてあげましょう。
「あの、1つお聞きしたのですが」
「なんですか?」
「なんでリュウグウノツカイと喧嘩を……?」
「ちょっと魔が差しまして……」
流石に水中では分が悪すぎましたね。
今度は空中で勝負したいところです。
「まあいいでしょう。幸い、リュウグウノツカイにはケガはないでようですから」
それから、私は子亀さんを助けたお礼として、三日三晩ごちそうを頂きました。
新鮮な海の幸は大変おいしく、魚の踊りも歌も楽しくて、時間はあっという間に過ぎていきました。
ですが、私には使命があるのです。
これぐらいでドロンしないといけません。
「あの、使命とはなんなんですか?」
あら?
珍しく乙姫さんが声を掛けて来ました。
「私は天界に戻るため、1年間で100個の善行を積まないといけないんです」
「1年間で、ですか……」
あ、乙姫さんの頬がヒクついてしますね。
何か悪い事でもあったんでしょうか?
ん?
何か箱を持ってきましたね。
「この玉手箱を持ち帰ってください」
「中々高価そうな箱ですね。中には何が入っているんですか?」
軽く揺らしても、何も音がしませんね。
かなり軽いですし、本当に中身が入っていますか?
「絶対に開けてはなりません」
「え? じゃあ、なんで渡してきたんですか? 意地悪ですか?」
「では、お返しください」
ちょっと待ってっ!
「私、一度もらったものは返さない主義なんです」
「……まあいいでしょう」
それから、私は亀さんの背中に乗って地上に戻りました。
子亀さんも一緒です。
しばらく経って。
地上に戻ってこれました。
ああ、久しぶりの青空。
海の中もキレイですけど、こっちの方が落ち着きますね。
――って。
「ねえ、亀さん」
「な、なんですか……?」
「世界って、こんなに早く変わるものでしたっけ」
「えっと、竜宮城ってそういう場所なので……」
「へ?」
竜宮城に行くまでの海辺は、特に何もありませんでした。
それなのに、今は立派な漁港が出来ています。
なんで?
めっちゃ時が進んでる?
「じゃあ、儂は帰りますんで」
「パパありがとう! ぼくはもうちょっとここにいる!」
「ああ。早めに帰ってくるんだぞ」
「はーい」
なにか亀さんたちが話していますけど、まったく頭に入ってきません。
あ、めっちゃ神様からのお怒りメッセージが来てる。
え? 100年も経ってるの?
えっと、もしかして、私の使命、失敗した……?
竜宮城にいて、時間が過ぎたから……?
あ、玉手箱。
開けちゃいけないって言ってたやつ。
まあいいや、開けちゃおう。
ボフン、と。
箱を開けた瞬間、周囲に広がる煙。
「げほっ! げほっ!」
あれ?
中身が入ってない?
周囲は特に変わってない?
「てんしさん、くろくなってる!」
「え?」
あ、ほんとだ。
背中が黒くなってる。
これって、堕天したってこと?
「あははははははははははははははは!!」
なんだか、とっても清々しい気分!
力が漲ってくるっ!
地上をメチャクチャにしてやりたい!!!
そうすれば、神様に見てもらえるんですから!
堕天使の炎に包まれていく地上。
人々や動物は、どんどんと倒れていっている。
それを目撃して、固まっている子亀。
「ぼく、ぼくがイジメられたせい……? それとも、りゅうぐうしょうにつれていったせい?」
泣きながら震えている。
「ボクがよわいから、こんなことになっちゃったの……?」
この時の私は、子亀の葛藤なんて興味がありませんでした。
ですが――
数年後。
史上最強の亀がうまれました。
最強の亀には慈悲などありません。
堕天した私を倒し、救世主として崇められて、竜宮城も地上も再び平和を取り戻したとさ。
めでたし♪ めでたし♪
…………いや、私的にはまったくめでたくないが?
―――――――――――――――――――――――――――
元々の浦島太郎って、イジメられていた亀視点では何も解決してないですよね……。
【短編】ウラシマ天使 ほづみエイサク @urusod
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